古森重隆の名言

古森重隆のプロフィール

古森重隆、こもり・しげたか。日本の経営者。富士フイルムホールディングス会長。長崎県出身。東京大学経済学部卒業後、富士写真フイルムに入社。取締役営業第二本部長、デュッセルドルフ支店長、ヨーロッパ支社長、常務などを経て社長・会長。デジタルカメラの普及に対応し、創業以来のメイン事業である写真フィルムから抜本的転換を行った。液晶素材、医療事業などに進出し、写真フィルム需要低迷で売上を落としていた同社をV字回復させ過去最高益を達成。そのほか、日本放送協会(NHK)経営委員会委員長なども務めた。

古森重隆の名言 一覧

世の中は論理だけではない。机の上だけで考えていても、得られないことがある。

大企業という組織全体を目的に向かって導いていく戦略はもちろん必要だ。しかし、ときには力尽くで組織を引っ張っていくリーダーシップや、生身の人間としての情熱や責任感も不可欠だ。

スピードとダイナミズムは、事の成否を分かつ。

情報の裏面に潜む物事や、流れの本質を読み、それに基づき、賢く正しく判断し、素早く実行することがリーダーには求められる。

世の中の変化に素早く対応することは大事だが、もっと良いのは、変化を先読みし変化に備えること。そして、最も良いのが、自ら変化を作り出し、一歩先に行くことだ。

当社では、イノベーションを追求することが、重要な企業活動方針になっている。既存の商品・サービスとほとんど違いがないようなものを世の中に出したら、不毛な価格競争に陥ってしまう。

