南原竜樹の名言

南原竜樹のプロフィール

南原竜樹、なんばら・たつき。日本の経営者。「LUFTホールディングス」社長。岡山県出身、愛知県育ち。愛知工業大学在学中に高級外車並行輸入販売で企業。大学を中退し「オートトレーディングルフトジャパン(のちのLUFTホールディングス)」を設立。テレビ番組「マネーの虎」に出演。英国MGローバーの経営破綻のあおりを受け、倒産の危機に瀕するも復活。飲食店、ジム、出版、レンタカー、医療派遣など様々な事業を手がけた。

南原竜樹の名言 一覧

僕がゴルフでタイガーウッズの10倍練習しても追いつかないが、ゴルフではない土俵に勝負を持っていけばいいだけの話。ビジネスなんて一番いい加減な種目だから。

今でも、基本的に金には関心がない。儲かろうと思って事業を始めたこともない。すべて楽しいから、面白そうだからやってきたまでです。

自分を甘やかしていたら、能力は落ちていくだけ。ストレスをかければ、いくつになっても成長できる。サラリーマンでも自営業でも、生き残れるのはそういう人だと思いますよ。

ストレスのない状態は危険。人間というのはストレスをかければかけるほど、成長できるんです。これは心や体に悪影響のあるものではなく、いい意味での負荷です。

事業はゲームに例えるとカーリング。ストーンを投げた後、ほうきで方向を変えるように軌道修正できます。でも、投げないと始まらない。

当たり前のことを当たり前にやれば、商売は勝てる。

結局、時流をどうつかまえて、世の中に出ていくしかない。

浮き沈みの激しい人生のほうが楽しいよ。

きちんとしたトレンドがあるところに入って、経営の本質的な部分をしっかり押さえているだけです。
【覚え書き|商売の秘訣について質問されたときの返答】

残存率が重要。つぶれた旅館は出ても、その客はいなくなるわけではない。別の旅館に行きます。生き残っていれば必ず確かな儲けが得られるのです。

社員が成長しなければ、会社も成長しない。進歩しなくなった社員というのは、会社にとってお荷物になりかねない。

部屋の電気をこまめに消して節約しても年間たかだか数千円でしょう。それよりも僕ならば、所得を伸ばすことを考えます。

僕が思うに、お金は不足がなければそれでいい。何かやりたいことがあって、そのためにお金が不足しているなら、その分を稼げばいいんです。

日本という国はお金を貸してくれるところもたくさんあるし、起業するリスクは思ったほどありません。失敗したとしても、サラリーマンに戻るのはそれほど難しくないでしょうし、ぜひチャレンジしてほしい。

名古屋は狭いから、夜逃げしてもすぐに分かっちゃうんです。名古屋の車屋さんはみんな僕の実家まで知っていますからね(笑)。昔からの人間関係があって堅いので、いい加減なことができないんです。

お金を掛けるべきところに掛けてしっかりと積み上げた結果、豪華な雰囲気をつくり上げているので、人気が出て当たり前なんです。かたや、ウチのオフィスは事務所の机は貰いものだし、自分の洋服代も年間2万円くらい。商売にならないことには、びた一文使いません。

現場をしっかり見れば問題が見えてくる。旅館の再生をやった時は自分で配膳の手伝いもしたし、風呂洗いもしました。風呂桶に穴が開いていたので取り換えるように従業員に指示すると、「檜の風呂を取り換えると1千万円は掛かる」と言う。でも、知り合いの業者に尋ねたら「80万円でできる」と(笑)。そういうことも、自分で風呂桶を洗っているからよく分かるんです。

講演会などで「今後10年間で売り上げが倍になるビジネスは何か」と尋ねるとみんな分からないんですが、答えは「棺桶」。高齢化社会で関連ビジネスの需要が増えるのは確実で、僕らがメディカルケアの事業をやっているのも、そのトレンドをつかんでいるから。人は棺桶に入る前には病院のお世話になるので、病院相手の仕事をさせていただいているわけです。

敗戦処理にメチャクチャ疲れたので、求人情報誌に載っていたバスの運転手の募集に電話したこともあります。でも、年齢を聞かれて45歳と言ったら、35歳までだから駄目だと。当時、45歳からでも大丈夫なのはタクシーの運転手と夜間警備くらい。就職しようと思ったらできなかったから、商売で稼ぐしかなかったんです。

