名言DB

9490 人 / 112001 名言

千玄室(15代目)の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

千玄室(15代目)のプロフィール

千玄室、せん・げんしつ。「茶道裏千家」家元・大宗匠。京都府出身。太平洋戦争時に学徒出陣し特攻隊員として出撃する前に終戦。同志社大学法経学部経済学科卒業、ハワイ大学修学。裏千家家元、宝塚造形芸術大学大学院教授、日本・国連ユネスコ親善大使、日本会議代表委員、日本国際連合協会会長、日本馬術連盟会長、日本青年会議所会頭などを務めた。

千玄室(15代目)の名言 一覧

争いごとがないようにみんなが助け合って、お互いの幸せを見つけていく。これが茶道の本来の道。


リーダーシップは、ただ言葉にして示せばいいというものではありません。相手に「思い」を伝えることが大事なのです。


人間というものは、ちょっと放っておくと、すぐに埃が溜まる。埃とは、怒り、嫉妬、傲慢、憂い……。知らない間にポケットに埃が溜まるように、心が汚れていく。だから、自分を省みる必要がある。


茶道がなぜ500年も続いてきたか。それは、世の中の役に立つものだったからでしょうね。役に立たなければ、とっくの昔に消え去っていると思います。


仏門や神道に身を置く人は、一般の人よりも「なるようにしかならない」という悟りの境地に入っていけるでしょう。でも、一般の方々は、「なるようにしかならない」ではいけない。「なるようにしよう」という努力がないといけません。そうでなかったら、自分の道なんてひらけませんよ。


「お茶の世界とは、どういうものか」と聞かれることがよくありますが、私はいつも「道」だとお答えしています。お茶はセレモニーではなく、修行という意味においては「道」、「way」なのです。だから「茶道」と言うのです。


息子に代を譲りましたが、私から息子にああしろ、こうしろということは一切言いません。言うべきではないのです。企業でもそうでしょう。自分が努力してつくり上げた会社であっても、息子に跡を譲ったら、信じて任せる。未練たっぷりではいけない。人を育てるためには、たとえ難しくても、そうするべきです。


私たちは千利休以来、茶道という大きな文化を背負い、現代までやってきました。代々の裏千家の担い手たちは、それぞれの時代において、その時代に必要な茶の湯、茶道というものを通じ、人々に安寧の心や和敬の気持ちを伝えてきたわけです。


人間というのは、欲深いものです。「一切皆苦(いっさいかいく)」。欲があるから、生まれた時から死ぬまで苦しむのです。かといって、欲が全くなくなってしまっても、人間は枯れてしまう。枯れ木になってはいけません。ちょっと花を咲かせるくらいが、ちょうどいいのです。一般の人間が、悟りの境地になんてなかなか辿り着けるものではありません。


昨今、「おもてなし」という言葉が流行していますが、おもてなしとは本来、人間の哲学であり、思いやりの心です。外国人を引きつけるための売り文句や看板にしてはいけません。お湯を沸かし、心を込めてお茶を淹れ、「まあ一服してくださいな」と声をかける。これが本当のおもてなしです。そこには「何流」なんてものはありません。自分流でいいのです。


茶の道で一番大切な教えは、「和敬清寂(わけいせいじゃく)。千利休が掲げた精神です。「和」は、皆で和し合うこと。英語で言えば「peace and harmony(平和と調和)」。「敬」は、敬い合うこと。肩書きのある人だけを敬うのではなく、人間すべてを敬うことを指します。そして「清」は、清らかな気持ちを持つこと。「寂」は、寂然不動の心構え、何事にも動じない気持ちを持つことを意味しています。茶の道とは、これらの心を涵養(かんよう)することなのです。「和敬清寂」の精神があれば、広い心で物事をとらえ、相手の立場になって仕え合えるようになります。仕事でいえば、売り手と買い手、経営者と従業員が互いの立場を理解し合うようになる。正しい仕事の道というのは、そこからひらけてくるのではないでしょうか。


日本人の場合は、茶道文化が手近なところにありすぎて、そのよさに気づいていない。しかし外国人の場合は、身近にありません。私たちが差し上げる一服のお茶が、まさに一期一会なのです。ですから、「この人が持っている茶の心を少しでも感じたい」という気持ちでのぞまれます。もちろん、私も同じ気持ちでのぞみ、茶の心を外国の方々に伝えようと努めてきました。


終戦後、復員と同時に、私はある奇妙な光景を目にすることになります。うちの茶室に、進駐軍の将校たちが、次から次へとやってくるのです。これは一体どういうわけだと聞いてみると、軍の司令部から「日本を知るためには、伝統文化を知らなくてはならない。だから休みの日は、将校はできるだけ寺社や茶道の家を訪ね、文化に触れよ」との命令が出ているというのです。当時、私は23歳の血気盛んな若者です。軍人として2年間、過酷な状況で戦ってきましたから、敵だった進駐軍の将校たちを見て、何度も「あのやろう!」と思いました。でも、ある日、ふと茶室をのぞいてみると、進駐軍の将校たちが慣れない姿勢で正座をし、みんなで並んでお茶を飲んでいる様子を目にしました。その時、私は「あ! これだ!」と確信したのです。確かに、日本は武力では負けた。しかし、まだ文化の力があるではないか。日本人は決して戦いを好む人種ではない。平和を好む人間なのだ。それを知らしめるためには、「茶の文化」だ。そんな気持ちが私を奮い立たせました。


