北尾吉孝の名言

北尾吉孝のプロフィール

北尾吉孝、きたお・よしたか。日本の経営者。SBIホールディングスCEO。兵庫県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、野村証券に入社。その後、ケンブリッジ大学に留学。野村証券海外投資顧問室、第二事業法人部次長、ワッサースタイン・ペレラ社常務(ロンドン)、野村企業情報取締役、野村証券事業法人三部長を経たのち、ソフトバンクに移り常務に就任。ソフトバンク・インベストメント(のちのSBIホールディングス)社長となった。

北尾吉孝の名言 一覧

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経営者は日々、一歩間違えば会社の屋台骨を揺るがすような判断を迫られます。そんなときに一番やってはいけないのは、軸がブレてしまうこと。


何でも相談するように持ちかける。すると相手は主体的にものを考えるようになる。


事業は一人ではできないのだから、人間的魅力で人を惹きつけ、その人たちと志念を共有化していくことが大切。だからこそ、志が経営者にとって非常に重要。


たくさんの出会いが勝因をもたらす。いろいろな人との出会いを大切にしないといけない。特に良縁を繋ぎとめるには、自分が良いものを持っていないと、いい人とは出会うことができない。


大切なのは、利益を得る際に本当に正しいかを考えること。つまり義と利をわきまえること。そこさえ間違えなければ、胸を張って堂々と稼げばいい。



一番大切なのはやはり志に尽きる。理想を掲げ、何とかして成し遂げようとする意志を持つべき。


基本概念は「世のため人のため」。顧客中心主義を貫けない企業はいずれ滅んでいく。


努力を尽くした後の最後の最後には、運に身を任せることも必要。最後は、任運・任天。


あれが駄目、これが駄目だというのは簡単ですが、それでは成長の芽を摘んでしまう可能性がある。


ただ厳しいだけでは人は付いてきません。組織を大きくする上でも、愛情を持って人と接することは大事。


人は土壇場でこそ真の力を発揮する。


「目は口程にものを言う」という故事があるように、その人の目を見ていれば色々なことが分かってくる。



やる前から「危ない」、「リスクが高い」などという議論をしている暇はない。


欲の無い人間はいませんが、一方でそれを律しなければなりません。


人間は生まれた時には無垢な気持ちを持っていますが、その綺麗な心もいつの間にか曇ってしまう。それをいかにして磨いていくかが大切。


熱意というものは確実に伝わって行きますし、その熱意があれば次第に人は感化されて行くものです。


自らがやってみせねば熱意など人には伝わりませんし、その人が本当に熱意を持っているということにもなりません。


最終的に決裁するのは人です。特に経営者やリーダーは決裁するためにいると言っても過言ではありません。


私が「人」にこだわるのは、物事のイノベーションは人の行いだと考えるからです。まさに人材こそ差別化を生み出す源泉といえます。


戦略とは経営者自身の自問自答の結果生まれてくるものです。戦略に納得がいくかどうか、そしてそれを証明する根拠があるかどうかと自問自答を繰り返すことで、より大きな戦略になります。


