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北沢利文の名言

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北沢利文のプロフィール

北沢利文、きたざわ・としふみ。日本の経営者。「東京海上日動火災保険」社長。長野県出身。東京大学経済学部卒業後、東京海上火災保険(のちの東京海上日動火災保険)に入社。個人商品業務部部長、東京海上日動あんしん生命保険常務・専務・社長、東京海上日動火災保険副社長などを経て社長に就任。

北沢利文の名言 一覧

座右の銘は「至誠天に通ず」です。私も、これまで仕事を通じて、いろいろ難しい局面もありましたが、真実が一番強いと感じています。


従来のやり方を続けるだけで大きく成長するのは困難。


正しいことを、軸をぶれさせず誠実に伝えれば、あらゆることが実現する。


公論を尽くして相手に伝えれば、必ず相手に伝わる。


私たちのグループ全体にコアバリュー、絶対譲れない価値は何かというと、お客様の「いざ」をしっかりお守りすること。


お互いに学び合って、教え合って、励まし合って、誉め合って、そして成長しよう。会社は競争し合うのではなく、成長し合う場所だ。


変にその場しのぎの判断や行動をとってしまうと、後で考えると回り道になっている。


これから拡大する恐ろしいリスクとしてはサイバー攻撃があります。さらに自然災害。水害や暴風により致命的なダメージを受ける可能性もありますので、保険をかけたいというニーズが高まってくると見ています。大企業だけでなく中小企業にも需要開拓の余地が十分あると見ています。


どんなに健康な人であっても、ストレスの高い社会で生きています。将来のことは神様だけが決めることですし、完全に分かることは難しいんじゃないですかね。将来AIによって病気の予測ができても、不測の事態は起こると思います。人間ですから。


大事な事は逃げないこと。たとえば、あんしん生命時代は社長でしたから、様々なことが起こります。お客様がお怒りになることがあるかもしれません。私どもの不手際があるかもしれません。会社としてお詫びしなければならないことがあります。そうした時に、私が最前線に出てお詫びをした結果、いろいろなことが解決しましたし、結果的に相手との信頼関係が強まることもありました。


生損保一体のサービスを追求することで、多様化しているお客様の保険ニーズに柔軟に対応できます。保険会社の売りたい商品だけを売り込む時代は終わりました。


国内の人口減少に伴い、保険市場も縮小すると言われて久しいですが、私はそうは思いません。新しい技術やビジネスが普及すれば、新しいリスクも見つかり、それをカバーする新しい保険の需要が生まれるからです。


当社も2008年ころから事務作業のシステム化を強力に進めました。ここ2年ほどでオフィス業務は2割ほど削減できています。その結果、かなりの社員を事務系のデスクワークから、直接人と接する仕事に転換することが可能になりました。それによって、当社の保険を扱う代理店の支援を担当する女性社員は、08年度に120人でしたが、16年度には1739人まで増えています。全国に約5万店ある販売代理店でも、機械化を進めます。保険契約に関わる作業は、「この部分は紙に記入」「ここには、はんこが必要」など煩雑な作業が必要でした。今では、加入者がタブレットにその場で電子サインをして申し込めば、後は機械がチェックしてくれますから間違いがない。こういったペーパーレスの作業をどんどん増やして効率化を進めています。


保険会社は従来、事故があった時に保険金を払うものでした。今でもそれが一番大事なんですが、我々は様々なデータと経験を持っています。病気になったり交通事故に遭ったりする前にアドバイスをする。「ロスプリベンション(事前予防)」というサービスを強化しています。これもお客様から求められているんですね。事故が起こって保険金をもらうだけではなく、やっぱり事故がないようにしてほしい。あるいは、何か事故が起こったら再建できるように支援してほしいというニーズがあります。予防から再発防止までお手伝いするといった一連の仕事が広がってくると思います。


確かに損保業界の先行きが暗いと思っている方はいるかもしれませんね。しかし、私はそう思うていません。むしろ市場を伸ばせる余地は非常に大きいと見ています。リスク対応が必要とされる領域に対し、保険はほんの一部にしか供給されていない。保険の普及はこれからなんです。例えば地震保険でさえ、全世帯の3割しか加入していません。従来型の保険を底上げするとともに、様々な社会変化に対応した商品を作れば、まだ市場は伸びます。


北沢利文の経歴・略歴

北沢利文、きたざわ・としふみ。日本の経営者。「東京海上日動火災保険」社長。長野県出身。東京大学経済学部卒業後、東京海上火災保険(のちの東京海上日動火災保険)に入社。個人商品業務部部長、東京海上日動あんしん生命保険常務・専務・社長、東京海上日動火災保険副社長などを経て社長に就任。

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