兵隊が優秀でも将校が無能だったら戦いに勝てない。

何かをやろうとすれば、必ず反対が出てくる。選択が誤っていると思わせる現象も出てくる。しかしそれに負けず無理矢理会社ごと引きずっていくことが必要。

勝利には必ず理由がある。勝つべき手段を作り出せるかが、成功のカギを握る。

歯を食いしばって頑張った先に人間としての成長がある。それが生きるということ。

我々は従来のマインドを変える勇気を持つことが必要。

やるべきことをやるしかない。

謙虚に人からものを聞く心を持っている者は、まず間違いない。いろいろな所から情報が入ってくるから。

抽象的にマインドを変えろとか言ったって駄目です。だから、具体的に何をするか、こういう活動をするとか指示を出していく。

改革をしなければ生き延びることができない。

必ず成功しなければならない。成功しないリーダーはリーダーではない。

様々な情報に触れ、常日頃、ロジカルに考え抜いているからこそ、ある瞬間ひらめくことができる。

経営者のなかには「完全な情報を得られなければ判断しない」という人もいるが、それでは遅すぎる。先手必勝は経営の鉄則だ。

企業というのは儲けるだけでなく、利益を犠牲にしてもやらなければならないことがあると思っています。

成長分野の選定の基準は、市場に成長性があるか、当社の技術を活かせるか、継続的に競争力を持ち続けられるかという点。

戦略や戦術が正しかったか、実行力があったかはすべて数字(結果の数値)で見ることができる。

変化を起こし、新しいものを創造していくために必要なのは、チャレンジする心。

失敗の原因を自分以外に求めていては成長するはずがない。

問題があっても他人に原因を求めず、自分が他へ働きかけながら解決することが重要。

上司の反対があっても、会社のためという信念があれば、粘り強く説得して状況を変えることができる。

たとえ能力があったとしても、自分のことばかり考えている人間は大成しない。

伸びる人間にはある共通点がある。それは会社に対する「オーナーシップ」が強いということだ。

チャレンジする心、勇気がなければ、変革は起こせない。

問題を真正面で受け止めてねじ伏せる。そういう意味ではアメフトの経験は生きていますね。
【覚え書き|東大アメフト部時代を振り返っての発言】

弱肉強食のグローバル市場で外国人と対等に渡り合おうと思えば、適切に主張していくことが不可欠。

相手の話を聞くだけでどうするのか。きちんと自分の立場や考えを話せ。

相手の言動に対して、適切に対応し、適切に発信することを「応対辞令」という。これが、グローバルに活躍するビジネスパーソンに求められる。

カイゼン活動は日々のシビアな検証がなければ機能しない。

敗北や失敗にどう向き合うか。それが人間や組織のその後に決定的な影響を与える。

ときには現実から目を背けて、やり過ごすこともあるかもしれない。だが、冷徹な総括なくして成長はない。

敗戦直後の惨めな経験を通して、子供の私は実力がなければ世の中はどうにもならないと悟った。

人生を通して最も重要なことは、「基盤となる力=実力」を養うことだ。

秘訣やノウハウと呼ばれるものはその人の心の中や頭の中、体の中に宿る。

世の中全体が外に答えを求めすぎているように感じる。だが、外部に答えを求めたところで正解はまず得られない。答えは自分の中にしかない。

人間は他者との競争を通して自分自身の強みや弱みを知り、人生における己の武器と立ち位置を見いだしていく。

会社にとって今一番大切なのは「成長への種まき」。

厚い自己資本があるからこそ、将来に向けた研究開発を続けることができる。

ひとつひとつの勝利や成就はそれほど大きなものでなくても、その積み重ねが結果として大きな差になる。

真の競争は行き詰まったところから始まる。

よほどの天才でない限り、人間の持つ力はさほど変わらない。

鮮やかな戦略勝ちは滅多にない。知識や知恵だけでなく、汗の価値を重視する。それが大切なポイントだ。

拮抗した状況の下にあって全力で成功させる。それこそが努力の真の意味だ。

「これは解けそうもない」「これはできそうもない」。そう思ったときに、逆に何とか乗り越えようと考え抜く。私はそれが人生における努力の真の意味だと考えている。

当社では従来の仕事のやり方にとらわれることなく、新しい発想で仕事を進めることを各職場、各人に求めている。

常に前向きに挑戦し続けることが大事。そして自分のやったことには自信を持て。

ゴルフの試合もビジネスも戦いだから負けてはいけない。

「やる」と決めたら徹頭徹尾、スピーディーかつダイナミックにやらなければならない。

リーダーの力量は決めた方向に社員を導き、実際に成功させることによって測られる。

決断した後は選んだ道を全力で成功に結びつけなければいけない。決めたことに全身全霊を傾けていく。成功しない決断に意味はない。

正しい動機に基づき、正しい根拠がある正しい行動。これが結局世の中を動かしている。

新しいものを取り入れることは大切だ。だが、古いものの中にも価値があるものはある。本当に価値のあるものは残っていく。

悲観的になっていいことはひとつもない。どんなに厳しい状況に置かれても、自分にできないはずはない、必ず乗り越えられると思って立ち向かえば、光明は見えてくる。

企業経営者は、自社がつくり出す価値を絶えず追求し続けなければならない。また、そうした価値を提供できる会社を存続させなければならない責任を背負っている。

企業たるもの、己のためのみならず、大義に従い、社会のために尽くす存在でもあるべきだ。社会に対して価値が提供できず、役割が果たせない企業はその寿命を終える。

経営者は学者や評論家ではない。実行したうえで、必ず成功させなければならない。

若いうちから真剣勝負の場にどんどん放り込むことが重要。自由にやっていい環境を与え、「出る杭になってはいけない」という心の留め金を外してやればいい。

上の世代はよく「最近の若者はダメだ」と口にするが、決してそうではない。今の若者はちゃんと内に秘めたる闘志を持っている。

みんなで時間をかけて会議して、方針を決めていたら、みんなの意見が平均値となり、平凡な答えにしかならない。そんなことで非常時は打ち破れない。

会社の真の力は技術力、営業力であり、生産力であり、社員の質であり、文化。これらが整っていない企業は、一時的に良い製品を生み出せても続かない。

大きなうねりについては、歴史の動き方を知ることで大局観が磨かれる。

肝心の商品で差別化できないと、価格競争になる。

ビジネスで「正しく勝つ」というのは自社の商品が採用されるだけでなく、それがお客様にとってより価値があるかが重要である。

技術によって、イノベーションによって新たな良い製品を生み出していく。それを当社の戦いの基本。

未来を考え続けることこそが会社が勝ち続ける条件。

努力そのものが重要なのではなく、どのように努力するかという具体的な方法に重きを置かないと成功を取り逃がす。

「あなた、動いてくれませんか」と言うようではリーダーは務まらない。「お前、やるのかやらないのか」と迫れるぐらいでないと。

リーダーに必要なのは読む力と決断する勇気だろうね。それから、リーダーシップ。これは威圧感と言ってもいい。

経営者にとって、若さは必ずしもプラスには働かない。

かつての写真フィルムのように、絶対的な大鉱脈があれば別ですが、1つか2つのコアだけでは不十分。

黙っていればチャンスをつかみ損ねていた。

イチかバチかなんてことをやったら経営者は終わりですよ。それは「ばくち打ち」と同じ。少なくとも6割ぐらいは勝算がないと。

会社を立て直すのは、やっぱり大変でした。でも、良い時に仕事をさせてもらったと僕は思っています。面白かった。やりがいがあった。

新しいテクノロジーが出てきたんだから仕方ない。素早く転換しなきゃいけない。

世の中には、変えるべきものと変えざるべきものがある。環境の変化に合わせ、企業の形も事業内容も変えていかねばならない。

営業の仕事は、理屈だけでは売れないんです。コミュニケーションなんですよ。

自分たちに向けられた期待に応えたいという思いは仕事を行う上で重要な原動力になる。

強いメーカーであるが故の使命がある。使命感は社員の誇りにつながり、責任感もはぐくむ。

困難を乗り越えるたびに社員はより一層良い表情になり、会社の質も高まる。

人生で起こる問題を解決するのは、ノウハウではない。自分が人生で身につけてきた知恵、考え方、勇気、美学、情熱といった人間としての総合力が解決する。

歴史の中で困難にぶつかった先人たちの本を読んで、いかに壁を乗り越えたかを自分が追体験、疑似体験できたというのは大きい。

私は、この危機を乗り越えるために生まれてきたのだ。

考える力の基本になるのは国語ですから、国語力を養うには読書が一番。

私には同期入社が86人いましたが、入社時に優秀だと思った人がそれほど伸びず、そうでもないと思った同期が大きな仕事をする例もありました。何が違うんだろう。そう思って観察していると、伸びる人は仕事を通じていろいろなものを吸収し、成長してきたということでした。

改革は素早く、大胆にやる。危機時の構造改革は、この改革のスケールやテンポといったダイナミズムを経営者が理解できるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。

市場が伸びている中で、事業構造を変えるのは本当に難しい。

強い組織とは贄肉を落としたスリムな組織。そして、それが強靱な体質につながる。

進むべきか、止まるべきか。何が重要で、何がそうでないのか。決断や判断の瞬間に最後に働くのは理屈ではない。

リーダーには、「いまやるべきことは、何があってもやるしかない」という強い決意が必要だ。

適切な問題解決の方法を生み出すには、知性や知力を意味するインテリジェンスが必要だ。しかしその一方で、マッスル・インテリジェンス、すなわち知性や知力とは対極にある野性や馬力、腕力といった部分も大切なのである。

本当にやらねばならぬことであれば、たとえ皆を引きずっていってでも、やらねばならない。リーダーの仕事とはそういうものだ。ただし、そこには最大限の配慮が必要だ。

どんな状況であれ利益をあげられる体制を築いていくのが経営者の仕事だ。

「一番大事なこと」が分かったら、あとは何が何でもそれをやり抜くしかないのである。

私は使命感こそ、セルフ・モチベーション、すなわち自分自身の動機づけを高める最大のトリガー(引き金)だと思う。

経営判断を下す前に、自社に何が起きているのか現状をよく見て考えなければならない。我々の場合でいえば、悔しいことだが、写真フィルムの市場はほとんどなくなってしまった。そういう現状を認識するのは、非常に勇気の要ることでもある。

世の中は、いい意味でも悪い意味でも、みな戦いである。競争相手との戦いから自分の弱さとの戦い、眼前に立ちはだかる壁との戦い、因習との戦いまで、ちょっとやそっとの努力では乗り越えることができないものばかりだ。

経営トップになることが偉いわけではないのです。なってから何をするかが大事なんです。

伸びる人は会社思いです。自分のためじゃなく、会社のために働いている者ほど成長するし、周囲も仕事を任せようと思います。

仕事に前向きでないと疲れやすくなります。仕事に追いかけられるのではなく、追いかけると楽なもんです。

社長として多角化へ舵を切ったとき、命を懸けていました。寝ても覚めても会社のことばかり考えて、この危機を乗り越えられなければ死ぬぐらいの覚悟というか責任感はありました。

当社は業績が苦しい時期にも、毎年のように研究開発費におよそ2000億円を投じてきました。研究開発費をぐっと減らせば、利益なんて3~4%はすぐに増えます。その誘惑には駆られますが、やるつもりはありません。

人材育成はスパルタかな。やはりビシバシ鍛えないとダメです。気をつけるのは、決して突き放さないことです。「お前に期待している。だから頑張れよ」という気持ちをこっちが持っていれば、相手は応えてくれます。

部下には「社外のコンサルタントや弁護士の意見なんか信用しすぎるな。一生懸命考えれば、自分たちの方が頭が良いんだ」と言っています。「外部の人材に頼ろう」なんて口にする経営者は、即辞めた方がいい。

答えがハッキリわかるときもあれば、わからないときもあります。悩んだら時間をおいてみます。潜在意識が解決してくれることもあります。たとえば、寝ていてふと思いつくとか。

人間は神ではないけれど、経営者になったとき神でありたいと思った。神のように間違えないでものごとが判断できれば、どんなに楽だろうと。

後任の社長候補選抜で重視したのは、会社に対する使命感です。誠実さと置き換えても構いません。本当にこの男は会社を守っていけるのかを見ます。世の中の経営者には、この部分が欠けている人が多い。

どの選択肢にすべきか迷ったときは、どちらでもよいのかもしれません。答えがハッキリしないということは、それぞれに成功と失敗の可能性があるわけです。だったら選んだ道で成功すればいいだけの話です。

ピンチを変革のためのチャンスととらえれば変わるでしょう。それをどれだけダイナミックにやれるのか。少しずつやっても仕方ありません。

マネジメントは大学時代に所属したアメリカンフットボール部で学んだ気がします。アメフトで大事なのは、戦略とチームワーク、スピード、闘魂です。これは企業経営と同じです。両者とも局面ごとに細かく戦略が変わります。チームワークは仲の良さではなく、明確な役割分担を指します。そしてスピード。これも重要ですが、日本人に一番欠けているものかもしれません。最後に闘魂こそ、企業も個人ももっと養わないといけません。

競争もない、結果の差もつけないという優しさは真の優しさではない。行き過ぎたヒューマニズムは動物としての活力を奪い去る。今のように、子供たちを無競争、無菌状態で育てることは将来に禍根を残すことになる。いや、現実にもう出てきている。

最悪なのは、なしくずし的に事業が縮小してしまうことであり、ここで思い切った手を打って将来を見据えたビジネス基盤を再構築することが必要だと考えました。
【覚書き|写真のデジタル化への抜本的改革を開始したときを振り返っての発言】

人間の喜びも悲しみも愛も感動もすべてを表現する写真は、人間にとってなくてはならないものであり、長年のお客様のご愛顧にお応えするためにも、写真文化を守り育てることが当社の使命と考えています。

仕事の成果はその人の持つ五体の総和である。人材育成はとかく首から上ばかりに偏りがちだが、大切なのは首から下も合わせた五体の総和。

社員の成長は本人の自覚が7割。指導は3割。

私自身、これまでずっと会社のためにベストを尽くしてきました。その結果、自分も成長できました。会社のためにベストを尽くすことは、自分のためにベストを尽くすことであるとわかると、サラリーマンにとってのひとつの問い、「仕事と人生は両立するだろうか」という問いが解けます。

当社はフィルム製造から完ぺき主義の文化が生まれました。しかし、デジタルカメラが急速に普及する中で、写真フィルム主体から医療などの成長分野への事業構造の転換を進めました。これからは変化の素早い対応や、スピード感のある挑戦、思い切った踏み込みが必要になります。現在、私に課せられた課題は企業文化の転換です。

富士フィルム・ヨーロッパ代表としてドイツに駐在したとき、私自身、戦い方を身をもって示しました。現地の日本人社員は概しておとなしく、相手に一方的にまくしたてられ、黙ってメモを取っている姿がよく見られた。それでは納得したと思われる。私は交渉相手の難しい要求にはNOを突き付け、主張種すべきことを主張しました。