戦略を打ち立てる場合、用意周到に進めながら、タイミングをしっかりと考えなければなりません。つまり、「天の時」を得ることが大切です。


リーダーに一番大切なのは一言で言えば情熱です。情熱を持っていなくては始まりません。


事業というのは一人ではできません。自分の周りの自分よりも優秀な人、あるいはそれぞれの分野で優れた人が集って初めて事業になるわけです。


小さな志なしに、大きな志は持てません。自分を律する気持ち、それから人の何倍もの努力が必要です。単に大きな志を持っているだけでは、夢想家になってしまいます。


小成に安んずることなく、やりかけたら男子一生。夢や志を持ちながら、中途半端に満足していたら、私の人生は終えきれません。


結局、事業の基は徳です。徳のない事業は成長しないと思います。「世のため、人のため」。これが成長する秘訣でしょう。


才能はそんなに大きな差はなく、努力をするかしないかの方がよほど重要です。


人に「人徳」があるように、会社には「社徳」があると思います。会社の「社徳」には上から下まで徳性の高い、よく磨かれた人が必要です。


「野心」ではなく「志」を持っていることが、経営者に一番求められるんではないでしょうか。


営業はASP、つまり「アナリシス(分析)」「ストラテジー(戦略)」「プラクティス(実行)」が肝要です。


ひとつの欲求から派生するあらゆるニーズをワンストップで提供できたら、お客さんは他に行く必要がない。


オープンイノベーションとAPIの開放がキーワード。イノベーションが1つの企業によって行われる時代は終わった。ソフトウエアの機能も共有するのです。


インターネット時代の競争で重要なのは仕組みの差別化、私どもの例で言えば組織的優位性にある。


重要な決断をする際は、何を基準にすればいいのだろう。それは、自分の良心だ。


苦境に立たされても動じず、むしろそれを好機ととらえられるようになったら、そのときはもう何が起ころうとビクビクすることばない。


志ばかりを高らかにうたい、利益を求めることを二の次にしたら、ビジネスはうまくいかない。


まともな動機とやり方できちんと儲けて、その金を私利私欲ではなく、他人や社会のために使えばいい。そうすれば、それは巡り巡って最後には自分に返ってくる。


どこの国でも人間性の基本は変わりません。髪の色や肌の色が違っても、交渉するうえで一番大切なことは誠実さです。小手先のテクニックは、誠実さには絶対におよびません。


SBIグループが急成長できたのは、時流に乗ること、そしてCS(顧客満足)を高めることを徹底してきたからです。


自己進化できない企業は、いかなる大企業であっても30年で滅びます。


企業を持続的に成長させていくには、時間の経過とともに伸びていく業態を選択しなければダメです。


自己否定をできず、成功体験にあぐらをかいていると、自社を取り巻く状況が変化したときに必ずやられてしまいます。


時代が変われば環境が変わります。ビジネスは時代の潮流に乗らなければなりません。同じことを続けるのではなく、変化することも必要です。


今も昔も人間はそんなに変わっていません。このことを知ると、新たなビジネスのヒントになります。


知識は、それだけでは何にもなりません。学んだことをどう活かすかを考える。活かし方がわかって初めて意味を持つのです。


時代が変われば、非常識が常識に、不可能が可能に変わることがあります。時代に合わせて、柔軟に考えることが必要です。


人に「人徳」があるように、会社には「社徳」がある。会社は強いだけではいけません。強くて尊敬される会社にしなければいけない。


「志」は「士」に「心」と書きますね。「士」のうちの「十」は一般大衆を表し、「一」は、彼らを率いる指導者を表す。方向性を与え、責任を担うのがリーダー。


人をいかに育てていくかが、イノベーションが起こるか起こらないかを決定します。


「忙しい」という漢字は、「心を亡(な)くす」と書きます。心を亡くしてはいい仕事はできませんから、心に落ち着きと静けさを持つことが非常に大切。



長時間集中力を持続させることは不可能であり、「急急だらり急だらり」の「だらり」も必要。


私自身、思い立ったらすぐ行動するタイプなので、できるだけ身軽でいたいと思っています。ですから持ち物は最小限にしています。


習慣とはその人の「第二の天性」であり、人間を構成する四要素として徳性・技能・知性と並び非常に大切なもの。


何を実現するにも最後は行動力が必要。どんなに優れた企画があっても、それを実現するために行動力がなければすべては絵に描いた餅でしかない。


どんな事業にもリスクがあるのは当たり前。大事なことはどうすればそれを会社の経営に支障をきたさない範囲にとどめることができるかということ。


経営者や社員が意思決定をする上での指針を決めることが重要です。それがないと軸足を失い、判断がブレます。


わが社にはおよそ100の子会社があり、ややこしい意思決定ほど私のもとに来ます。でも私は、これまでの意思決定にほとんど間違いはないと自負しています。常に「信・義・仁」に基づいて判断しているからです。「信」とは社会からの信頼を失わないか、「義」とは社会正義に則っているか、「仁」とは他者を思いやっているか、を指します。


私は才(能力や才能)よりも徳(良識や見識)を重視します。企業が徳を高めるには、全役職員が徳を高めること、つまり高い倫理的価値観を持つことが必要だと思います。一見、組織は「才人」が引っ張ったほうがよいように思いますが、才能だけで良識・見識のない者がトップに立つと、組織は崩壊します。


経営者には、運も必要です。運とは博打のようですが、私は、努力次第で高めることができるものだと信じています。必要なのは、自分ができることを一心不乱に続けることです。私もみずからの天命を全うすべく、がんばり続けます。


人を率いる立場である以上、人とのご縁は大切にせねばなりません。本当のご縁とは、相手がどんな立場になっても続くものだと思います。


どんなに素晴らしいビジネスモデルであっても、経営者が私利私欲にまみれていたら失敗します。当社の投資の成功確率が高い理由は、私が一人一人の経営者と面談し、志ある経営者の企業にしか投資していないからではないでしょうか。


企業に投資をする際、私はその企業の後継者や右腕といった「二番手」の存在を重視します。事業の永続性を担保したいという意向もありますが、本当に確認したいのは、「二番手」になれるような人が惹きつけられるほどの志と人間的魅力がその企業の経営者にあるのか、という点です。


私は企業価値を、「顧客価値」「株主価値」「人材価値」の総和だと考えています。「顧客価値」とは企業が提供する財・サービスに対して顧客が支払うキャッシュフロー、「株主価値」は時価総額あるいは将来受け取りが予想されるフリーキャッシュフロー(純現金収支)の現在価値、「人材価値」とは競争力の源泉である差別化をもたらす主因、と言えます。このモデルでは、顧客によい商品を提供すれば利益が生まれ、その利益は株主価値を高めると同時に人材投資に回ります。そうして得られたよき人材がさらに良い製品を生み出せば、価値が循環しながら増殖するのです。これまでは、数値化しやすいこともあって、「株主価値」を企業価値ととらえていましたが、少し狭い概念だと思います。


インターネット時代に入り、人と会話せずに商品を買えるようになりました。そんな人と人とのふれ合いがなくなりつつある時代だからこそ、企業は「仁」の思想を持ち、社会的な存在であるという原点に立ち返るべきだと思っています。「仁」とは、「にんべん」に「二」、つまり二人の人間が意思疎通を図るうちに、「恕」という働きが起こり、わが心の如く、相手のことを考える、思いやりの気持ちを意味します。


自分の能力を自分で限定し自らの限界を自ら規定しないためにも、夢は出来るだけ大きく持ち続けるということが大事だと思います。


一つの目的を達成した時に、満足感を得「良かった、良かった」で終わりにしたり燃え尽きたりするのでなく、世のため人のためという大志を有して夢を膨らませ夢を抱き続けねばならない。


夫が家庭のお金を管理すれば、夫婦間の会話も増えます。電気製品が故障したので買い替えるとか、子供の学費がどれだけいるとか、家計の面から自然と会話ができます。


我が家ではずっと、僕が嫁さんにお小遣いをあげています(笑)。渡した範囲で賄ってもらいます。足らなくなったらいつでも言ってきなさいという世界を作り上げました。だから家内は今でも僕がナンボもらって、いくら使っているか、まったく知らず、興味もありません。


