剣持忠の名言

剣持忠のプロフィール

剣持忠、けんもち・ただし。日本の経営者。WEBサイト企画・制作・運用の「メンバーズ」社長。早稲田大学教育学部理学科卒業。日本合同ファイナンス(のちのジャフコ)を経てメンバーズを設立。また、東京ニュービジネス協議会理事を務めた。

剣持忠の名言 一覧

デジタルクリエイターの価値を認めてくれる企業とお付き合いする。それが社員にとっても大事。


強い商品がないことを反省し、世界一になれるサービスを特定して、世界一にするまで愚直にやり続けようと決めた。


WEB制作でも「構築」はコンサル業で世界一は難しい。「運用」は大変で利益が薄そうで、人も集まらないイメージがある。だが、そこにチャンスを見出した。


経営危機のとき、離職率が25%になった。なぜ辞めてしまったのか、ショックだった。当時は40代前半。ラスト1回の勝負なら、社員の幸せを実現し、社会的意義のある事業を手掛けようと思った。


言われたデザインをするだけではなく、主体的に動き、売上げ向上などの成果を提供してクリエイターの地位を向上させる。そのためにも、代理店の下請けではなく、大企業と対等の立場で直取引をしている。


小さい頃には、母が「幼稚園の知能テストがすこぶる良かったから、あなたには才能がある。それを活かしていきなさい」ともよく言っていました。実際のところはそうでもなかったようですが(笑)、ピグマリオン効果か、「人と違う」と言われてきたおかげで「頑張れば、何でもできる」と思って大きくなりました。「やればできる」という自信を持てたことをありがたく思っています。


羽振りの良い時期があったものの、オイルショックなどで景気が悪化し、私が小学6年生のとき、父は会社を畳みました。職人なので義理人情には篤く、人に迷惑を掛けないよう、きれいに事業を整理しました。そして新たに、夫婦2人で蕎麦屋を始めました。蕎麦屋を始めてからは生活が苦しくなり、出掛けることも減りました。ただ、家計は苦しかったものの、貧しさを感じることも悲壮感もありませんでした。それは、母がいつも「心が貧乏なのが貧乏人、金がないからと言って貧乏人にはなるな」と言っていたからです。


次男なので、家にいると常に兄の下。気が付くと、ナンバー2癖がついていました。このナンバー2癖が抜けないことが、起業後、経営者としての壁になっていたと思います。何かあっても、誰かが助けてくれるという思いがあったからです。事業の運転資金が足りなくなったときも、実家の土地を抵当に入れてお金を借りればいいとぼんやりと考えていました。実際に、お金が足りなくなり、お金を借りようと、父に「家の土地を抵当に入れてほしい」とお願いしに行ったのですが、父は「おまえの遊びに付き合っている暇はない」と一刀両断されました。そのとき初めて、本当の意味で「自分でやらなければいけない」というリーダーシップが芽生えました。父がそれを突っぱねてくれたからこそ、今の自分があると思っています。


私は自営業の家庭に育ち、親戚にもサラリーマンがいなかったので、会社員として働くイメージがわかず、自分も将来、何か商売をやるのだろうと思っていました。蕎麦屋時代、両親は苦労していましたが、(土建業で)商売がうまくいっていた時代も知っていたので、「うまくいくのも、いかないのも自分次第」という商(あきない)の世界に憧れがありました。同じ努力をするのなら、サラリーマンより経営者として努力したいと思っていました。


剣持忠の経歴・略歴

剣持忠、けんもち・ただし。日本の経営者。WEBサイト企画・制作・運用の「メンバーズ」社長。早稲田大学教育学部理学科卒業。日本合同ファイナンス(のちのジャフコ)を経てメンバーズを設立。また、東京ニュービジネス協議会理事を務めた。

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