情報の収集には目や耳はもちろん、鼻や皮膚の感覚も大切です。情報の背後にある本質をつかむには、現場での行動を通じた現実認識が重要で、足腰の強さが求められます。次に情報を頭で分析し、戦略戦術を立てる。困難が予想されれば、腹を据え、度胸や勇気を持って決断する。まわりに自分の考え方を口でしっかり伝え、ときには腕力も行使する。そしてハート、思いやりがなければ誰もついてきません。

ともに戦う体験を通して、私が部下に教え込もうとしていたのは、仕事の成果はその人の持つ人間力の総和であるということです。

部下を良いスパイラルへと巻き込むには、上司も口先だけでなく、現場で一緒に戦わなければならない。私も部課長時代、毎月のように部下たちと合宿を行った。金曜午後、ホテルに移り、直面する問題をどう解決するか、徹底的に議論するのです。夜10時ごろからは酒を飲み、胸襟を開いて語り合う。翌日はまたディスカッション。この合宿の成果を翌週から現場で一緒に実践していくのです。

普段は小さなスパイラルの繰り返しですが、あるとき大きなチャンスが訪れます。大きくスパイラルを回し、一気に力をつける。このとき、自分が「社会のため」にも貢献していることに気づけば、人間としても成長できます。サラリーマンの人生にはそんなチャンスが3から4回あるものです。

自覚は謙虚さと学ぶ姿勢をもたらします。謙虚に学べば、あらゆるものからヒントを察知できるようになります。すると、学んだことを試す場面が必ず出てきます。そこで結果を出し、その経験からまた学び、より大きな場面で成果を出す。こうして「よいスパイラル」に入れば、仕事と自己実現が限りなく一致するようになります。

上司がいくら指導しても部下の力が伸びないのは、本人の自覚のなさに起因することが多い。「自分はこのままではいけない」「何かを変えなければならない」という自覚があって初めて上司の指導が生きてきます。部下の成長は本人の自覚7割、指導3割といったところでしょう。

私はビジネスマンたちに言いたい。「みんな、社長を目指せ!」と。その過程で、課や部など各ユニットのリーダーとして、そのユニットのことを誰よりも真剣に考える。会社のことは我がこと、という姿勢で仕事に取り組んだ経験は、必ず人生にプラスをもたらすはずだ。

私は会社という仕組みほど、パワフルで魅力的なものはないと思っている。一人で何か事を行うより、会社の持つ金や人、組織、社会的信用を活用したほうが、何倍も大きなことができる。会社という器には、たくさんの可能性、機会が詰まっていて、自分の努力と才覚、能力次第で、非常に大きなことを成し遂げることができる。世の中にこんなに面白くて合理的な装置はないと思う。

ひとつの仕事を成し遂げることによって、自分が成長する。成長した自分は、次にはより大きな仕事ができる。すると、その仕事を通じてさらに成長し、次第により大きな仕事、より高い価値を生む仕事に取り組めるようになっていく。それが積み重なり、レベルがどんどん高まれば、結果として自己実現に結びつく。人生と仕事が同じ土俵に乗って、その両立を得ることができるのである。

仕事の周りをウロチョロしている程度の働き方では駄目だ。半年でいいから、一度、死ぬほど働いてみろ。そうすればわかる。
【覚書き|部下に人生の目標と仕事をどうすれば両立できるのかと問われての発言】

競合と対時している戦線で一歩でも相手を押し込む。知恵を振り絞って顧客の要求に応える。各自がそういった意識を持ってやり抜けば、企業の競争力は飛躍的に高まるはずだ。

自分の人生を振り返れば、鮮やかに物事が成就、あるいは勝利できたことは少ない。何らかの成果を上げることができた時も、必死になって考え、知力と死力を振り絞り、最後まで泥臭く頑張り通した後の成就が大半だった。これは私に限らず、何かを成し遂げた人のほとんどがそうではないだろうか。

私は「学びて時にこれを習う」という言葉を精神の糧にしてきました。歴史書や哲学書、新聞、雑誌などを通して、思考や史実、現実を学ぶ。それをおさらいして実践し、実践を通して学んだことを蓄積していく。これができる人とできない人とでは幾何級数的に差が開くのではないでしょうか。

大きな仕事のことだけではなく、業務改善のような日々の取り組みでも、本人の捉え方次第で成長のきっかけになります。吸収力に優れた人は、あらゆる場面を自己変革につなげるものです。

仕事に対するオーナーシップを持てば、日々の仕事を一生懸命考える。必死に考えて全力で走れば、創意工夫が生まれる。そして、そこで得た経験がインプットされ整理されることで、経験値が上がり、より大きな仕事にできるようになる。

「製品が悪い」「工場が悪い」と不満を言うのではなく、大事なのは自分で何をやったか。問題があってもそれを他人のせいにするのではなく、自分で他へ働きかけながら解決すること、何でも自分の責任と考えて動くことが大切です。

私の転機は、入社6年目にある新任課長と出会ったことでした。彼は私がじゃじゃ馬のような人間と理解したうえで、「それでもポテンシャルがある」と言って、あるグループのリーダーに抜擢してくれたんです。会社が私に責任を与えるのであれば、会社に報いよう、会社のために全力で生きよう――。このとき、ようやく会社に対する強い忠誠心が芽生え、オーナーシップに目覚めました。ここで、ヒツジとは言わないまでも、飼い慣らされたオオカミぐらいにはなったんです(笑)。

将として、ひとつのカギになるのは「オーナーシップ」だと思います。いかなるときも会社や組織の問題を我が事として考えることができるか。それをバネとし、創意工夫し、難問を解決し、自分を鍛えていくことができるか。それが、リーダーとしての成長スピードに大きな差を与える。

リーダー、とくに経営者は育てるものではありません。自ら修業を積み、自分で育ってくるものだと私は考えています。そのために機会を与えることは重要です。若い頃に海外法人をマネジメントさせるなど、厳しい環境に置くことで人は伸びる。ただ、それだけではダメです。自分で育とうとしないといけない。経営者というのは、人に育ててもらうようなヤワなものではありません。

新たな価値をお客様に提供し続けるために必要なのは、不断の努力によるイノベーションです。

いまの時代、ひとつの技術だけで課題を解決することは難しくなりつつあります。その一方で、ケミカルとエレクトロニクスというように、異なる分野の技術を組み合わせれば、解決につながることも少なくない。

研究開発投資を減らせば1000億円程度の利益はすぐに増える。ただ私の目標は、富士フィルムが成長し続けるリーディングカンパニーであり続けるようにすること。未来に向けて、必要な投資は続けていきます。

富士フィルムの業態転換が成功したのは、経営の決断だけでなく、会社にそれを実現するための真の実力があったからです。ナンバーワンへのこだわり、メカニズムを解明しようとする姿勢、品質のあくなき追求、技術を地道に作り上げる風土――。過去の先輩方には感謝してもしきれません。

私が営業部長になった1980年代半ば頃はVHSとベータマックスによる家庭用ビデオの規格争いの最終局面でした。ビデオデッキの普及とともに、ビデオテープも爆発的に売れるようになりましたが、価格競争もすさまじく、毎日店頭価格が下がるような状態でした。このときの経験から、特徴のある製品を売っていかなければならないと肝に銘じました。製品は必ず差別化し、単なる価格競争を防ぐ。でなければ、オンリーワン製品、ナンバーワン製品がよいのです。

創業時より当社の技術者は自分たちで技術を作り上げなければなりませんでした。技術力で世界一にならない限り、コダックを追い抜くことはできません。その中で、世界ナンバーワンに対する強いこだわりが生まれました。

アナログ的な技術やノウハウは長年の積み重ねで一朝一夕にできません。この国の製造業の競争力の源泉はこれまでに培ってきたところにある。ここに、この国のモノ作りのヒントがあります。

多角化と言うと、M&Aなどで全くの異分野に進出するというイメージを持つかもしれません。ただ、当社のケースを見ても分かるように、多角化とは本業に関わる技術を軸に進めていくべきものと私は考えます。会社自身がその分野でやっていけるポテンシャルを持たないと成功しないでしょう。

機械やコンピューターに判断を委ねようという試みもあるようだが、知性の放棄と呼ぶほかない。

注意深く見ると、一見無関係に見え、雑多にも見えた情報同士を結ぶ因果律が浮かび上がってくる。いくつかの事実の背後に横たわる流れが見えてくる。「1週間前のあの出来事があったから、いまこれが起こっているんだな」というように、事実を位置づけられるようになってくる。そして今度はその延長上にある「先」を見通すことができるようになる。