(ケンブリッジ大学留学時)はじめは英語がしゃべれない。だから、英国人の学生を誘って、食べながら会話の勉強をしたわけです。とてもいい勉強になりました。家庭教師代と思えば食事代ぐらい安いものです。そのうえ友達もでき、英国人を知ることにも役立ちました。こういうときにケチらない。これも自分に対する先行投資です。生きたお金の使い方が大事だということです。


株式市場には先行性があります。経済の回復を見越して早めに動きます。いち早い決断のためには、そのことも忘れてはなりません。


飲みに行ったとき、部下に払わせたり割り勘にしたことは一度もないし、個人的に行くのだから経費では落としません。いまでも会社の交際費は、ものすごく厳しくしていて、僕自身ほとんど使いません。したがって部下も使いません。会社の決算後の打ち上げや、新入社員を10人ぐらいずつ連れての飲食のときなども、僕が払います。


服を買うのもサラリーマンには大切な投資でしょう。無理をしてもスーツは5着は持って毎日変えた方がいい。僕はそうしてきました。その方が長持ちもします。ぶら下がり(既製のスーツ)は着ません。いつも仕立ててもらいます。いいモノを買って長く大切に使います。


不動産の市況は株式市況に比べると、1年遅れます。ピークは株のピークの一年後にきます。経済をマクロでずっと観察していれば、そういうことがわかってきます。近年でも不動産価格がガタッと落ちた時期に、最低だと判断したタイミングでマンションを複数買いました。とくに、僕がカラーエリアと呼ぶ、白金、赤坂、銀座など、地名に色が付く地域です。まさに上昇に転ずる前で、その後に全部売却しましたが、大幅に利売りでした。


独身だったので借金でもしないと、給料はみな飲み代に消えるだけ。ローン返済は自分にとっての強制貯金だとも考えました。
【覚書き|北品川の3LDKマンションを自宅用に購入したことを振り返っての発言。経済動向への読みが当たり、同物件はその後、2.5倍以上の価格で売却できた】


成長企業を見極めるポイントは、パーキャピタルです。つまり従業員一人あたりの利益の絶対額です。重電やコンピュータの日立製作所や、富士通、NECなどの製造業はこの数値が下がっています。一方、誕生後あっという間に時価総額十傑入りしたグーグルは、その額が非常に高い。


株式投資の場合、ファンダメンタルズのいい会社、つまり企業として基本的な収益力を備えた会社を選ぶことです。それが長期投資を可能にします。株価が下がっても焦って売る必要がないからです。「辛抱万人力」という言葉がありますが、ファンダメンタルズのいい会社なら、しばらく辛抱して相場全体の回復を待てばいいのです。


お金のこと、資産運用に関して熱心に勉強して正しい知識を身につけることは、決していやしいことではありません。それどころか、生きていくうえで非常に大切だということです。


私自身は、個人的に投資で儲けようと思えばいくらでも可能でしょう。相場観は比較的いいからです。野村証券ニューヨーク支店勤務時代、アメリカで日本企業の株を売り込む仕事をしていましたが、私が毎朝各リポートは機関投資家やポートフォリオマネジャーに「よく当たる」と高く評価されたものでした。しかし、私は基本的に、お金は自分の身につくものしか身につかないと考えています。だから、私利私欲で必要以上に大金を儲けようとあくせくする気はありません。


大金はハングリー精神を失わせ、私利私欲は志を曇らせます。諸葛亮孔明の遺言にあるように、「澹泊(たんぱく、淡泊)にあらざれば、もって志を明らかにするなく……」です。


お金は人を狂わせます。持ったら持ったで、さらに欲が出る。次に、失いたくないという気持ちが強まり、次第に人間を変えてしまいます。そういう例を、いくつも目の当たりにしてきました。ストックオプション、株式の新規公開でいちどに大きな利益を得た人が、その後、他人に対して傲慢な態度をとってしまうのを見て、「お金って怖いなあ」と感じたことが何度もありました。


私はお金に対しては非常に淡泊であることを基本姿勢にしてきました。これまで一度たりとも自分の報酬、金銭的待遇を巡って自分の側から交渉したり、人と争ったことはありません。「死生命あり。富貴天にあり」と論語にあるように、金持ちになるかどうか、偉くなるかどうか否かは天の配剤だと割り切っているからです。


「死地に陥れてしかる後に生き、これを亡地においてしかる後に存す」は十八史略にある言葉ですが、自分を絶体絶命の状況に追いやり、そこに生き延びてこそ強い自分ができるという考え方です。艱難辛苦こそが自分を鍛え、磨き、成長させるチャンスだと感謝しています。


私は若いときから、あえて自らを艱難辛苦(かんなんしんく)の中に置くようにしてきました。たとえば野村証券時代、「業績を上げたから、次はどこでも君の好きなところに行かせてやる」と言われた私は、当時、海外支店の花形だったロンドンではなく、業績不振のニューヨークを選びました。そこで自分を鍛えるのが一番実力を身に付けることになるだろうと考えたからです。


人は様々な原因で落ち込みます。しかし、そういうときに「これは自分への試練だ。天が与えてくれた試練だ。これを克服してこそ、より強い自分になれる。そういうチャンスなんだ」と考えればどうでしょう。こう考えればストレスなど溜まりません。


