加藤一二三の名言

加藤一二三のプロフィール

加藤一二三、かとう・ひふみ。将棋棋士。福岡県出身。関西奨励会に入会。14歳でプロ棋士に昇格。史上初の中学生棋士になった。77歳まで現役を続け、名人など数々のタイトルを獲得。通算成績1324勝1180敗。

加藤一二三の名言 一覧

成功と失敗だけを尺度に仕事を続けていては、いつか行き詰まります。それよりも、夢中になれる仕事をしていきたいものです。


私を始め、多くの棋士は勝敗以上に、将棋の醍醐味や感動を大切にしている。だからこそ、将棋を指し続けているのです。


かねてより興味のあることを実行するのは、行き詰まった状況を打開し、自分の世界を変える一つの方法。ぜひ試してみてください。


将棋をやめたいと思ったことは一度もありません。よく、「戦い続けるのは苦しいのでは?」と質問されますが、棋士が勝負に夢中になれるのは、勝負自体に感動しているからです。もっと言えば、考えている中にこそ喜びがあり、楽しみがある。だから、私は一番いい手を考えているときが何より楽しいのです。単純な勝ち負けの問題ではありません。


私は、将棋は音楽のように、人を感動させる芸術と同じようなものだと感じている。


対局中に相手の側に回り込んで将棋盤を眺める「ひふみんアイ」は、「見方を変えれば何かあるはずだ!」という直感から生まれました。


私がライバルだと思っていたある棋士に、8年間勝てないときがありました。20連敗したのですが、そのときですら自分が弱いから負けたのではなく、たまたま負けただけだと思っていました。


将棋の90%は理詰めです。残りの10%はいくら考えても答えが出ない。でも、答えが出ない部分があるからこそ、深い感動が得られるんです。


将棋においては、最もいい手は、リスクが高い手。自分が有利だからといって、リスクを恐れて「守り」に入ると、いつの間にか盛り返されて逆転されてしまうこともある。だから、勇気を持って、常にリスクが高いけれども最善の手を指し続ける必要があるのです。


音楽は解説がなくても感動できるんですが、将棋の場合は解説が必要なんです。解説を読むと、将棋の奥深さが伝わり、感動を伝えられる。だから僕は自分の名局を解説して、より多くの人に将棋の素晴らしさを伝えていきたいと思っています。


悩みの大半は人間関係でしょう。接する人の欠点が目についたとします。そのとき、パッと思考を止める。欠点を思考から消し、深追いしないことです。どうしても自分の心が冷えるときがあります。そのとき、ひと呼吸置くこと。訓練すれば、誰にでもできるようになりますよ。


長い将棋人生を送っていると、名勝負に出合ったり、まだ誰も指したことのない美しい一手を見つけることがあります。これぞ、将棋の醍醐味でしょう。こうした感動を、一人でも多くの棋士や将棋ファンに伝えたい。そう考えたとき、私は棋士として存在意義を見出すことができました。


私はクリスチャンなので、旧約聖書に書かれた言葉を大切にしています。旧約聖書の中に、「戦うときは勇気を持って戦え、敵の面前で弱気を出してはいけない、慌てないで落ち着いてことを進めろ」という言葉があります。「勇気を持って戦う」「相手の目の前で弱気を出さない」「慌てない」「落ち着く」。この四つは、私が対局のときに大切にしている心構えです。


相撲の世界では、横綱が負け続ければ引退を余儀なくされますが、将棋の世界には名人が負け続けても引退勧告はされません。順位を落としても、ひとつひとつ上がっていけば、再びタイトルを取るチャンスが残されています。だから、私は平然と戦い続けることができたのです。


藤井聡太四段も、「どんな人でも対等に戦う」とおっしゃっていましたけれども、おそらく彼は、名人をそそり立つ山だとは思っていない。その場の雰囲気に飲まれなければ、勝てるチャンスがあると思って盤面に向かっているのでしょう。私も同じ思いで引退の日まで戦ってきました。


福沢諭吉先生は、人間関係にも駒落ちを取り入れるべきとおっしゃっているんです。知識のある人が知識のない人に歩み寄ってこそ、円滑な人間関係ができる。僕はその話が大好きで、諭吉先生に尊敬の念を抱くようになりました。