我々は今日、怒涛のように流れ込む情報の渦の中に生きている。押し寄せる情報をまともに取り込もうとしていたら、意思決定など創造的な仕事をする時間を失ってしまう。大切なのは、膨大な情報の海からキラリと輝くものをいかに見いだすか。

戦争で負け、ほとんど焼け野原で何もなくなったところから日本は立ち上がったのだから、それを考えれば怖いものは何もない。内向き、下向き、後ろ向きなメンタリティに支配されることなく、皆がもう一度戦う気持ちを取り戻し、外向き、上向き、前向きになることから、すべてが始まる。

日本経済再生云々とよく言われるが、そんなことは簡単だと私は主張したい。皆がもう一度、「世界で戦おう」という気持ちになればいいのだ。現在はまだ技術的にも先行しているし、もともと日本人は大義に従う忠誠心や責任感、団結心というすばらしいものを持っている。こうした精神的な支柱を取り戻し、戦線を立て直して本気で戦う気になれば、日本人は世界で勝っていける。

日々使命感を持って仕事をしている人は、失敗からも成功からも、自分の成長に役立つ数多くの教訓を学び取ることができる。日常のあらゆることから、自分が仕事を通じて学び取るべきことが、自然に頭の中に入ってくるのだ。

任された仕事をやり抜くという使命感がモチベーションになり、実際にそういう思いを強く持ちながら日々の真剣勝負の中で自分をトレーニングしてきた人が、大きく伸びるのだ。

たいていの人は思い切って勝負することに二の足を踏む。失敗したときの痛手が大きいから、ぐずぐずして決められない。とくに日本人にはその傾向が強いように思う。実際、頭はいいのに決断できない人を多く見てきた。物事を決められない背景には、「責任を負いたくない」という臆病さや、マッスル・インテリジェンス(野生や馬力)の不足があるのではないか。

適切な方法であっても、実行のスケールが小さすぎては勝負に勝てない。戦線が膠着(こうちゃく)し、敵に包囲されたとき、戦力を小出しにする「戦力の逐次(ちくじ)投入」は、遅かれ早かれ敵に各個撃破されてしまう戦略・戦術の禁じ手だ。だから勝つため、生き延びるために何をするかをよく考えたうえで、思い切ってやるしかない。

私がよく話すのは、経営トップは「真剣の勝負」で、ナンバー2以下は「竹刀の勝負」だということである。ナンバー2以下は、大将が最後に勝負を決めてくれるとどこかで思っているかもしれない。しかし大将は、自分が負けたら会社は負けである。真剣勝負では、負けイコール死を意味し、失敗から学ぶ余裕すらない。そういう大事なときに、失敗は絶対に許されない。だから勝つ方法を必死に考える。その真剣さが違うのだ。

平時は、民主主義の原則である多数決のもとで仲よくやるのもいい。だが、危機に陥ったときに皆でいちいち「あっちに行くか」「こっちに行くか」と合議をしても始まらない。誰かが皆を引っ張っていくしかない。それがリーダーの役割だ。

リーダーにとって一番大事な使命は、そのときにやらねばならぬことを、絶対にやり抜くことだ。「我々は敵の大軍に囲まれ、補給路を断たれてしまった。いまこれをやらなければ生き延びることはできない」ということをきちんと伝えれば、社員たちは必ず分かってくれる。

各現場で改革の第一線に立つ社員たちの士気や使命感を高めていくには、トップからの情報発信が必要だ。私は年に4回発行される社内報の巻頭言に加え、主要な工場や研究所を回って行う年度方針発表会や新年のスピーチなどで必ず、当グループが置かれている現状や、我々はどこに向かっていくのか、そのために何をし、なかでも絶対にやらなければならないことは何かということを、くり返し話している。

経営の構造改革が単なる規模の縮小であってはならない。今後の成長戦略とセットでなければ意味がない。

私が目指すのは、絶えず新しい商品や価値を生み出し続ける開発力と企業文化を持った会社。言い換えると、変化に対応するのはもちろんのこと、さらに変化を先取りし、変化をつくり出せる会社になることだ。

リーダーは、自分たちがチャレンジしているゲームの本質を分析し、与えられたリソースの強みと弱みを把握する。どうしたらこのゲームに勝てるのかを徹底して考え、決めたら強い意志を持って実行する。強みを引き出し、弱みを補うために訓練を課し、採用によって新しい血を入れる。

日本人の最大の欠点はスピードが遅いことにある。やるべきことをなかなかやらない。慎重に検討して根回しをして、皆で責任を回避しようとするからで、自分のその決定の責任を負おうとしない。勇気が足りないのだろう。仕事におけるスピード、戦略性、効率性は重要な要素のはずだ。

意思決定の遅さが長時間労働を招いている面もある。日本は摩擦が生じるような意思決定に後ろ向きで、じりじりと無駄な時間ばかり費やしていることがあまりにも多い。

情報を読み取ることは大事なビジネススキルと言える。様々な要素から世の中の動きをキャッチする力があれば、それに対して賢い対応ができる。

五分五分の勝負だったらまずやりません。六割か七割は勝てるとわかったからやれるなと判断できました。それだけ確率があれば、あとは「やり遂げるんだ」と思えばいい。

優秀な人がある地点で成長が止まってしまうことがよくある。体力が続かなかったり、その地位で安住してしまうからだろう。経営幹部には大局観がないとスケール感に欠け、それ以上の成長がない。こればかりは数字や情報を超越した世界なのかもしれない。

人を判断するときも、顕在情報だけに頼ってはいけない。営業の経験でわかったのは、相手がどういう人で何を求めているのかはこちらから探らなければならないということだ。なかには情報を隠蔽する人もいるし、反対のことをいう人もいる。

物事には、あることが起きると次のことが起きるという連続性・因果律のようなものがある。それを掴んでいくことが重要だ。そのため、常に事実の流れを冷徹にキャッチするための訓練が必要となる。

情報には三つの種類がある。まず一つ目は明白なメッセージ。完全に見えている情報だから、誰にでも読み取れ、理解できる情報だ。二つ目がかすかな兆候といった、部分的にしか見えない情報だ。断片的に見えるが、全体像は不明確な状態で存在している。そして三番目は沈黙だ。何かあるはずなのに片鱗も見えない。経営者はこの三つの情報を感じ取って判断していく。

企業は生き物と同じで成長し続けること、つまりゴーイングコンサーンが基本だ。存在し続けるために何を減らし、何を加えるかを判断することが重要だ。

経営は「いま何が起きているのか」「何が起きつつあるのか」を数字に落とし込む必要がある。衰退する事業の売り上げはどれくらい減るのか、増えると見込まれる事業や新事業はどれほどの売り上げ、利益になるのかを数字で示す。

経営は必ず数字で結果が表れる。現状がしっかり把握されていて、戦略が明確かつ戦術が実践的であって、あとは遂行力が発揮できれば、最終的に計画したその数字が達成できる。

印刷材料の営業担当だった30歳の頃、顧客の生の声を聞かせるため、技術者を顧客のもとに連れて行った。そこで辛辣な当社品への評価が響いたのだろう。技術陣もその後は改良に力を入れるようになった。

今の学校教育では、答えのある問題を解く方法は教えますが、企業経営でリーダーが直面するのは、答えのない問題です。そういう問題を解くには、歴史、哲学、文学、美術といったリベラルアーツを学び、大局観や人間としての厚みを身に付ける必要があります。

日本社会では「とがった人」が出てきにくい。みんなと仲よくし、あまり出すぎない、将棋の駒で言えば「歩」みたいな人が多くなってきています。そういう人に変革は起こせません。

一番大事なことは、「思い切ってやる」ということ。ライバルだった米イーストマン・コダックは破綻しましたが、我々は生き残り、さらに業績を伸ばしている。それは、思い切った改革を進めたからであり、チャレンジすることで危機を乗り越えたのだろうと認識しています。

