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北島康介の名言

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北島康介のプロフィール

北島康介、きたじま・こうすけ。日本の競泳選手。東京出身。5歳から水泳を開始。高校3年でシドニー五輪に出場し100m平泳ぎ4位入賞。アテネ五輪・北京五輪でそれぞれ100m・200m平泳ぎ金メダルを獲得。

北島康介の名言 一覧

理想は簡単に言えるけど、難しいことだらけです。でも結果が見えないからこそトライすることに、僕は面白みを感じます。面白いから頑張れるんだとも思うし、根っからの勝負師なのかもしれません(笑)。経営者としてもプレーヤーであり続けたいんです。


水泳もビジネスも正解は1つじゃない。失敗には学ぶことがたくさんあるし、修正や改善につながります。実際に事業を進めると、それまで認識していなかった顧客ニーズも見えてきました。


僕は人に恵まれました。泳いでいる自分を応援してくれる人は多かったですが、ありがたいことに、引退してからの僕を「応援したい」と言ってくださる方も多かったんです。金メダリストになれた理由も、勝った時に喜んでくれる人以上に、負けた時に一緒に悔しがってくれる人がたくさんいたからだと思っています。応援してくれる人が多いアスリートほど、結果を出している気がします。


夢や目標を見つけたいなら、自分の好きなことを見つけてみましょう。好きなことの延長線上に夢があるから。


試合は計画性を持って選択し、一度決めたら、徹底的に準備します。何本もレールを引くと、逃げ道になるので、1つのレールを選び、そこに様々な課題を乗せるようにしています。


僕は水泳が嫌になったことはありません。好きなことをやるからこそ、つらくても乗り越えられる。強い思いや情熱がありますから。


調子が悪いときは、そのときにできることをすべてします。諦めずに、最後まであえぐ。そして、良いときと悪いときの変化や状態を忘れないようにし、必ず後で生かすようにします。悪いときこそ学べることは多いですから。


不安がなかったわけではありません。でも、そこはなるようにしかならないと開き直って、やれることをすべてやろうと思いました。良くも悪くも前さえ向いていれば、何か1つでもできることが見つかるかもしれない。


僕だけじゃ無理。同じ目標に向かって、一緒に喜んで、泣いてくれる仲間が応援してくれるからこそ、頑張れるんです。勝った時の喜びは何十倍にも膨れ上がるし、僕を動かす原動力なんですよ。


勝つとか負けるとかにこだわりはないです。自分の泳ぎを完成させるということしか考えてない。


圧勝するのはつまんないじゃないですか。


どんな敵が来ようとも、自分の結果を残せばいいんじゃないですかね。


僕は音楽で集中力を高められません。自分のモチベーションは自分でしか高められないと思っています。


なかなか結果が出ないときは、体や頭に刺激を入れて色々な変化をつけます。悪いイメージを引きずらず、良いイメージを想像する。僕の場合、結果がすべてだから必死です。


食へのストレスを感じないように、食事制限はしていません。好きなものを好きなだけ食べる。睡眠はトレーニングの一部だと考え、たくさん寝るようにしています。


水泳と自分との関係を徹底的に見つめ直しました。水泳に関わっていく。その原点は揺るがなかった。でも、トップで戦うには、「何となく始める」ではダメなんです。


「自分で答えを出して、それを練習に取り込め」とデーブ(サロ)に言われました。だから、ビデオで分析しながら予測を立てて、自分が考える通りに泳いでいます。日本だと受け身になりがちだけど、人から指摘される前に、自分で答えを見つけていく。その過程も面白い。


コツコツ粘り強く努力を続けるのは得意なんですよ。現役時代はそれだけしかやってこなかったので(笑)。プールの底を見ながら1m、1m前に進むことの積み重ねで100分の1秒を締めてきた経験は代え難いです。でも、ビジネスでは底だけを見続けても駄目。様々な視野を持って、自分で考えて行動することが大事なのだとも思います。


稼ぐことと同じぐらい、水泳の活性化につながる事業から得られるやりがいも大切に、慎重にコツコツと積み上げ、現状や時期を見て大胆にチャレンジする。そんなバランスが重要だと思います。


僕も平井(伯昌)コーチも金メダルを獲った経験がない中で、二人三脚で何が成功か分からない状況からチャレンジしてきました。道を模索する過程でトレーナーなど様々な専門家の方にチームの一員としてサポートしてもらい、トライ&エラーを繰り返しました。


現役中に起業して良かったと思います。現役だからこそ注目してもらえたし、より多くのサポートも得られたと思います。自分をマネジメントすることは、自分で考えて能動的に動く、つまり「自立」に通じる。経営にも競技にも好影響を与えたと思います。


普段から自分がガッツポーズしている場面や喜んでいる姿とかをイメージしています。


最近、五輪三連覇っていう言葉が気になってきたんです。男子の水泳ではまだ誰も達成していない。それを目指せる立場にあるんだから頑張ってみたい。だって、誰もやったことないって言われると、それだけでやりたくなっちゃいません?