ストレスを抱える人が多いといわれる時代ですが、ストレスが生じる理由のひとつに、高望みしすぎるということがあるのではないでしょうか。バラ色のストーリーを描きすぎるということです。ものごとは9割方うまくいかないものだと考えればいいのです。うまくいかなくて当たり前だと思えばこそ知恵も出ます。A案が駄目ならB案、C案でと用意する。A案だけ考えて、うまくいくはずだと思うから、駄目だったときに打ちひしがれてしまうのです。


論語には「死生命あり、富貴天にあり」とあります。生きるか死ぬかは、これまさに天命。金持ちになるか貴くなるか、これもまた天の配剤だという意味です。このように、天の配剤だと解釈すれば気が楽になります。私も最近では、仕事がうまくいかなかったとき、「これは天命だろう。お前は修養が足りないから天が苦難をわざわざ与えてくれているんだ。ありがたい」と思えるようになりました。投げやりとは違います。準備計画、やるべきことは十分にやったうえで、その先は天に任せるということです。


彼女にフラれて自殺まで考える若者もいますが、そんなときも「自分に合わない相手だったから天が引き離してくれたんだ。もっと素晴らしい人を与えてくれるに違いない」と思えばいいのです。


自分に起きたことはみな天の配剤だと思って受け入れる。これは私の考え方の基本にあるものです。だからクヨクヨ悩んだりもしません。たとえば、ある会社を買収しようとして上手くいかなかった場合、「ああよかった。これはきっと天が買収しない方がいいからと、そう仕向けたんだ。買収したら何か問題が起こったに違いない。そんなことに資金を使わずに済んでよかった」と考えます。


人を動かすには率先垂範が必要。そして褒めることも大事です。私は部下が仕事で失敗したときも、なるべく勇気を与えるような叱り方を心がけています。たとえば「お前ほどのやつが(なぜこんな失敗を)」という言い方をします。上司も言葉を選ばなければなりません。


部下に対する言い方、接し方にも法があります。「部下が言うことを聞いてくれない」と、イライラしている人もいるでしょう。多くの場合、相手に変化を求めがちですが、実は変わるべきは自分のほうなのかもしれません。論語には「その身正しければ令(命令)せざれども行わる。その身正しからざれば令すといえども従わず」とあります。率先垂範、みんなの先に立ち身を修め、口先だけでなく実践し後ろ姿で導く。それが上に立つ者の基本条件だということです。


父が頻繁に引用したのは「天網恢恢(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず」という老子の有名な言葉です。私が悪さを働いたときなど、その意味を懇々と説明したものです。天の網の目というのは粗いように見えるが、決して悪事を見逃すことはないと。人が何をするか天がちゃんと見ているぞというのです。悪いことをすれば天が見ていて必ず天罰が下るという意識が、いまの日本人には欠けてしまっているように思います。


摩擦や軋轢を恐れて言うべきことを言わないのは組織にとってマイナスですしストレスも溜まります。ただ、同じ諫言にしても言い方があります。「長幼序あり」で、先輩や上司に対しては、諌め方、諭し方にもおのずと礼節が必要。それをわきまえたうえで、言うべきことはおおいに言うべきです。


私はソフトバンクの孫正義さんに10年余り仕えましたが、経営会議では孫さんのぶち上げる途方もない買収提案にストップをかけるのが大きな役割でした。次々に計画する大型買収にCFO(最高財務責任者)として真正面から反対を唱えたことが何度もあります。「駄目です。それをやったら会社はつぶれます」とズバリ言ったこともあります。


企業は人間が集まってつくりあげている組織。だから、人間関係を保つことは不可欠の要素です。しかし、それは単に摩擦や軋轢を避けて事なかれ主義で表面的にうまくやっていけばいいということでは決してありません。言うべきことは言う。問題は言い方です。


後に総理大臣となった広田弘毅は、若いころ左遷されたときに、次のような句を詠んでいます。「風車(かざぐるま)風が吹くまで 昼寝かな」。閑にあって、見事なまでに恬淡(てんたん。無欲なさま)としています。このぐらいの心の余裕が欲しいものです。


中国古典は自分自身を深く知るためのヒントとなってくれるものです。自分自身のことがわかる、つまり自得こそ、あらゆる行動の前提です。自分がわからなければ、いかに生きるべきかもわかるはずがありません。


古典というと、若い人は「難しそうだし、すぐに役に立つわけでもないし」と敬遠しがちですが、急がず回れという言葉もあります。読む人によって響き方の異なる中国古典は、すぐに役立つと宣伝されるハウツー本などより、じつはずっと即効性があり役立つと言うべきです。ビジネスの上でも、個人生活の上でも、判断や行動のものさしとなるものだからです。


三国志時代の名参謀として知られる諸葛亮孔明は、8歳の息子に次のような言葉を残しています。「淡泊にあらざれば、もって志を明らかにすることなく、寧静(ねいせい)にあらざれば、もって遠きを致すなし」。私利私欲に溺れず淡泊でなければ、志を明らかにし、かつそれを保ち続けることはできない。また、落ち着いてゆったりした気持ちでないと、遠大な境地に立つことはできない。セコセコ、ガサガサするな。右往左往しては駄目だという教えです。


中国古典は読んだ人によってさまざまな響き方をします。また、同じ人であっても直面している問題の種類、経験の深さ、人生の時期など、その時々に応じてどの言葉に気持ちを動かされるかは異なってきます。勇気を与えられたり、戒められたり、諭されたり、読み返すたびに新しい発見があります。それが、たくさんの名言に満ちた中国古典の持つ力なのです。


誠実とは、嘘をつかないとか約束を守るといったことだけなのでしょうか。私は自分の意見や立場を明確にすることも含まれていると思っています。日和見主義やグレーな意思表示は不誠実なことだと思うのです。