事業の選定にあたっての判断のポイントは、市場に成長性があるか、我々の技術が生かせるか、そして我々が持続的に競争力を持ち得るか、ということ。

問題を解決する方法が分かっていても、既得権やしがらみにとらわれていると、行動につながりません。実際、問題を先送りして逃げている経営者は少なくない。

上司も口先だけでなく、現場で一緒に戦わなければならない。

危機を前に、改革や投資を小出しにする経営者は少なくない。なぜ戦力の逐次投入が愚策と分かっているのに、思い切った勝負に二の足を踏むのか。私は「マッスルインテリジェンス」が欠けているからだと思う。マッスルインテリジェンスとは私の解釈で、ある種の野性的な賢さや勘、力、気迫を指す。この力は勉強だけで身に付けられるものではない。海で泳いだり、山に登ったり、ケンカをしたり、いろんなことを体験したり、本を読んで他人の体験を学んだりというように、実際の行動や活動を通じて、子供の頃からの積み重ねで身に付けられるものだ。経営者には頭のよさだけでなく、勝機に果断に判断し、かつ行動できる野生的な強さが必要だ。

戦力の逐次投入は戦略、戦術の禁じ手であり経営でもタブーである。問題を放置して改革を先送りすれば、会社は確実に蝕まれていく。戦いに勝つためには、必要であれば、適切なタイミングで思い切ってやる以外にないだろう。

意思決定には常にデッドラインがあり、ライバルの動向を含め情勢も刻一刻と変化している。その中で、経営者が完全な情報で判断できる機会はまずない。それを恐れて、意思決定を先送りするくらいであれば、どちらを選んでも成功の確率に大差ないと腹を決めて、いずれかの方向に足を踏み出す方がいい。

決断の過程ではデッドラインのギリギリまで考え抜いても結論が出ないこともしばしばあった。腹を決め、可能な限りの情報を集め、最後の最後まで考え抜く――。それでも、はっきりとした優位性が見えない時が現実にあった。そんなとき私は「いずれを選択しても正しいのかもしれない」と考えることにしている。

リーダーが決断を間違えると、組織は壊滅的な打撃を被る。ゆえに私は100の決断をしたらそのすべてを間違えないという覚悟で日々の決断を下してきた。

日本が戦争に負けた時。私はまだ6歳になる直前でしたが、子ども心に思った。日本が大変な状況の中、「必要なものは、世の中を動かす力。負けたらこういうことになる、負けちゃダメなんだ」と。学生時代も、真の実力を養うことをいつも考えていました。会社も同じ。会社も真の力がなければならない。

大変な時にみんなで時間をかけて会議して、方針を決めることはできません。みんなの意見が平均値となり、平凡な答えにしかならない。そんなことで非常時は打ち破れない。例えば戦争していて、敵が攻めてきているのに一回一回会議はできません。

利益の最大化だけでは企業は生きていけません。社会に貢献できる商品やサービスを提供して、それを買っていただいて収益を得る。このような形で利益と社会貢献を両立するのが一番いい。

経営者にとって一番大変なのは断行、実行することで、さらには成功しなければならない。成功しない人はリーダとは言えない。

事業の取捨選択の基準は、その分野で競争力を持ち、戦っていけるかどうかという点。素人が出て行ったとしても、世界の競争で勝てるはずはない。生き延びるために、自分の力が発揮できる市場や製品群を見つける、「読み」ですね。

会社が生き延びるためには何をしなければいけないか考えなければない。

私は意識してものごとを前向きに考えるようになってから人生が変わった。前向き思考は誰でも訓練で身につけられるので、ぜひやってみてほしい。

私は若いときから終始一貫、会社のために何ができるか、会社にとって一番いいことは何かを考えて仕事に取り組んできた。自分のためより会社のためのほうが、ハードルははるかに高い、だからこそ、やらなければならないという使命感が生まれ、それが仕事に迫力をもたらすのだ。

100メートルを11秒台で走れる潜在能力があるにもかかわらず、いつも力を余して13秒台でしか走っていない人は、ここは11秒台で走らないと勝てないという大勝負に、足がすくんでしまう。そういう人は使いものにならないのだ。

一生のうちに何度かは、120%の力を発揮しなければならない局面が誰にも必ず訪れる。そのとき、一度でも限界まで働いたことがあれば、自分はここまでできると自信を持って立ち向かうことができるはずだ。

若者がガツガツしなくなったのは、社会が豊かで成熟したからだという人もいるが、私はそれだけではないと思う。むしろ、競争をよくないものとした「戦後の教育」こそが諸悪の根源だといっていい。運動会で全員が手をつないでゴールするようなことをやっていたら、「負けてたまるか」「なんとしても勝ってみせる」という気概を持った人間が育つはずがないのである。

波風を立てるのを嫌い、みんなの意見を聞いて多数決に従うような学級委員タイプのリーダーが実に多い。平時はそれでもいいだろう。だが、会社が危急存亡のときにあるような事態において、そんなリーダーで乗り切れるわけがない。

日本は依然として世界第3位という経済大国の一角を占めているが、決して盤石の強さを誇っているわけではない。国民がチャレンジ精神を忘れ、もうこの程度でいいと油断していたら、あっという間に他の国に追い抜かれてしまうだろう。

戦いこそが社会の基本原理であるなどといえば、日本では眉をひそめられがちだが、こんなことは海外では常識だ。

ビジネスというのは、言葉を換えれば、世界中のライバルと市場を取りあう「戦い」だ。だから、絶対に勝ってやる、負けてたまるかという気迫や闘志が不可欠だ。ノウハウだけでは戦いには勝てない。

企業とは様々な人材、技術や資金などを備え、極めて合目的かつ能率的な組織である。企業がこれらのリソースを有機的に組み合わせ、社会へ何らかの価値を提供し続ける。それが、企業が存続し続けることの意味であり、持続可能な社会に不可欠な企業の役割だ。

この国はいつの間にか「歩」だらけになった。だが、ほかの駒も必要だ。「桂」「香」「金」「銀」「飛」「角」、最高は「王」。これらの人材が必要である。出る杭を打たず、リーダー足り得る人材や挑戦心の強い、創造的なとがった人材を育てなければない。

優先順位の設定は決断に不可欠と言える。どのくらいのスピード感や規模感で断行するか、それは優先順位を決めなければ判断できない。

リーダーは自身の決断に責任を持たなければならない。リーダーの失敗で組織が壊滅する以上、「間違えました」では済まない。侍は失敗すれば腹を切った。どんな決断であれ、リーダーは必ず成功させる必要がある。これは極めて厳しい道だ。

現実社会は多数決の民主主義で回っている。だが、企業が民主主義である必要はない。民主主義的に決めることで各方面への目配りは行き届くが、結果として平凡な経営になる。誤解を招く表現なのは承知のうえであえて言おう。経営者は優れた独裁者であるべきだ。

危機下では、周囲に意見は求めるが、リーダーが己の責任で決断し、組織を導く必要がある。どこの世界に、兵隊一人ひとりの意見を慮って作戦を遂行する指揮官がいるというのか。

リーダーシップの本質は、「最も優れた人間が最も優れた決定をする」ということだ。会社に当てはめれば、「優れた独裁者が率いる組織が最良の組織」になる。もちろん、民主主義や多数決による意思決定を否定するつもりはないが、それは平時においてだけだ。

グローバル市場で黙っている人間は声を発する勇気がないか、能力がないか、発信する論拠を持たないかのいずれかと見なされ、一人前の人間として評価されない。

富士フイルムヨーロッパ社長就任当時、富士フイルムは欧州で米イーストマン・コダックの後塵を拝していた。しかし、積極的に戦うでもなく、2位の座に安住していた。そこで欧州各国の販売代理店に対して、「3年でトップに立てる作戦書を提示せよ」と指示した。もちろん、それぞれの前線で戦えるよう新製品と新たなプロモーション戦略などの実弾も用意した。

第2次世界大戦で日本が惨めな敗北を喫したのは、局地戦での冷徹な総括を怠ったことに加え、情報戦に負けたことが大きい。ここで言う情報戦とは情報収集能力だけではなく、情報発信能力をも含めたものだ。

航海に例えるのなら、社長の役割は会社がこれから進むべき航路図を引くこと。航海には嵐がつきもの。船長は絶えず船外に目を配り、雨は降ってこないか、行く手に氷山はないか、積み荷は崩れていないかと監視しなければならない。

学校の成績が良いだけじゃせいぜい常務止まり。小さいときから塾通いしていたような人間は頭は良くて書類作成とか分かりきったことはきちっとできる。けれど、「今度ベトナムに子会社を作ったから現地トップをやってみろ」と命じてみても、頭が良いだけでは務まらない。