茶道の家に生まれ育ち、見るもの間くものすべてがお茶中心の世界であった私は、子供の頃から「自分がこの家を継ぐのだろうな」と思っていました。反面、私の中には「どうして僕が千家を継がないといけないのだ」という気持ちが芽生えてきました。特に中学生時代は、私にも反抗期というものが訪れましたから。ですが、学年が進むにつれ、友達はそれぞれの道を求めて歩み始めます。そのような中、私もまた、「自分で茶の道を選び、道をひらいていこう」と考えるようになりました。


千玄室(15代目)の経歴・略歴

千玄室、せん・げんしつ。「茶道裏千家」家元・大宗匠。京都府出身。太平洋戦争時に学徒出陣し特攻隊員として出撃する前に終戦。同志社大学法経学部経済学科卒業、ハワイ大学修学。裏千家家元、宝塚造形芸術大学大学院教授、日本・国連ユネスコ親善大使、日本会議代表委員、日本国際連合協会会長、日本馬術連盟会長、日本青年会議所会頭などを務めた。

他の記事も読んでみる

坂東眞理子

女性の優れたリーダーを見ていると、男性のリーダーとはずいぶん違うと感じます。男性のリーダーというのは、やはり自分が負けたくないし、勝とうとして競争する意識が強い。それに対して女性のリーダーは、どちらかというとみんなで協力したり、ネットワークを広げることで目標を達成しようとします。もちろん個人差はあるものの、これからは男性リーダーにも、そんな女性的なやり方が期待されるように思います。


飯田亮

「一念巌も貫く」といいますが、私がこれまでやってこれたのは「何が何でもやりぬく」という意志とともに、父から送られた言葉「初心不忘」が大きなエネルギーを私に与えてくれたからに他ならないと思っています。この言葉は、今でも私の机近くの壁に掲げられ、父の戒めとして私を見守っているのです。


森正文(経営者)

利益率は会社を経営するうえで一番重視している数字です。


鈴木喬(経営者)

社内を動かすには、まず自分自身が「絶対に売れる」と思い込むほかありません。毎日のように「売れる、売れる、売れる」と唱えて、自己暗示を掛けました。ですが、完全に暗示に掛かっていたわけではありません。冷静に状況を分析している「もう一人の自分」を残しておかないと、会社を倒産させるような大失敗を犯しかねませんから。


坂本孝

「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」は材料費に費用がかかるため1人あたりの利益は少ないのですが、店舗を立ち飲みにすることによって回転が早くなります。したがって、普通1回転する時間で4回転すれば、単純に他の店舗より4倍お客様が入る。そうすると、1人あたりの利益は4分の1でいいことになります。したがって、このビジネスモデルはお客様が満足することはもちろん、利益をしっかりと得られる仕組みになっているのです。


安田佳生

モチベーションを高く維持できるかできないかは、ひとつはその人の性格でしょう。たとえば、新入社員を20人採用して、1人だけみんなと違う仕事をやらせたとします。そのとき、「私は特別な仕事をもらえた。ラッキー!」と思って頑張れる人と、「なぜ私だけがこの仕事なのか」と不安に感じる人がいます。これはもう、本人の性格の差です。


岡田斗司夫

企画をつくるとき話す相手は、発想が面白い人や、頭がよくて自分の言いたいことをすぐに理解してくれるような人は、むしろやめた方がいいでしょう。僕のやっている仕事がまったくわからない人にわかるように説明しているうちに、自分の口から意外な言葉が出てきて企画のきっかけになったり、解決のヒントが見つかったりするのです。


諸富祥彦

人間が幸福や成功を実現するために一番大事な力は、無我夢中になれるかどうか。


養老孟司

先行き不透明な時代を生きていくには、人間というものを理解しておくことが大切です。たとえ急に社会が変わっても、人間の本質は変わらないのですから。


深田純子

入社してまず驚いたのが、社長である父だけが会議で延々と怒鳴っていたり、1円の値下げ交渉に至るまで口を出していた姿でした。会社とはシステマチックに動いているものと信じていたので、父のワンマン経営ぶりを異常だと思ったのを強烈に覚えています。


岡崎宜史

かつての『ドラえホン(ドラえもん型PHS)』のようなものはどうかと思います。かといって、大人向けの端末を子供が使うのはいいことなのだろうか、という疑問を抱きました。ならば、子供向けにフォーカスした携帯電話があってもいいのではないか、と考えました。


松下正幸

一般に、人の話をよく聞くことは非常に大切なことと言われていますし、幸之助は聞き上手と言われることも多くありました。確かに聞き上手といえば聞き上手でしたが、私はちょっと別のとらえ方をしています。幸之助は聞き上手だったのではなくて、聞くことに人一倍の好奇心を持っていた、また、学びたいという意欲が人よりもはるかに大きくあったと思っているのです。幸之助みずからが言っていますように、自身は体系的な学問を学校で習うことはありませんでした。したがって会う人会う人、どんな人でも自分より知識が豊富に違いない、その人の知識をできる限り吸収したい、そういう好奇心にあふれていました。