韓非子には「巧詐(こうさ)は拙誠(せっせい)にしかず」という言葉があります。人の心を動かすには誠実さが一番だという真理が、まさに短い言葉でズバリと語られています。巧みな言葉で欺くようにして人の心に取り入ろうとするより、たとえ拙い言葉であり下手な対応であっても誠実であることが何よりも大切だということです。


論語には自分が何か問題に直面したときに答えとなる言葉が必ず潜んでいます。論語は孔子と高弟の言行を記録したものですが、二千数百年以上も前の言葉が、いまも生きた言葉として我々の心に響き、あるいは突き刺さってくるのです。人間が生きていくうえで必要なもの、大切なこと。その真髄は、大昔から何も変わっていないということなのでしょう。


悩む私の脳裏に、ふとひとつの言葉が浮かびました。若いときから親しみ愛読してきた論語の中にある言葉です。「徳ある者は必ず言あり、言ある者は必ずしも徳あらず」。この言葉の前半は「徳の高い者は必ず自分の主義主張、意見を持っている。それを堂々と言いなさい、そうでなければ世の中は良くならない」という教えです。世のため人のためなら自分が正しいと考えたことをはっきり決断すべきだと決断したのです。


部下を叱るときの基本は、何を理由に叱られているのかをきちんと相手に納得させることです。どこが間違っていたのかを理解させて初めて、叱ることが意味を持つのです。そうすれば同じ轍を踏むことはありません。


はっきりとモノを言うタイプなので、若いころは生意気だとよく言われました。それは会社のためになっているのか。社会正義と照らして正しい選択なのか。きちんと判断したうえで言うべきことを言うのなら、上司との摩擦や軋轢をあまり気にする必要はないと思います。


教えるという気持ちを持つということは、その人を伸ばすということであり、その人に対する愛情なんです。叱る側は、そうした気持ちを持たなければなりません。そして叱り終えれば、さっぱりと気分を変えることです。


後藤さんは「ありがとう」「ご苦労さん」を頻繁に使うんです。松下幸之助さんが「ありがとう、ご苦労さんという言葉は打ち出の小づちだ」と言っていますが、その一言で部下の気持ちはコロッと変わる。社外の交渉相手に対しても「ありがとうございました」の一言が効果を発揮する。部下であれ、何であれ、ご縁をいただいたことに対する感謝の気持ち、その最後の一言は非常に大切ですね。
【覚書き|上記の後藤さんとは後藤光男氏のこと。北尾氏の野村証券時代の上司で、のちに野村企業情報の社長を務めた経営者】


企業が伸び続けるには、先人に学び、自己進化を続けること。そのことに尽きるのではないでしょうか。


企業が継続して伸び続けるためには、やはり出発点が正しいかどうか、ということが重要だと思います。企業をどのように伸ばしていくべきか、創業当時、もちろん私も考え抜きました。


グループの会社同士が相互にいい影響を与え合う「企業生態系」を作ることができれば、事業はどんどん成長します。


経営者は、ともすると学問的成果を軽んずる人が多い。そんな青臭いことを言っても、経営は学問とは違うよと。しかし、私はそうは思わない。だからいまだに経営学の本も読むし、ハーバードビジネスレビューもよく読んでいます。そこにはビジネスのヒントがあるからです。


自分の会社だけが利益を上げたらいいのではありません。会社は社会の中にあって存在し、それ故に社会に様々な貢献をしなければなりません。雇用を生むこともそうですし、税金を払うということもあります。それ以上に、企業の社会的責任があります。これをきちんと全うする会社でないといけない。


事業を行う人は、志を持たなくてはいけません。志というのは、あくまでも世のため人のためという利他的なものです。野心は私利私欲のためなんです。だから私自身、事業を行うスタートラインは志を持つ、即ち世のため人のためになることをやろうと思い定めました。


なぜ野心だけでは成功できないのだろうか。野心というものは、自分の欲から生まれる。そして、それはどんなに隠しても、周囲には伝わってしまう。そういう人の周りには、一時的には人が集まるが、いざ窮地に陥ると、潮が引くように一気に人が離れていく。私利私欲で金儲けをしている人を、人は進んで助けてあげようとは思わないのである。そうならないためには、野心をどこかで志と入れ替える必要がある。


「人はいつか必ず死ぬ」「人生は一度きり」という二大真理を頭に叩き込んでおく。すると、惜陰(時間を惜しむ)という気持ちが自然と湧いてくるようになる。そうすれば、状況がどうであろうと、いまここで全力投球する以外ないという心構えに自然となってくる。


世間の評価には毀誉褒貶(きよほうへん)がつきものだから、そんなものは気にしても仕方がない。それよりも、この信義仁に照らし合わせて間違っていないことが、私には重要なのである。


私には、3つの判断基準がある。ひとつ目が、これをやって社会の信用を失うことがないか。2つ目が、社会正義に外れていないか。そして3つ目が、相手のことをじゅうぶん思いやっているか。これらを漢字で表すと、それぞれ「信」「義」「仁」となる。


先人たちはどうやって試練を乗り越えたのかというところに思いが至れば、自ずとやるべきことが見えてくる。


仕事が行き詰まってどうにも結果が出ない。よかれと思ってやったことが裏目に出て、上司から叱責を受ける。そういうときはたいてい、いま目の前で起こっていることで頭がいっぱいになっているはずだ。しかし、それではなかなか解決策は見つからない。