コーチやトレーナーにアドバイスをもらいながらトレーニングしています。様々な観点から分析することも忘れないようにしています。何よりも、歩む道を自分で考えて達成することが楽しい。つまり、練習に変化や新鮮さがあるので、楽しいんです。行き詰まったら、何か変化をつけるのもいいのではないでしょうか。


様々な人から得られるものを吸収して進化したい。アプローチを考えるうえで、多くの人の意見を聞くことを大切にしています。信頼している人でも頼りすぎると、ほかの声が聞こえなくなる。固定観念にとらわれるのは、自分をマネジメントするうえで最も怖いことだと思うんです。


純粋に試合に出たいと思った自分の気持ちが、昨シーズンの最大のモチベーションでしたね。それに、クラブチームの新たな仲間も僕を刺激しました。国籍がバラバラだから考え方は違うし、皆意識が高い。そんな仲間との交流で、自分がどれだけ水泳が好きなのかも再確認できたんです。


「逆算方式」でスケジュールを立てられるのは土台があるから。10か月のブランクを経て、タイムをどこまで伸ばせるかが予測しづらかった。昨年に限っては、小さな試合を積み重ねて、調子を取り戻すことにしました。自分のやり方で調子をつかむ方法を検証できたのは、何よりの収穫でした。


競技だけでなく、「水泳を普及させたい」という思いも僕の考えだから、自分でマネジメントしたいと思ったんです。子供たちには水泳教室を通じて、泳ぐことの楽しさや、夢を持つことの素晴らしさを伝えたい。


今の僕に足りないのは、「切り替える力」。自分のパフォーマンスだけを考えればよかった現役時代とは異なり、今は経営者としてあらゆる事業に対し、素早く頭を切り替えてアイデアを出して決断していかなければいけない。この力を鍛えて、もっと水泳界が面白くなるような、今までになかったビジネスを生み出していきたいと思っています。


自分で考えること、応援されることなどの大切さは、中学2年生の時から指導を受けてきた平井(伯昌)コーチから多くを学びました。泳ぎの技術に加え、挨拶や感謝などを通じて周りの人たちを大切にすること、失敗を他人や環境のせいにしないこと、自分で責任を持ってやり抜くことなど、人間的成長を重視した教育を受けてきたんです。競技者としてだけでなく、引退後の人生も見据えた指導でした。現役中も引退後も応援してもらえるのは、そのおかげです。


アスリートの場合、引退後を「セカンドキャリア」と呼びますが、その概念が僕にはあまりピンとこないんです。そもそも人生に区切りってあるのかなと。切り離して考えるから、難しく見えて前に進みにくいんじゃないかなとも思う。僕はただ、活動の場が水から陸に変わっただけで、水泳を通じて得た多くの人とのつながりや経験は何も変わっていないし、その財産は今も生きています。


水泳は子供から90歳以上の老人もできる生涯スポーツなので、年配の方には健康増進、女性にはダイエット、ビジネスマンには仕事に負けない体を作るなど、様々な切り口で提案できると思う。暇さえあれば、「東京マラソンにあれだけ人が集まるのはなぜだろう?」などと考えています。


2020年の東京五輪はスポーツ産業にお金が集まり、ビジネスチャンスであることはきちんと理解しています。ただそれだけを意識して大きな変革をしようとは思いません。まずは、毎年きちんと利益を出し、お客様から信頼していただき、今携わる事業の土台をしっかり固めていきたい。あくまでも目標は、子供からお年寄りまで楽しめる生涯スポーツの水泳を長きにわたって愛してもらえる、そんな事業を様々な形で提供し続けることです。