どうしたらうまくバトンを渡せるかとか、成功マニュアルみたいなものはない。社長は就任すれば務まるものではなく、持って生まれた力量や長年の経験、誰よりも会社を愛して尽くす心が必要だからだ。

経営者は優れた独裁者であるべきだ。民主主義で多数決なんてしていたら、いつまでも決まらない。経営者の在任が長い会社に、業績を上げているところが多いのは、リーダーが優秀で判断が正しいから長続きするのではないか。

単純な足し算ではなく、2つの会社が一緒になることでかけ算となって、世の中に提供できる価値の総和が増える。これこそが、M&Aの意義であろう。

当社のM&Aの目的は、技術的なシナジーが出せる相手を選び、新しい成長分野を育てること。

M&Aで大事なのは、何のためにM&Aを行うかという戦略だ。ただ売上や利益を増やすためのM&Aもあるが、自分たちの戦略を実行するためのM&Aがもっと重要だ。

山を登るのに1合目から登ってはあまりに時間がかかる。だから、5合目から登ろうという発想がM&Aだ。5合目まで登ったポジションを獲得するために買う。時間を買うということ。

自分たちが生き抜き、競争を勝ち抜いていくために「あるべき姿」について徹底して考え、その事業ポートフォリオを形成していくために、いま、何が足りないか、あるいは何が加わることで新しい価値が生み出せるかについて考えることが重要。

チームワークや協調性は社会人にとって大切な要素だが、それだけでは戦いに勝てない。ここぞという場面では、個人の強さが必要。自分が正しいと信じる意見を貫き、周囲を説得しないといけない。結果、組織内に摩擦が生じるかもしれないが、それを厭うようでは前に進めず、成長もない。

大切な投資には一定のリスクが伴う。だからといって逃げてばかりではいつまでたっても成果を得られない。失敗するかもしれないというリスクと同時に、責任を取らないことで生じるリスクもあることを肝に銘じないといけない。

決断に際して不安や迷いはありません。もちろん、レストランで何を頼もうといったどうでもいいようなことで迷うことはあります(笑)。でも、大事なことを決める時は、断行して、絶対成功させようと力がみなぎってきます。

主力事業が減っていき、コア事業だろうと、減っていく需要に対して縮小せざるを得なかった。そして、我々が持つ技術を総ざらいし、今まで取り組んでいなかった市場で参入できそうなものを探った。

当時はもう何年かたてば、利益の70%近いものがほぼなくなってしまう状況。災害に直面した人間が、生き延びなければならないという気持ちに近かった。
【覚え書き|写真がデジタル化しはじめた時期を振り返っての発言】

この応接室には「勇気」と書かれた書が飾られています。この勇気はチャレンジだとか、ファイティングスピリッツだとか、そういうものです。特に会社の大事な時は、情報を集めて、考えに考え抜いて、決めたら絶対やってみせるというように考えています。

私は旧満州の奉天で終戦を迎えました。戦争に負けるということがどんなことか、子供心にもわかりました。力がなければダメだ、国も力がなければダメだし、人間としても力がなければダメ。力といってもむき出しの暴力やそういう力ではなく、本当の実力、それがないと何にもできません。

東大のアメフト部時代に学んだ精神と、富士フィルムで会得した企業経営の精神と基本は同じでした。闘魂、スピード、戦略、チームワークの5つです。

うちの多角化と幅の深さが、彼ら(コダック)とは違ったと思います。コダックは極めて写真重視なカメラ屋で来たのに対し、うちは早くから多角化を経営の柱に据えてきました。やはり生産技術の差ですね。
【覚書き|コダックが時代の流れに乗り遅れたことについて語った言葉】

提携やM&Aは1+1が2ではなくて、3になるようにしたいんです。基本的にうちの技術と買収先の技術とを組み合わせて付加価値が出るような企業と手を組んでいくという考え方です。

業務用商品とコンシューマー商品ではビジネスのやり方が違ってきます。業務用商品だと、お客様に製品の性能のよさを論理的に説明すればいいだけです。しかし、コンシューマービジネスは、たくさんのお客様が相手だから、なかなかみんなに説明しきれないわけです。そうなるとマーケティングやコミュニケーションの巧拙が売り上げに直結する。それはまったく別の難しさがあります。

新商品の開発にはポイントがあって、まずその製品自体が差別性のある強さを持つことができるか。そしてコンシューマー製品(消費者向け商品)の場合、強さを持ったら、それを市場にどんな具合にコミュニケートできるか。これがポイントです。

学ぶ人はぐんぐん成長していく。新聞を読んでいてもそうだし、何の話を聞いても勉強になるという姿勢だから、どんな経験をもプラスにしていく。人からも吸収し、自分の体験からも吸収するし、そして自問する人は伸びます。

伸びる人は境界を飛び越える人。何でも自分がやるというのではないですよ。いろいろ人と相談して同僚や関係者に働きかけて、こうやろう、ああやろうと。

下の話をよく聞くということですね。僕は自分自身、トップダウンの経営者だと思うけども、決めるときは決めるけれども、決める前に十分意見を聞く。自分から動いていってね。下の声を聞くことがものすごく大事です。

あの業界が伸びているからあそこをやってみようかと言っても駄目。簡単に勝てるような、そんな甘いものではない。そこでうちに競争力があるかどうかが大事。

企業は生き抜くために、改革を行うし、既得権も含めて、しっかり対応していかないと会社はおかしくなる。それをやらないと会社はつぶれると言ったら改革をやらざるを得ない。

九州で育った私は、子供の頃、両親から「曲がったことをするな」「卑怯なまねはするな」「正直であれ」「弱い者いじめをするな」「人様に迷惑をかけるな」「負けて泣くな」「姿勢を正しくせよ」など、繰り返し教わった。結果として私自身はいままでの人生で、それを守り、オープン、フェア、クリアに戦ってきたし、生きてきたつもりである。

リーダーは成功しなければリーダーではない。リーダーの最大の責任は、その会社、あるいは国なら国が必ず生き延びていく、成功するという方向に持っていかねばならないということです。これはリーダーに与えられた厳然たる使命です。この使命を否定したり、理解できない人はリーダーではありません。

経営者はまず情勢を読む。会社にとって良い情報も、悪い情報も、あらゆる情報を掴むということです。次に、情勢を読んだら当社は何をしなければならないのか、どういうことをするのか、どの方向に向かうのか、情勢から生まれてくる未来を読み、構想しなければなりません。3番目は、それを社員に伝えなければならない。4番目は先頭に立って断行する。それが経営者の役割です。

現状が変われば、戦略も変わる。過去の成功にあぐらをかかず、絶えず相手の先手を打っていかないと次は負けてしまう。だから常に危機感を持っている企業は強い。

とかく日本人は努力という言葉が好きだが、もう一歩踏み込んで、目標とまっすぐに結びつくような「効果的な努力」にもっと目を向けるべきではないか。

準備の前提となるのが現状分析。自分たちの強みはどこか。世界のライバルは何に優れているのか。彼らとの戦いに勝つために、どのような事前準備、対策を打たなければならないのか。そのような冷徹な分析を経ることで初めて、独自の作戦、クリエーティビティーが生まれる。

スポーツとビジネスは似ている。共通しているのは、世界を相手に挑む大きな戦いで、最高のパフォーマンスにより、勝利を手に入れることを目指す点。

技術とは、一足飛びには進化しないものだ。飛躍的なイノベーションとて、連綿と磨く技術の組み合わせだったりする。オープンイノベーションは、そうした価値を創造する結びつきを生み出す原動力とも言える。

経営は数字で判断するものだ。MBA流の数字を基盤とした論理に基づく経営手法は確実に役立つ。しかし、メソッドだけでは成り立たない。人間としての使命感や情熱、ロマン、創造力、そしてひらめきなど、生身の人間としての根源的な力が必要不可欠なのだ。

価格競争から抜け出すには、独自性のある製品や高品質な製品を開発して差別化する以外にない。

本を読み、あるいは経験して得た知識を血肉にしていく意識があれば、いつだって教養は深くなる。

経営という営為は、頭だけで考えて結論を出せるゲームではない。人気投票で決するものでもない。自分が持ちうるあらゆる力、五体に宿すすべての力を総動員して、自分そのものを賭して挑むもの。