何が正しくて何が間違っているかを判断するのは、実はそれほど簡単ではない。それが法律であっても、守るのが正しくて違反は間違いとは一概にはいえない。


悠久の歴史にばかり思いを馳せて、日常の業務が疎かになったら、それは本末転倒だ。「小を積みて大と為す」という言葉もあるように、日ごろの小さなことが集まって、歴史という大河ができあがるのである。あくまで目の前の仕事には全力で向き合う。それでどうもうまくいかないとなったらそのときは、一歩引いて歴史の中に自分を置いてみるのが正解だ。


歴史という視点があると、上司にどう思われるとか、ささいなミスとか、そういうビジネスの本質には関係ない枝葉末節に心を奪われ、思い悩むこともなくなる。


才気煥発タイプの人は、頭の切れ味を感心されることはあっても、その人に心酔する人はなかなか現れません。だから、人を動かすことができないのです。


事業も企業も、一人ではできない。大切なのは、いかに多くの人が力を合わせて一緒にやってくれるかどうか。それを可能にするのは、人間的な魅力なのです。


ビジネスのうえでタフであるということは、決して相手を叩きのめすということではないのです。ここを勘違いしてはいけない。たとえば僕は、アメリカ企業とジョイントベンチャーをたくさん作りましたが、自分の利益のことだけを考えていたら絶対にうまくいきません。相手のことも考えながら、正・反・合を作り上げていくのです。


知的なタフネスを獲得しようと思ったら、精神的なタフネスと肉体的なタフネスが必要なのです。だから僕は、とても摂生していますよ。大酒も飲まないし、タバコも吸わない。だから、風邪を引くことなんてほとんどありません。


猛烈に勉強しなければ知的にタフにはなれません。僕はいまでも睡眠時間は4時間で、毎日大量のペーパーを読み、人の話を聞き、新しい人と会います。朝起きたらすぐに読書をし、インターネットで情報を仕入れ、夜寝る前にも必ず読書とインターネットで情報収集をする。これをずっと継続しています。


野村証券のような大きな組織に入る以上、一定レベル以上のポジションにならないと自分がいる意味はないとは思っていました。常に「鶏口となるも牛後となるなかれ」という生き方をしようと考えていましたが、社長になるならないというのは運ですから、なろうと思ってなれるものではないでしょう。


本来、お金についてしっかり学んでいれば、おのずと正しいお金の使い方が見えてくるはず。私は、欧米のように義務教育できちんとお金について教えるべきだと考えています。たとえば会社は公器であることや、資本市場における株式の重要性、銀行や証券会社の役割など、お金と社会の基本を教育していくのです。


私が尊敬する渋沢栄一は500余の会社を創業する一方で、600余の社会福祉事業に専念しました。私も社会貢献事業に全力投球して、「自分の人生これで良かった」と思える人生にしたいです。


良い経営をしようと思うと、トップや経営幹部の人間が健全な思想・哲学を持たないといけません。それが会社の隅々まで反映されるからです。


ある統計によれば100社の企業が誕生しても、10年生き延びるのは6社だけ。20年生き延びることができるのは、1000社に2~3社だそうです。


義務教育は中学校までで、人によっては中学校卒業で勉強を終えてしまうわけですから、本来ならば、中学卒業までに金融の基礎をしっかり教えなくてはならないのです。余剰のお金ができたらどうするか? 株を買って運用することもできるし、債券というものもあるよと。ところが日本の学校で教えるのは、銀行のメカニズムだけなのです。これでは、子供に泳ぎ方を教えずにいきなり大海原に放り出すようなものです。早急に欧米先進国並みの金融教育を日本にも導入すべきだと思います。


いまだに日本人が金儲けの話などするのは非道徳的だという感覚を持ち続けているのは、ひとえに、誤った金融教育が継続されてきたからに他なりません。


どんなモノであれ、モノを売るということは、相手を動かすということです。相手が何を欲しているか、相手の目線に立って考える必要があります。さらに、そもそもニーズがあるのか検証が必要です。そのためには、時流をとらえる必要があります。


私はSBI証券を立ち上げるにあたって、ヘーゲルの「量質転化の法則」にヒントを得てビジネスモデルを考えました。それまでの証券会社は、高い手数料で少ない顧客を囲っていました。しかし私たちは、低い手数料でより多くの顧客を集めることにしたのです。量が質を高め、質が高まればさらに量が増える、と考えたのです。


つねに自分の仕事と新たに得る知識を照らし合わせることが不可欠です。ただ本を読むのではなく、主体性を持って、「考えながら学んで」ください。


私は、ハウツー本よりも、歴史、哲学、先人の知恵に学ぶほうがいいと思います。多くの普遍的な情報を積み重ねると、直観力を養うことができます。すると、ビジネスとは関係ない分野の本を読んでいても、仕事のアイデアが浮かんでくるようになります。重要な決断も即時にできるようになります。


世の中にはハウツー本があふれています。しかし、それらは、彗星のごとく現われて、彗星のごとく消えていってはいないでしょうか。お金儲けの方法を一冊書いて当たった人はいます。でも、そうした人で、恒常的に儲けている人はいるのでしょうか。


過去の知恵に学ぶべきことはたくさんあります。しかし、大事なのは、歴史を現在に、また自分の仕事に照らし合わせることなのです。


自分の浅はかな思慮だけで十分などと考えないで、書物に学び、他人の意見を聞くことが欠かせません。自分の意見に反対する人がいれば、なぜそう思うのか、よく聞いてください。他人の意見を聞くことは、他人の視点でものを考えるきっかけになります。他人の意見を聞かなければ、視野が広がりません。多くの違った意見を聞いて、そのうえで、自分はどう考えるのか。これが、本当に「自分で考える」ということではないでしょうか。