大事なのは情報と知識。例えば成功した例では、1995年にメキシコでペソが大暴落した時に、古いフォルクスワーゲンビートルを4千台ほど輸入しました。北米自由貿易協定が結ばれたので、ペソが値下がりするチャンスを虎視眈々と狙っていたら、一気に暴落しました。中古で100万円ほどだったビートルが半値くらいになったんです。それを大量に購入して、日本に輸入して売ったら爆発的に売れた。そういうことを常に考えていると、一般の人が他人事と考えるニュースも、ビジネスチャンスとして生かせます。

事業はタイミングが重要。自動車の並行輸入を始めた当時はベンツやBMWがバンバン売れていて、そういうときにドンと仕入れて販売するルートを開拓したから成功しました。肉体改造のパーソナルトレーニングジムも、広まったのはタイミングよく始められたから。

DNAは使い方次第。自分のDNAに合った戦略がとれるかどうかだ。商売はスポーツとは違って、決められたルールに沿って実行しなくてはならないものではない。だから自分のDNAに合った商売のやり方は必ずある。フォローの風の中でボールを打つようにすればいい。

僕が起業した頃は事業を始めようと思ったら、まず電話番の事務員を雇わなければなりませんでした。FAXも一台200万円もした。その時代に比べたら今はめちゃくちゃ起業しやすい環境です。ネットと携帯電話があれば、すぐにでもビジネスが始められますし、創業資金融資制度もある。稼ぐ方法はいろいろあるんですよ。

会社のお金はビジネスを大きくしていくために、使えるだけ使う。最近も10億円ほど調達しましたが、それは必要なお金なんです。その代わりオフィスの調度類はダダでもらってきた中古品ですが、「節約」ではなく適切に配分しているだけ。動かせるお金をどこにどう使うかということが大事なんですね。

毎日すごく頭を使ってお金のやり繰りをして、月末には何度も胃が縮む思いをする。そんな時期を切り抜けたことで精神力が鍛えられましたね。石炭が熱と圧力をかけられてダイヤモンドになるように、短い期間だけれどギューッと圧縮されるような心のありようを経験したことで、物事に動じなくなりました。

運動経験はあるがトレーナーとしての経験はない、いわば素人を雇いました。彼らは本場のトレーナーのように、業界の妙な固定概念に縛られていないので、指示通りのことをやってくれた。ちょっとした常識を変えてパッケージ化したのが、僕の開発した事業モデルです。

ストレスは悪いことじゃない。例えば、会計事務所で働いている知り合いの女性は、仕事が多くてすごいストレスだと言っていたけど、その忙しいおかげで、おそらく彼女はわずかな間に事務処理能力がものすごく上がっている。それで彼女は引く手あまたになって、いろいろなところから声がかかるようになった。ストレスを与えられて強くなれるのは、人間だけだと思う。

経営者にとってのお金には、個人のお金と会社のお金があります。僕は個人のお金には興味がない。部屋が余るような豪邸に住むのは無駄だと思うし、ダイヤモンドが欲しい、フェラーリが欲しいという贅沢にも興味がない。仕事で料亭や高級フレンチを使うこともあるけれど、自分一人で行く気はありません。それは以前もそうだし、今もそうです。

今のご時世、企業の中で仕事のスキルがきちんと評価される時代だから、仕事ができる人は今よりも給料が高い会社に転職すればいい。自分で事業を始めてもいいですね。僕の知り合いに、副業で観賞用のエビを増やしてネットで販売している商社マンがいます。年収2000万円ぐらいもらっている人ですが、副業のエビの売り上げが年収を超えたそうです。

再起なんて絶対無理だというのが大方の見方でした。なかには、処分できるものをさっさと現金化して、海外にトンズラしてしまえばいいと言う人もいましたよ。僕自身、倒産や自己破産も考えましたが、結果的にはきちんと借金を返済して再起を図るという道を選びました。今考えると、根拠のない過剰な自信に満ちあふれていたとしか思えませんが、再起のためには銀行の債務から逃げ出すわけにはいかなかったのです。

