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内藤哲也の名言

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内藤哲也のプロフィール

内藤哲也、ないとう・てつや。日本のプロレスラー。東京都出身。アニマル浜口トレーニングジムを経て新日本プロレスに入団。IWGPヘビー級王座、IWGPインターコンチネンタル王座、NEVER無差別級王座、IWGPタッグ王座、IWGPジュニアタッグ王座を獲得。

内藤哲也の名言 一覧

目標をクリアし終わった時に新しいものが見えてくると思います。あとは継続するのではなくて、より上昇させたいと思っています。いま以上の波を、起こしたいですね。


枠を取っ払って、自分の見せたいものを見せて、言いたいことを言おうと決めた。お客様のためにと思っていた時は伝わらなかったのに、これしかできないと開き直ったら、お客様のほうから近づいてきた。


プロレス総選挙(1位獲得)に関してはここ2年くらいにしてきたことの結果が出たのかな、と思います。周りの目を気にするのをやめて、表現したいものを表現し始めて、それが徐々にお客様に伝わるようになったというのは実感していました。


プロレスラーになる前の話ですね。浜口ジムに通っている時、右膝のケガをして。手術の後、あまりの痛さ、足の使えなさに落ち込んでいたんですよ。そんななか、棚橋(弘至)選手が出場するリーグ戦の優勝決定戦を広島まで観に行ったんです。その時、棚橋選手は肩を痛めていたんですけど、歯を食いしばって頑張っていた。その姿に心を打たれて。ああ、プロレスから勇気をもらうってこういうことなんだ、と初めて実感しました。


なぜ、L・I・Jが新日本プロレスで一番輝いているかというとユニット内でも、常に競い合っているからですよ。仲が悪いんじゃなくてね。「個」の集まりなんです。今は、L・I・Jというと、内藤の名前が最初に出ますけど、内藤の下にずっとついて行こうと思っているようなメンバーはいないですし、今後もいりません。個の集まりでありつつ、新日本プロレスの中で一番まとまりのあるユニットだとも思うんです。


正直、現時点では(対戦相手の)オカダ(カズチカ)のことは見ていないんですよ。花道を歩くことと、試合に勝った後に、お客様と大合唱することだけに視線が向いている。オカダには、僕がオカダに視線を向けざるを得なくなるくらい、焦らせてほしいなと思いますね。実績も含めてオカダは素晴らしい選手です。でもお客様に感情移入していただくという、プロレスにとって一番大事な部分に関しては、僕は負けていない。そのあたりの差が、リングで向き合った時に出るだろうと思っています。


僕はずっとプロレスが好きで、いつも早く試合がしたいと思っていたんです。でもある時からお客さんに思いが伝わらなくなって、試合に出るのも嫌になってしまった。そんな時にメキシコでロス・インゴベルナブレスに出会った。彼らの自由なプロレスの輪に入ってみたらすごく気持ちよくて、早く次の試合に出たい、とまた思えるようになったんです。


内藤哲也の経歴・略歴

内藤哲也、ないとう・てつや。日本のプロレスラー。東京都出身。アニマル浜口トレーニングジムを経て新日本プロレスに入団。IWGPヘビー級王座、IWGPインターコンチネンタル王座、NEVER無差別級王座、IWGPタッグ王座、IWGPジュニアタッグ王座を獲得。

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