過去に正しかったことが、未来でも正しいでしょうか? ウィンストン・チャーチルは、「過去にこだわる者は未来を失う」と言っています。


古今の知識に優れ、昭和の歴代総理の指南役、また財界の師と仰がれた安岡正篤氏は、考え方の基本を、「大局的に物事をとらえ、多面的な視野を持ち、中長期的に考える」ことだと述べています。この考え方をすれば、物事の変化する部分と変化しない部分、本質を見極められます。


「自分ならどうするか?」をつねに思い続けることが大切です。たとえばテレビドラマを観ているとき、自分が登場人物なら、今、どう行動するか? また、上司の営業に同行したら、「自分ならどう話すか」と、上司の術を盗みつつ、つねに自分に置き換えて考えることを習慣づける。さまざまな局面で、「自分なら」を思うことが、考える練習になるのです。


三十代、四十代になれば、それなりの経験も積んでいます。組織の中では、上からは叩かれ、下からは突き上げられているかもしれません。誰が出世したとか、給料がいくらだとか、そうしたことをチマチマと考えるのではなく、「人間とは何か」といった大きな問題を考えることが、その後の人生を変えていくものです。


運と言うと何か変えられないもののように思いがちですが、運は変えられます。人との出会いも運ですが、いい人にめぐりあう努力をすることはできますし、いい人とつきあうために自分を高める努力もできます。努力によって運は変えていくことができるのです。


経営者やリーダーが、集めた衆知を生かすために何が必要かと言えば、それが、素直な心なのだと思います。素直な心とは、わだかまりのない、私利私欲のない、何ものにもとらわれない心のことでしょう。素直であれば、ものごとの本質や真理を見ることができます。集めた衆知を見極めることができます。


衆知を集めることの重要性は、今さら言うまでもありませんが、現代社会においては、衆知を集めれば集めるほど、判断に迷いよく分からなくなるという危険がある。


中庸とは、平たく言えばバランスのことで、『論語』の中でも非常に重要なキーワードであり、東洋哲学において最も大事な考えだとさえ私は思っています。この中庸を失った、バランスを欠いた組織は、あっというまに崩壊します。


最近は志と野心を勘違いしている人がたくさんいます。しかし、この二つは全く違うものなのです。志というのは利他的なものです。だから共有され、後世に受け継がれて行きます。一方、野心とは利己的なものですから。一代で完結してしまい、受け継ぐ者が出てこないのです。


何かを目指し一生懸命に取り組む時、それが私利私欲のためでなく世のため人のためになり得ると認められるならば、人間というのはその熱意に動かされ「少し力を貸してやろうか」といった気持ちが段々と出てくるようになるものです。


「志」には二つの要素が必要です。一つは言うまでもなく世のため人のためという強固な意志を持つことで、もう一つは世のため人のため何を為すかという明確なビジョン、及びそれを達成するための戦略が求められるのです。


私が今「社長の仕事は何ですか」と問われれば、大きく言って一言で「大志を抱く」ということだと答えましょう。社長の仕事とは、その大志の下に志念を共有する多くの人物を集め、その志に向かって唯ひたすらに進んで行くことであります。


リーダーとは以下4点が要件として挙げられると思います。

  1. 一つの志(理想を目指し到達しようとする心)を描き、その志を共有して行く仲間達が存在する。
  2. その共通目的の実現のために集った仲間達から、その能力や手腕あるいは人格等により指導者という形で仰がれる。
  3. その目的を成功裏に成し遂げるべく、目標達成に対する誰よりも強い意志と熱意を有する。
  4. その仲間達全てと会社組織に対しても透徹した責任感と犠牲的精神といったものを持つ。

根本的に、企業は社会があって存続できるものです。企業は私益と公益をうまくバランスさせて、永続企業として成長していくという基本原則があります。


環境変化に応じてビジョンを3年に1回くらい変えることはあっても、経営理念は創業以来一貫して変えてはいけません。


経営者に限らず、人の長たるものは徳性豊かである必要があります。徳を言い換えれば、人間的魅力と言ってもいいでしょう。徳の高い人のまわりには同じように徳の高い人が集まってきます。自分が必ずしも才溢れる必要はないのです。むしろ徳性を豊かにして、徳の面では人に勝っている方がいいと思います。


人間性は様々な箇所に現れます。経営で言えば、そのトップの経営者の考え方・思想・哲学が会社の隅々まで出てくるのです。したがって、良い経営をしようと思うと、トップをはじめ経営幹部の人間が健全な思想・哲学を持たないといけません。


私は経営理念として「金融業界のイノベーター(革新者)たれ」、投資事業については「新しい産業を興していく」と掲げています。いかなる状況であれ、どちらもそうあり続けなければならない。


多くの人々は、人を見る時に美点凝視せず、あら探しをしますが、大切なのは長所を見抜くことです。ノーベル賞受賞者がサラリーマンとして働いたら、力を発揮するかはわかりません。それぞれの才能を見極めて、適材適所に持っていくことが重要です。


社員たちをよく知るからこそ適材適所に配属できます。経営者は人を知ることが大切です。人を知ることがなければ、人に任すことはできません。だから、人を知ることをまず徹底的に努力するべきです。


学び、調べ、知恵を絞り、創意して考える力はペーパーテストでは計れません。やはり論文を書かせると面白い着眼点を持っている人は、常に意識が高いことが分かります。


志を野心と間違える人がおりますが、その二つは明確に異なります。野心の場合、自分が死んでしまっては引き継ぐ者が誰もいません。一方、「志」は世のため人のため。たとえ自分がいなくなろうと、その志は後世の者に受け継がれるのです。