最初は、経営やマネジメントについて何も分かりません。手探りでしたが、起業する前に所属していたマネジメント会社でお世話になった人たちなどが、共同代表やスタッフとなってサポートしてくれたのは大きかった。同級生などの仲間たちも、「人が作った道ではない道を切り開いていきたい」という僕の考えに賛同してくれて、毎年少しずつですがスタッフは増えています。


誰もが応援したくなる選手ほど、大事な局面で結果を出している。様々な人の支えがあるからこそ、人は強くなれるんだと思います。そのためには、皆から愛されて尊敬される選手じゃないといけないと思う。僕が言うのはとてもおかしいんだけどね(笑)。でも、一匹狼は必ずどこかで行き詰まる。それは確信を持って言えます。だから僕はどんな時も人のせいにしたくない。「自分はこれだけ我慢してきたから結果を出せて当然」と思う人こそ、人のせいにしがちです。


「水泳の練習ほどつまらないものはない」というのが、デーブ(サロ)の持論。だから、飽きさせないバラエティー豊かな練習メニューを用意してくれます。でも、何に驚いたかって、彼は練習メニューを選手に渡さないこと。1つの練習が終わると、口頭で次のメニューを伝えるんです。不安に思う? いや、僕は面白いと思った。日本なら事前に練習メニューを渡されるので、ここは力を入れる、抜くなど、自分で勝手に調整してしまう。でも、次に何が出てくるか分からない中で、デーブは全力で泳ぐことを求めるんです。おかげで集中して練習に取り組めたし、力が抜けないからタフになった。こんな練習は初めてだから、新鮮な気持ちで泳げています。


辛い思いをしてまで水泳を再開したくなかったんです。辛いとは練習ではなく、「北島康介はこうでなくてはいけない」というような周囲の声が耳に入ること。それだけでストレスになる。僕は僕だし、水泳が好きで始めたから、やりたいようにやりたかった。そのためには、良くても悪くても自分の結果として受け止められる、そんな人間になりたいと思っています。悪い結果を冷静に受け入れられれば、次への課題やアイデアに変えられる。その能力は競技だけでなく、人間を強くする。それだけでも、ここ(カリフォルニア)で始める価値はあると思いました。


アメリカ人はどういう練習をしているのか、ただ興味本位で、南カリフォルニア大学の社会人クラブチームの練習を見学しました。アメリカ、スイス、チュニジアなど、国籍も競技レベルも異なる20人ほどの選手が、同じ練習メニューを黙々とこなす。そして、「ベスト記録を出す」「米国代表を目指す」「五輪で2冠を達成する」などレベルは違うけど、皆明確な目標を持っていた。泳ぐなら、まず小さなステップからスタートしたかったし、ここならブランクがある自分でも、気負いなく泳げるかもしれないと、気持ちが動きました。


水泳一色だった今までの自分をリセットしたかったんです。競泳の世界にいると視野が限られて、物事を自己中心に捉えてしまう。環境を変えれば今まで見えていなかったものが見えるかもしれない。自分の状態や考えを把握し、何に向かってどうすべきか。人生の節目に、じっくり考えたかった。でも、日本では何をしても注目され、ストレスを感じてしまう。とにかくストレスフリーな環境が必要でした。場所はどこでもよかった。

【覚え書き|単身でロサンゼルスに渡ったことについて】


競技人生も終盤に差しかかり、何歳まで水泳でご飯を食べていけるんだろうと、より強く考えるようになりました。北京五輪後にいったん水泳から離れて単身米ロサンゼルスに渡り、引退か現役続行かも含め、これからの人生をどう歩んでいくかをじっくり考えていたんです。そんな中、米カリフォルニア大学の社会人クラブチームの練習に参加するうちに泳ぐことがまた楽しくなって、地元のレースにも参加するようになりました。同時に、今までとは違うやり方で水泳を続けたくなり、自分で自分をマネジメントしたいという思いが大きくなっていった。自身のマネジメント会社を立ち上げたのは、ストレスを感じず楽しく競技に専念できる環境を自分で作りたかったからなんです。起業して経営やマネジメントを勉強することで、引退後も成長できる場を作っておきたいとの考えもありました。


北島康介の経歴・略歴

北島康介、きたじま・こうすけ。日本の競泳選手。東京出身。5歳から水泳を開始。高校3年でシドニー五輪に出場し100m平泳ぎ4位入賞。アテネ五輪・北京五輪でそれぞれ100m・200m平泳ぎ金メダルを獲得。