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北川正恭の名言

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北川正恭のプロフィール

北川正恭、きたがわ・まさやす。日本の政治家、学者。三重県知事、衆議院議員。三重県鈴鹿出身。早稲田大学第一商学部卒業後、三重県議会議員選挙に出馬し当選。県議会議員を3期務めたのち、衆議院議員に立候補し4期務める。その後、三重県知事を2期務めた。そのほか、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、富士通社外取締役、テレビのコメンテーターなどを務めた。主な著書に『中部は一つ輝ける伊勢湾時代』『改革一直線 政治生活二十年の歩み』『生活者起点の行政革命』『マニフェスト革命 自立した地方政府をつくるために』『マニフェスト進化論 地域から始まる第二の民権運動』など。

北川正恭の名言 一覧

思い込みと戦うことが、私の知事としての仕事でした。ひとつひとつの取り組みによって、「そういうものだ」と思い込んでいた県庁の精神構造を変えたんです。


時代を覆う閉塞感を打破して新時代を創造するために場面転換を図ることは、トップリーダーの重要な役割。


権力の座を去った者が復権するには、新しく権力の座を目指す時より大きなエネルギーがいる。


精神論も大切だけれども、働く環境が世の中の流れを大きく変えるということです。たとえば決まった座席、シチュエーションでオフィスが固定していたら、空気も固定されます。だからフリーアドレスが必要なんです。それによって課長や係長という肩書きのイメージではなく、今何が大切かという本物の議論に集中できます。


まずは三重県東京事務所を変えることにしました。なぜなら、県の予算を必ず使う場所であり、幹部が必ず見ています。ですから、東京事務所が変わったら本庁舎を変えやすいだろうというのが私の作戦でした。


風やチャンスというものは乗るものではない。自分でつくるもの。私は常々、そう思っています。そしてその風やチャンスを呼び込む力になるのは、日々の行動を支える大きな目標に他ならないと思うのです。


自分の経験だけでものを考えると、どうしても視野が狭くなります。本を通じて自分以上に努力している人から学んだり、身近な人たちの経験を聞かせてもらったりすることは、大きな励みになりました。


三重県の県議会議員になった当初から、「いずれは国政に出たい」と思っていました。そして、県議の活動に力を尽くす一方、井の中の蛙になってはいけないと、東京や海外で行われる勉強会にも積極的に参加しました。


三重県県議会議員のとき、「いずれは国政に出たい」という大きな目標はあっても、現実には県政さえ動かすことはできません。そのジレンマに、自分は政治家に向いていないのではと悩むこともありました。そんなとき助けになったのは、本を読むことと人に会うことです。


県会議員として二期から三期目にかけてのころ、衆議院議員に立候補したいと考えました。県議選は約1万票を獲得する戦いですが、衆院選ならその10倍の得票が必要です。規模が違えば、選挙のやり方も負担もまったく違います。当時の私はまだ準備不足で、その場では出馬を断念せざるを得ませんでした。しかし、私が衆院選に意欲を持っていることをマスコミが報じたため予期せぬPRとなり、私は候補者として有権者に認知されることになりました。


フリーアドレスにすると、まずは従来はデスクが島型に並んでいて、課長がここで係長がここにいると決まっていましたが、それがなくなります。これは3、4年かけて徐々に進めていきましたが、部長室をなくす時には議論が起きました。そこで私は納得がいくまで徹底的に、無制限で対話をしました。職員の中にはもちろん抵抗もありましたが、変えることに喜びを感じ始めていました。


私の改革ではヒトとカネに加えて、モノの改革にこだわりました。たとえば、机の下に1つずつ、ゴミ箱が置いてあります。「それが必要だろうか?」という話がありました。みんな当然「要る」といいますが、徹底的に議論をさせたら、結論が「要らない」になりました。それは働き方を変えたことでゴミが8割減り、個人はそれぞれ小さなゴミ袋で処理をして、1週間くらい溜まったものをまとめて処理をするという形にしました。撤去したゴミ箱は県庁の入口の花のプランターに変わりました。まさにパラダイムシフトが起きたわけです。「やればできる」という気づきの連鎖につながっていきました。モノからの改革を始めたのですが、これが三重県庁で変化を起こす一つのきっかけになりました。


北川正恭の経歴・略歴

北川正恭、きたがわ・まさやす。日本の政治家、学者。三重県知事、衆議院議員。三重県鈴鹿出身。早稲田大学第一商学部卒業後、三重県議会議員選挙に出馬し当選。県議会議員を3期務めたのち、衆議院議員に立候補し4期務める。その後、三重県知事を2期務めた。そのほか、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、富士通社外取締役、テレビのコメンテーターなどを務めた。主な著書に『中部は一つ輝ける伊勢湾時代』『改革一直線 政治生活二十年の歩み』『生活者起点の行政革命』『マニフェスト革命 自立した地方政府をつくるために』『マニフェスト進化論 地域から始まる第二の民権運動』など。

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