事業家は如何に戦略を持って描いた夢を実現し得るかということですが、知識が無ければ戦略を策定するところまで行かず、知識を発展させ実行力を伴う見識を持つこと、即ち知識を胆識に高めることも出来ず、故に夢が実現することはありません。


起業家の中には夢を見るだけの夢想家で終わってしまう人が沢山います。それは第一に知識が無いということ、即ち勉強が足りないということ。第二に言葉だけで勇気を持った実行力が無いということ。最後に戦略が無いということの「三無」だからだと思います。


全体戦略と部分戦略を考える際に、1つ注意すべきことがあります。事業は、全て同時並行して攻めることです。試しにやってみたことがうまくいかなければ、違うことに挑戦するという姿勢では、会社は潰れます。全て同時並行的にやるべきです。


全体戦略は、グループ一丸となっての一つの戦略です。自分が拠って立つマーケットがどういう性質かという点をしっかりと認識し、全体戦略を考えなければいけません。そのためにはまず、自分の分野を徹底的に勉強して、色んな知識を吸収するべきです。


多彩な構成企業が相互進化し、そのシナジーを発揮する組織的優位性を生み出す仕組みを、私は「企業生態系」と呼んでいます。このようなシステムをつくることが、勝利への道ではないかと思います。ですから私たちは、SBIを創業してまもなくグループ内に40社以上の会社を設立しました。そして非常に短期間でその中から10社の株式上場を果たしたのです。


シナジーとは、経営戦略において、事業や経営資源を適切に結合することによって生まれる相乗効果のことです。シナジーを追求することは、事業を進めていく上で大切なキーワードとなります。私は、ネットの世界にネット証券を作り、そのお客様にネット銀行を紹介していくことができるだろうと推論し、シナジーを追求しました。


ドイツの哲学者ヘーゲルが説いた量質転化の法則をもとに事業展開をしました。量というのはとても大切なのです。私たちは、ネット証券会社のなかで勝ち抜いていくために、収益を犠牲にしてでも、できるだけ手数料を下げ、量を追求する、すなわちお客様の数を増やすことに注力しました。そして、お客様の数が増えたことにより、例えば、お客様の商品ニーズも多様になり、それに応えるように我々も商品を多様化していきました。商品の質も改善し続けたことにより、今度は量の増大にもつながったのです。このような好循環がいろんなところで生み出され、口座数は他社と比べものにならないほどになっております。


私は海外で10年間過ごしましたが、そこでの生活を通して学んだことは、髪の色や肌の色が異なっても、人間性は全く変わらないということです。人間として生まれてきた以上は、喜怒哀楽は一緒です。人間としての根幹が同じだと思うことは、相手の考えを理解しようとすることにつながります。


一気呵成に海外展開をするためには、現地トップを海外の優秀な人材にするべきです。グローバルな発想かつグローバルに情報を集めて展開させなければなりません。日本人がトップに立ち、海外で事業を進めようとしても、現地での人脈もなく、人材の不足に頭を悩ませることになります。また、風土や文化の違いも問題となります。人種的な偏見を持たず、トップを現地の人材にすることで、人脈が広がり、良い人材を獲得しやすくなります。


事業をスタートさせる際には、事業領域を明確に定め、そのマーケットが伸びていくのか、そしてそのマーケットの中でシェアを取っていけるのかを考えなくてはなりません。これは、戦略を立てる上で必須となります。私の場合は、事業領域をインターネット金融業としました。


海外の市場は、ある意味で未知でした。私は、未知のことを始める場合には、自分だけで進めようとするとうまくいくはずがないと思いました。人任せにせず、経営トップである自らが動き、現地の良きパートナーをさまざまな地域で募りました。パートナーを説得するためには、必ず経営トップ自らが動くべきです。


私は全部が全部成功するとは思っていません。失敗した場合のリスクをミニマムすることを考え、軽い失敗をしても大きな失敗はしないようにあらかじめ準備しておく。これが非常に大事です。はじめからそういう考えであれば、失敗しても笑っていられます。


古典など現代の役には立たない、と言う人もいますが、それは大間違いです。組織には繁栄の原理原則があります。それは、何千年も前の『孫子』や『論語』の時代と、そう変わりません。国という組織をどう動かすかということと、企業をどう動かすかは同じです。


新たにSBIグループに入った新卒社員にはみな隔週で課題レポートを提出してもらい、私がすべて目を通すようにしています。もちろんこれは新人教育でもありますが、実は私自身が若い人から情報を得る場でもあります。若い人は感性が鋭く新たな発見を得られますし、幼い頃よりネットに親しんでいるため、我々とは感じ方が違います。読む時間を作るのは大変ではありますが、若い人が何に関心を持っているかも学べます。


私も新たな情報を取り入れるため多読に励んでおり、睡眠時間は毎日4時間程度です。


現在、SBIグループには金融サービス分野、投資分野、さらには健康医療分野のバイオ関連事業まで数多くの企業があり、それぞれが相互のシナジーを発揮することにより、SBIグループの成長の原動力となっています。


時代は常に移り変わります。時代に合わせ、「自己否定→自己変革→自己進化」のプロセスを繰り返す必要があります。


北尾吉孝の経歴・略歴

北尾吉孝、きたお・よしたか。日本の経営者。SBIホールディングスCEO。兵庫県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、野村証券に入社。その後、ケンブリッジ大学に留学。野村証券海外投資顧問室、第二事業法人部次長、ワッサースタイン・ペレラ社常務(ロンドン)、野村企業情報取締役、野村証券事業法人三部長を経たのち、ソフトバンクに移り常務に就任。ソフトバンク・インベストメント(のちのSBIホールディングス)社長となった。

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