本当は中原(誠)さんが95%勝っていた。80手目あたりの攻防で案外単純な手順だったのですが、お互いに気づいていなかったんですね。完勝と思い込んでいた将棋が実は完敗だった。それがわかるまでにずいぶん時間かかかりました。

【覚え書き|1982年、中原誠名人から名人位を奪取した一局。その局の棋譜を35年研究して、負ける手順があったことに気づいたことについて】


持ち時間を使って考えるならば、「この直感は果たして正しいのか」を検証したほうが有意義なのではないでしょうか。ちなみに、羽生善治竜王はご著書で、直感は70%の確率で正しいと書いていました。ものすごく謙虚だと思いました。私の場合は、どんな対局でも盤面を見た瞬間に、95%くらいの確率で最善手が浮かびます。


「直感精読」という言葉があるように、私は直感こそが本質を掴んでいると思います。なぜなら、直感は無心であり邪念がないからです。むしろ、後から浮かんだ手というのは、私にしてみれば罠。「勝手読み」といって、自分に都合のいいように今後の展開を考える可能性が高いからです。そこには、どこか希望的観測やヌケモレがある。


1968年、大山康晴十五世名人と対戦して勝ち、私が十段になったときのことです。この対局で、一手を指すために7時間考え抜き、勝利を収めることができました。実はこのとき、直感によって最高の手を見つけ出すことができました。「この手があった!」という明確な閃きではありませんでしたが、「長く考えたら、このあたりに必ずいい手があるはず」と直感したのです。


将棋の世界には、名人を決める順位戦というものがあります。全棋士がA級からC級2組までの各リーグに所属し、戦績によって昇降級する制度です。すべてのクラスで対戦した経験から、私はA級とC級2組の差は紙一重だとわかりました。そもそも、プロの棋士たちは天才の集団。誰がいつ勝ってもおかしくはないのです。逆もまた然り。トップの人間が落ちていくことも稀ではありません。つまり、いつでも下剋上できる可能性があるのです。


私の若い頃は転職する人は少なかったけれど、今はそれが普通の時代ですね。仕事を簡単に変えられることが、「これが天職だ」と言いにくくしているのかもしれません。私自身、洗礼を受けるまでは、曖昧模糊としたところがありました。ただ、私は自分の指した対局が何百年経っても、後輩や将棋ファンの喜びにつながると信じているからこそ、棋士が天職であると考えています。みなさんも、自分の仕事が誰かの喜びにつながっているのであれば、その仕事を天職だと信じて、続けてみてはいかがでしょう。


自分で納得のいく将棋が指せずに、棋士としての人生に展開がないのではないかと思い悩んでしまったのです。そこで私は、かねてから興味のあったキリスト教の洗礼を受けることにしました。洗礼を受けて自分にバックボーンができてからは、気持ちがブレなくなりましたね。というのも、キリスト教ではどんな仕事であってもいい意向を持って仕事をすれば、それをよしとすると教えられています。そして、仕事をするのならば、より上を目指しましょうとも教えているのです。これはどんな仕事でも同じでしょう。私もこの教えがあったからこそ、これまで将棋を続けられたのだと感謝してします。


相手の目の前で弱気を出さないことが重要。相手が自分の知らない手を自信満々に指してきたときなど、「まさかこの手は研究し尽くされていて、相手は詰みまでの手順が見えているのではないか」と疑心暗鬼になりがちだからです。勝負の局面は、自分の気持ち次第で大きく変わります。気持ちが乗っているときは、「相手の手などたいしたことない」と思えるのですが、相手の自信に気持ちが揺らぐと、「うっ」と気圧されてしまう。勝負の最中に弱気になっていては、どんどん相手のペースに引き込まれてしまいます。


加藤一二三の経歴・略歴

加藤一二三、かとう・ひふみ。将棋棋士。福岡県出身。関西奨励会に入会。14歳でプロ棋士に昇格。史上初の中学生棋士になった。77歳まで現役を続け、名人など数々のタイトルを獲得。通算成績1324勝1180敗。

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