人を受け入れ、人に受け入れられるかどうか。公のために尽くすことができるか。そうしたハートがなければ、周囲を巻き込んで大きな仕事をすることはできない。

どれだけ頭で正しい判断をしていても、周囲の人々、ステークホルダーがついてくるような人でなければ、物事は動かない。

営業の成果を上げられる人というのは、人間性や知力、体力などのバランスがよく取れている。それは、優れた研究者や技術者、経営者も同じ。

将来的には経営判断もAIが下すようになるという話がある。囲碁では、瞬時に複雑な計算ができるAIにはかなわない。だが、経営判断は違う。数値化できない要素があるからだ。それは、「どうしてもこれをやりたい」という情熱や意欲、使命感、美学、ロマン、直観などだ。

優れた技術判断には、技術の目利きが必要だ。必ずしも技術への造詣が深くない事務系出身の技術者でも問題ない。世の中で何が問題で、その技術を使ってどのような解決法を示すのか。そんな理屈を見通せるどうかがカギになる。

人や組織、技術、企業文化などの優れた資産を生かせば、新しい価値を見つけることができる。価値を創造し続ける装置としての機能が企業にはある。

米国では、一つの技術の役割が終われば、その会社の寿命は終わり、新しい技術を持つ会社に取って代わればいいとの考えが一般的だ。私はそうは思わない。企業には優れた人材がいる。この人材が他の経営資源と相まって商品を作り出す。各会社はそういう優れた価値を持っているのだ。一つの製品が廃れたからといって、企業そのものが終わるのはもったいない。

10年、20年先に社会がどう変わるのか。その変化のなかで、自分たちがやれそうなことで何を手がければ生き残れるのか。どの企業も真剣に考えざるを得ない。

我が社は2000年代前半に本業の喪失を経験した。写真フィルムは発明から200年近い歴史があったが、わずか5年ほどで市場があっという間に消滅した。「他社にやられるなら、自分たちでやる」。当社はタコが自ら足を食うように、当時のフィルムカメラと匹敵する高画質のデジタルカメラを先頭を切って開発した。

感性や勘を取り戻そうという動きが教育の現場で始まっていると聞く。小学校の間は、教科書から学ばせるだけでなく、自然の中で遊ばせるのだという。大いに結構だと思う。私自身、中学校までほとんど勉強というものをしなかったが、大自然の中で、駆け回る、泳ぎ回るという「遊び」の中から学んだことは決して少なくなかった。遊びを含めた様々な経験から育まれてきた、人間の五体全部に宿る感覚と知恵が、論理的思考に加えて人間の行動全てにおいて極めて重要。

変化を起こし、現実を変えるには、周到な準備と機敏な決断、断固とした実行が欠かせない。感覚を研ぎ澄まし、行動のテンポを上げることが大事だ。

技術力によって、オンリーワン、ナンバーワンの製品を時代に先駆けて開発していく。そんな企業であり続けなくてはいけません。写真フィルムというのは170年も続いている技術ですが、こんなに長く続く技術は、もう出てこないでしょう。ひとつの技術の生命、ライフサイクルは短くなっています。世の中も技術も大きく変わっていく中で、将来の基盤となる研究開発を続け、常に時代に合った技術をつくりだすことが大切です。

米国では市場が経営者に短期的な成果を求めるため、長期的な研究開発投資をやりにくい。新しい産業が出てくれば、古い企業は潰れても仕方ないとの考え方もあります。しかし、日本の場合は違います。富士フィルムという会社が、写真フィルムの時代が終わったからといって、世の中からなくなっていいということにはなりません。中長期的な研究開発投資はすぐに成果に結びつかないため、短期的には経営効率は悪化します。しかし、長い目で見れば、そこで培われた技術が会社を救うこともあります。

研究開発投資は、目先のことだけではなく中長期的なことを考えながら行う必要があります。世の中の技術が進歩している現在、ひとつの技術だけで完結することは少なくなっています。

改革するためのリーダーシップには定石があります。たとえば、戦争で戦局を左右するような大きな戦いに遭遇したときに何をすべきか。まず、自軍が置かれている状況を味方に伝えなくてはいけません。「敵の大軍に囲まれ、補給路を断たれてしまった」と。つまり、会社が置かれている状況を、社員みんなに正しくわからせるのです。そして、何をしなければいけないか、状況を分析します。メーカーの場合、技術が一番大事な経営資源です。どの分野だったら我々の経営資源を最も生かすことができ、競争力のある商品を出せるのか。社内はもちろん、外部の市場の状況も分析し、どの方向に行くべきか構想を立てます。その実施計画を社員に説明したうえで、リーダーである自分が真っ先に飛び出す。そうすれば、部下はついてきます。ついてこない社員がいたら、力ずくでも引っ張っていく。そこがリーダーシップです。

最も必要なことは、何が組織にとってのプライオリティ(優先順位)かをハッキリさせることです。我々の場合、全利益の3分の2を稼いでいた写真フィルム事業が2000年にピークを迎え、そこからデジタルカメラの普及が急速に進んでフィルムカメラが激減。会社にとってのコア事業が崩れ始めたわけです。このような環境変化を迎え、どうやって会社を生き延びさせるか。生き延びるとは我々にとって生まれ変わること。会社を再生することです。一流企業として存在し続けるには何をすべきなのか。これこそが、当時の富士フィルムにとってのプライオリティでした。

厳しい経済環境の中、経営努力をしていかないと、会社の経営を安定した成長軌道に乗せることはできません。

一流の人材は育てようとしても育てられるものではありません。自分で伸びてもらうしかない。仕組みとしてできることは、仕事のパフォーマンスに対する評価をきっちりフィードバックすることだと思います。

外国に技術が流失しないように気を付けることは大切です。それ以上に、技術面のポテンシャルやノウハウを自社の競争力に変えていかなければなりません。

経営とは、最後は数字です。自分たちが生き延びていくためには競争力のない事業を減らして、埋め合わせられる部分をつくりだす。そんなソロバン勘定が必要になってきます。僕も必死に考えました。

社長就任後、2年ほどかけて技術部門のトップ数人と技術の棚卸しをやりました。当社が持っている技術のうち競争力のあるシーズ(種)は何か、それをどんな市場や商品に応用すべきなのかを洗い出しました。その中から医薬や化粧品といった考えが生まれました。

社長業は生半可な気持ちの人は引き受けない方がいい。これは人生最後の通信簿になる、全うできなければ私の人生にペケがつくくらいの覚悟がなければ、会社は生き延びないんです。

ナンバーツーの後ろには大将が控えています。ナンバーツーの仕事が竹刀による剣道なら、経営トップは真剣による斬り合いです。でも最終的な責任者が負ければ、会社もろとも決定的なダメージを受けます。だから大将、すなわちCEO(最高経営責任者)の役割は絶対に負けないようにすることなんです。

誰だって、改革は嫌ですよ。企業の場合リストラしたり、長年付き合った取引先を切ったりしなければならないことだってあるでしょう。でも会社が潰れたら、元も子もない。そのためにダイナミックに改革しなきゃいけない。この改革のダイナミズムを理解、実感できるかどうかでリーダーの良し悪しが決まります。

社長の任期に関してとくに不文律があるというわけではなく、結果として長くなっただけです。ただ、長期的な展望に立てて、目の前の利益より研究開発への投資を優先できたというメリットはあります。
【覚書き|富士フィルムが創業以来78年間で7人しか社長がいないことについて語った言葉】

本当はコア商品を持っていた方が強いのです。トヨタ自動車が良い例です。何かひとつでも大きな売り上げを確保して世界的な強さを持てるなら、それがいい。うちも、写真というコア商品を維持できれば、その方が絶対よかったのです。多様性はひとつの保険なんです。当社はいろいろやらなければならなかったというだけです。

私は入社当時、経営企画部に配属されました。その部署では写真技術をほかの産業用途に適用できないかを調べるのが仕事でした。うちは当時(1960年代)から多角化の可能性を探っていたのです。
【覚書き|2000年代に多角化に成功したベースについて語った言葉】

日本企業にはホワイトカラーが多すぎるように思います。SGA(販売費及び一般管理費の売上に対する比率)が米国企業と比べて5~10ポイント高い。つまり間接スタッフが多いということですね。彼らの生産性を高めるか、あるいは人を減らすしかないのです。

経営者の力だけでは転換はできません。笛を吹いても、付いてくる社員が踊らなかったら意味がない。踊らない社員を動かすのも経営者の仕事で、相当なパワーが必要。

医薬品というのは大変なんです。たまにホームランが出るけど、その間がなかなか耐えきれない。特に中小メーカーにとって厳しい。だけど、富士フィルムの場合は、ホームランが出るまで他の事業で支えられる。これは、有利に働くと思いますよ。

