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南佳孝の名言

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南佳孝のプロフィール

南佳孝、みなみ・よしたか。日本のミュージシャン、作曲家。東京都出身。明治学院大学卒業。中学時代にバンド活動を開始。アルバム『摩天楼のヒロイン』でデビュー。他のアーティストへの楽曲提供や映画・CM音楽作曲などでも活躍しヒット曲を生み出した。

南佳孝の名言 一覧

自分の曲は聴かないんだよね、僕。自分のラジオ番組でも選曲家が僕の曲を随分流してくれるんだけど、「ん? こんな曲もあったかな」って感じでさ。新たに創り出す方が方がもう大好きなんだ。


実は、この2曲(「モンロー・ウォーク」「スローなブギにしてくれ」)とも15分くらいでできたんだ。だからヒット曲というのは意外とパンとできちゃうものでね。不思議だよね。


ネットの世界はすごく綺麗な話と炎上するような話の両極端しか出てこない。ウィキペディアを見て分かったような気になり、考えてることがみんな一緒になっちゃうのも怖いよね。


実は僕もこの2~3年、ちょっと萎えていたんだ。けど去年、書こうと思って書きだしたら、また出始めて。不思議なもんだよね。テニスのフェデラーもあれだけの人なのに「勝ちたい気持ちがまた増してきている」んだって。すげえな、このおっちゃんと。諦めたらそこで終わりなわけだから。


ふっと浮かぶこともあるし、「いい曲作ろう」と思って早朝からピアノに向かって作ることもある。42年間って、結局その「いい曲を作りたい」という気持ちの歴史だと思うね。その時その時で時代のキーワードがあって、アルバムの色合いは変わる。でも「いい曲作りたい」という点では全部一緒なんだよね。


音楽も今、予定調和で「どっかで聴いた音だな」ばっかり。売れ線で作ってるというか、音楽「ビジネス」になってるんだよね。でも本当はそうじゃなくて、例えば高校生の頃、友達の家でああでもない、こうでもないって1日中ギター弾いて過ごせたじゃない。そういうものだよ、音楽って。今はパソコンで打ち込みすれば1人でバンドでも何でもできるし、僕もそれに凝ったこともあるけど、それより4人くらいで集まって「せーの」で演奏した方が、よほど気持ちいい。いまは音楽も人とのコミュニケーションも、バーチャルだけだと「ちょっと違うんじゃない?」って思うね。


こないだ友達の家にスマホを置き忘れて、それで親父の墓参りに行って途中で気付いたんだけど、すごく新鮮でね。ネットもスケジュール管理もなしで、芥川龍之介の短編の『蜜柑』のように電車の中の人を眺めたりして。「ん? このゆとりある感じは、俺が好きなボーッと考えたり空想したりの原点なんじゃないか」と思っちゃってさ。だから「スマホを持たない日」を決めるとか、「毎正時にチェックする、後は消しとく」程度でもいいんじゃない。


あれは、楽譜を欲しいという人がいたの。だったら、覚えて歌ってもらった方が僕としては嬉しいから「あげる」ということでね。

【覚え書き|楽譜や音源を公式サイトで公開していることについて】


昔、業界の偉い人に「君の曲は難しいんだよ」と言われて、簡単にしようと思ったけど、できないんだ。色々考えて作った曲も、もっとフックが欲しいと思って一度寝かせて後で聴くと、「ポリッシュすればもっとよくなるな」。その繰り返しでね。「ここのコードはこれかな、それともこっちかな」というのは曲全体から見れば細かい話なんだけど、魂はそういう細部に宿っちゃうものだから。ビートルズの初期の曲でも、あのオーギュメントのコードでみんな「何これ?」ってハートを掴まれたわけだしね。


(デビューアルバムは)売れなかったけど作曲は好きだったんで、当時は「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。曲さえ書いていれば何とかなるさ」と思ってた。というのは、当時も今もメロディだけは「出せ」と言われれば、すぐ出せるから。当時同じ事務所だったユーミンが手一杯で他の女性歌手の曲を作れない時、「南くんやってくれる?」と言われて受けたら「締切は明日」。それですぐに1曲作ったりとか、そんなこともあったよ。


南佳孝の経歴・略歴

南佳孝、みなみ・よしたか。日本のミュージシャン、作曲家。東京都出身。明治学院大学卒業。中学時代にバンド活動を開始。アルバム『摩天楼のヒロイン』でデビュー。他のアーティストへの楽曲提供や映画・CM音楽作曲などでも活躍しヒット曲を生み出した。

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