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内ヶ崎贇五郎の名言

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内ヶ崎贇五郎のプロフィール

内ヶ崎贇五郎、うちがさき・うんごろう。日本の経営者。東北電力初代社長。宮城県出身。東京帝国大学工科大学電気工学科卒業後、大阪電燈に入社し、日本水力、大同電力へ出向し木曽川の水力発電所建設に携わる。大同電力係長、古川橋変電所主任、大阪支店工務係主任。その後、電力会社統合政策により発足した日本発送電に移り、富山事務所長、富山支店次長、本社工務部長、東北支店長を務めた。太平洋戦争終結後、東北電力の前身である東北配電に入社。取締役、副社長などを経て社長に就任。そのほか、仙台商工会議所会頭、東北開発審議会会長、東北六県商工会議所連合会会長なども務めた経営者。

内ヶ崎贇五郎の名言 一覧

技術者を優遇しないと会社はよくなりません。研究費の方は、ひとつできるだけ出してください。
【覚書き|大同電力出向時代、同社の福沢桃介社長に言った言葉】


私は係長となったが、仕事のことは一向にわからず閉口した。しかし私の部下には、機械でも電気でも、ベテランがそろっていたから、その人たちに実務を任せ、こっちはただ人事の統括というようなことを主としてやった。そして徐々にそれらベテランの人たちから教えを受けた。電気屋としてはここで非常な修行を積んだ。
【覚書き|木曽川の読書水力発電所の建設に携わったときを振り返っての発言】


内ヶ崎贇五郎の経歴・略歴

内ヶ崎贇五郎、うちがさき・うんごろう。日本の経営者。東北電力初代社長。宮城県出身。東京帝国大学工科大学電気工学科卒業後、大阪電燈に入社し、日本水力、大同電力へ出向し木曽川の水力発電所建設に携わる。大同電力係長、古川橋変電所主任、大阪支店工務係主任。その後、電力会社統合政策により発足した日本発送電に移り、富山事務所長、富山支店次長、本社工務部長、東北支店長を務めた。太平洋戦争終結後、東北電力の前身である東北配電に入社。取締役、副社長などを経て社長に就任。そのほか、仙台商工会議所会頭、東北開発審議会会長、東北六県商工会議所連合会会長なども務めた経営者。

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