経営者のところには、完全な情報は上がってこない。とっさに得られた限られた情報を基に、全体を読んで最適な手を打たないといけない。とにかくスピードが大事。

その人のパフォーマンスはその人物の総和によってあらわされる。トータルの力を磨くことが必要。

勝負の舞台から降りることは自由だが、降りたところで競争がなくなるわけではない。国や会社、チームや組織、そして自分自身や愛する家族、友人を守るために、戦わなければならない場面は確実に訪れる。そのときに尻尾を巻いて逃げ出すのか。

教育現場には悪しき平等主義がはびこっている。皆で仲良くというぬるま湯の世界は真の優しさではない。子供達から競争を排除して、いずれ訪れる世界との熾烈な競争で勝ち残っていけるとでも思っているのか。

勉強やスポーツが苦手でも、笑わせることが得意であれば人気者になれるかもしれない。ケンカが弱くても歌や絵が上手であれば、別の世界で勝負できるかもしれない。何が得意かは、競争があって初めて見える。「自分探し」という腑抜けた言葉が広がっているのは、競争や戦いが身の回りにないからだ。

私が入社した1963年、米イーストマン・コダックは仰ぎ見る存在だった。売上高は17倍、カラーフィルムや印刷製版フィルムもコダックの方が性能は上。感光材料の主原料となるゼラチンや銀を取るために、牧場や銀鉱山を持っていたほどで、こんな会社に勝てるのかと正直思った。だが、富士フィルムは諦めずに技術を磨き続けた。最終的にコダックを追い抜いたと思ったのは、76年に「ISO感度400」という高感度カラーネガフィルムを発売した時である。コダックを上回る技術力を手にできたのは、生き延びるための激烈な競争の結果だ。

人類がここまで進歩したのは、競争の存在が大きいと考えている。競争で優勝劣敗が決まり、栄枯盛衰が決する。厳しい生存競争という自然界の原理原則――。それゆえに人類は知恵を絞り、創意工夫を巡らせ、向上・発展に努めてきた。それは企業も同じだ。

経営者が短期間で成果を上げるのは株主に対する責任です。同時に会社は存続させていかなければならない。収益の拡大と持続性という2つを両天秤にかけながらバランスを考える。これこそが「賢い経営」ではないでしょうか。

中国の歴史書には、悪人がいっぱい登場します。リアリストなんですよね。中国の歴史書で、人間の心理を学びました。あの権謀術数、外交、政治、駆け引き、商売、やはり大変なものですよ。

私ぐらいの年齢になりますと、もう新たに取り入れるのではなくて、学んだことをいかに結果に結び付けていくか、出していくか。あるいは人に対して影響を与えていくかということだと思うんですよ。
【覚え書き|70代後半のときの発言】

会社の期待に応えたい、取引先の要望に応えたい。そう心底思えるかどうかが重要だ。その気持ちさえあれば、つらい状況にも、厳しい時間的な制約にも耐えることができる。

結局、ニーチェが言わんとすることは、人間というのは本来、個々に強く、賢く正しく、気高く、自由に生きるべき存在なんだ、と。羊みたいに群れるんじゃない。あるいは宗教を信じて「神のしもべであります」なんて生きるんじゃない。あなたはしもべじゃない、と言っているんです。「どうしてもっと自由に生きないんだ」と。もちろん、自分勝手にやれということではなく、正しくなければいけません。

机に向かう勉強は受験を突破するためにやるのであって、やはり本当に大事なことは、人間としての基礎となる力を養うこと。そのためにはいい本を読まなきゃ駄目。

男性の場合、闘志を維持するには筋肉が大事。私は、週に一回、日曜日にジムに行って汗を流して、重いものを担ぎ上げたりしているんです。「マッスル・インテリジェンス」ですよ。「おい、どうする、やるのか?」と問いかけたら、筋肉が「やるんだ、打ち破ってみせる」と答える。頭だけではなくて、頭と筋肉が一体になって決断する。私は、格闘技もしていましたから。

社長として、会社を正しい進路へと導かなければいけません。でも、知恵だけで解決できるものではありません。強い意志、それからリーダーシップ、極めて大きな責任を背負わなければいけないという覚悟も必要。

読書というのはもう極めて人間にとって大事なことだと思っております。知識を身につけられるということもありますが、本を読むことで優れた人、あるいは優れた生き方、優れたサクセスストーリー、いろいろなものに触れられます。

企業は商品・サービスで他社と比し、差別化されたものをつくりださないといけない。ビデオテープの経験からイノベーションの必要性を痛烈に感じた。ビデオテープは様々なメーカーが入り乱れ、2時間録画できるテープで5千円弱だった価格が短期間に数百円にまで下落した。それぞれのメーカーには「うちの商品は他社より秀でている」という矜持があっただろう。だが、残念ながら細かな性能の違いまでは消費者に伝わらなかった。毎週のように売上高ランキングが入れ替わり、どの会社も採算が苦しく苦境に陥った。まさに勝者なき泥沼の戦いだった。

「世の中の人々が求めていること、困っていることは何か」を常に問い、考え、解決するための手段を提供していく。そのために、知恵や技術など企業が持つ総力を結集し、真の社会ニーズを捉えた製品・サービスを創出し続けていかなければならない。企業に求められているのは雇用を生み出し、税金を納めることだけではない、と肝に銘じたい。

かつてCSR(企業の社会的責任)といえば、環境に配慮した製品をつくったり、法令遵守を徹底したりと言うことが主流であった。いわば、社会からの要請が先にあり、それに企業側が対応するという受け身のものであった。我々はもっと能動的に社会課題を解決していくことにより、人々の生活の質をさらの向上させ、「持続可能な社会の発展」に貢献していくことを企業の理念としている。

優秀な上級マネジャーは時に部下を厳しく指導する。部下を成長させることは会社の成長につながると分かっているからだ。本当に部下のことを考えているからこその行動で、どうでもよかったら優しいだけの上司になる。

若手の頃には活躍していた社員が40代後半~50代前半で上級マネジャーになると成長が止まることは多い。その最大の問題は、若い頃に上級マネジャーになることを想定して訓練してなかった点にある。そして真剣勝負の場数を踏んでいないため、的確な状況判断が難しく、かつ思い切った決断を下せないのだ。

富士フイルムでは30~40代の若い社員を、東南アジアのようにこれから発展する海外の現地法人トップとして派遣している。小さい組織ながらも、社長になると何もかも自分の責任でやらなければならない。売り上げ達成から事業のコントロール、マネジメントに至るまで自分で考えて決断を下す。当然ながら、決断には責任が伴う。彼らは少しの間で見違えるようにたくましく成長する。

コニカミノルタが写真事業から撤退を発表した日、富士フイルムは「写真事業を継続し、さらなる写真文化の発展をサポートする」と宣言した。投資家からは銀塩写真の市場が激減している中で、なぜやめないのかと言われ続けた。しかし、企業はそろばん勘定だけで存在しているわけではない。我々は写真を人間にとって極めて重要な文化だと考えている。その写真文化を守ることは、富士フイルムの社会的使命である。

人間をはじめ生物は皆、何らかの争いや競争をしながら生き延び、生き続け成長している。生きることは戦うことだと言ってもいい。その戦いには勝ち、生き続けなければならない。少なくとも負けてはいけない。しかし人間は知性や倫理、優れた価値観を持つ、ほかの生物とは違った特別な存在であり、誇りや尊厳をかけたふさわしい戦い方が要求されている。暴力や嘘、トリックではなく、国家や企業は自身が持つ正しい価値をもとにオープン(開かれた)、フェア(公正)、クリア(透明)に正しい手段で戦うことが要求されている。

古森重隆の経歴・略歴

古森重隆、こもり・しげたか。日本の経営者。富士フイルムホールディングス会長。長崎県出身。東京大学経済学部卒業後、富士写真フイルムに入社。取締役営業第二本部長、デュッセルドルフ支店長、ヨーロッパ支社長、常務などを経て社長・会長。デジタルカメラの普及に対応し、創業以来のメイン事業である写真フィルムから抜本的転換を行った。液晶素材、医療事業などに進出し、写真フィルム需要低迷で売上を落としていた同社をV字回復させ過去最高益を達成。そのほか、日本放送協会(NHK)経営委員会委員長なども務めた。

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