(フィットネス事業は)最初、マンションの一室でできるようなビジネスモデルにしたのですが、最終的には大きなスペースでやるモデルに変更しました。これは独立を防ぐためです。たとえば寿司屋の有名店では、大将が場を離れた隙に、お客が目の前で握っている職人に「俺と一緒に寿司屋をやらないか」と声をかけることがよくあるそうです。マンションモデルは、300~400万円でできるモデルだったので寿司屋のような感じで実際に独立されたことも何度かありました。お客もトレーナーも紐付いているので、そのままついて行ってしまいます。「これはダメだな」と思い、7000万円くらいかかる事業モデルに作り替えたというわけです。

フィットネス事業を始めたきっかけは、トイレで自分の腹が垂れているのを見て「これはマズいな」と思ったことでした。昔は特に運動してなかったので、体脂肪率も23%ありました。そこで、それなりにお金をかけていくつかのジムに通ってみたのですが、なかなか成果が出ない。どうしたら効果的なトレーニングができるのか徹底的に研究するようになり、関連の本を読み漁ったり、色々な方に話を聞きました。そうしたらどんどん面白くなって、自分の体でトライアンドエラーを繰り返したのです。徹底的にやり込んだときには、体脂肪率6%台までいきました。そうやってトレーニングを続けるうちに「これを事業にしたら面白いんじゃないか」と思うようになり、事業として立ち上げました。

私はほかの旅館とは違い、金、土、日、の3日間だけの営業にした。毎日、お客を呼ぼうとするから無理が出る。風呂や客室の管理もおろそかになる。週3日だけにして、そのほかの休みの日には、部屋や庭の掃除やら建物の補修を徹底して、準備に没頭した。旅館業界は右肩下がりだが、こうして営業の在り方そのものを変えれば儲かります。

【覚え書き|旅館再生ビジネスの秘訣について】

人間は生まれつきDNAに能力が刻み込まれていて、その通りの人生になりますよ。足の速い子は、中学でも高校に行っても速い。頭のいい奴は、東大に行く。その子に逆転して勝つのは容易ではない。いや、万が一にしか逆転は起こらない。エジソンは、成功は99%の努力と1%のひらめき(才能)といったが、1%の才能が重要なんです。これがなければ成功はしません。世の中はそういう風にできています。だから、商売、ビジネスではその人のDNAに合った戦略が必要です。

45歳のときに、大きな取引先だったMGローバーが経営破綻して、売り上げがゼロになってしまいました。「まさか」という感じだったんだけど、どうしようもなくなって、263人の従業員を全員解雇。サラリーマンになることも考えたけれど、踏ん張りました。ただ、お金もないし銀行も貸してくれない。元手がなければ頭を使うしかない。不動産の仲介でも人材紹介でも何でも必死にやって、何とか再起を図ることができたんですよ。

仕事をするときは110%の力でやる。70%の力で仕事を続けていると、能力は下がっていってしまうけれど、10%でも自分に負荷をかければ成長することができる。昔は会社や上司がストレスをかけていたけれど、いまそれをやったらパワハラ問題になるので、なにも言ってくれない。気づいたときにはお払い箱になっている。だからこそ、自分でストレスをかけないと、成長することはできない。

知り合いの若い女性で、猛烈に忙しい会社に入った人がいます。毎日、すごい量の仕事を必死にこなしていたら、たった3年でその会社で一番ぐらいの事務処理能力が身についた。9~5時の勤務だとして、5時までに終わらないからと翌日に持ち越しちゃダメ。なんとしても5時までに終わらせようと頑張ることで、成長できるんです。彼女はその会社でも引く手あまただし、転職するとしても会社を選び放題でしょう。

南原竜樹の経歴・略歴

南原竜樹、なんばら・たつき。日本の経営者。「LUFTホールディングス」社長。岡山県出身、愛知県育ち。愛知工業大学在学中に高級外車並行輸入販売で企業。大学を中退し「オートトレーディングルフトジャパン(のちのLUFTホールディングス)」を設立。テレビ番組「マネーの虎」に出演。英国MGローバーの経営破綻のあおりを受け、倒産の危機に瀕するも復活。飲食店、ジム、出版、レンタカー、医療派遣など様々な事業を手がけた。

ページの先頭へ