佐藤和則(経営者)の名言

佐藤和則(経営者)のプロフィール

佐藤和則、さとう・かずのり。日本の経営者。「サウンドファン」社長。福岡県出身。中央大学卒業後、富士ゼロックス、サン・マイクロシステムズ、デルコンピュータ、アスクルを経てビジネスコンサルタントとして独立。その後、音のバリアフリースピーカー「ミライスピーカー」を開発。

佐藤和則(経営者)の名言 一覧

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今、スタッフみんなで大きな夢を見ています。自分たちが生きてきた証を残し、後世に役立てるなら、これくらいの苦労は何ともない。


資金は集まるまでやり続ければ、絶対に集まる。信念と情熱があればなんとかなる。


諦めなければ、たどり着ける。


必要以上にテンションを上げると落ちやすいので、イメージする世界に向かい、淡々と積み重ねていきます。


大学卒業後、好きな英語を活かせると思ったので、外資系企業に就職し、その後も外資を渡り歩きました。会社はプロジェクトを変わるくらいの意識しかありませんでした(笑)。



多忙やストレスがたたって体調を崩しました。結果としてはそれで良かった。少しのんびりしながら復帰をしているかたわら、在宅や個人でできるビジネスを一から学び、かっこよくいえば、内省と自己研鑽の期間になりましたから。非接触骨伝導効果スピーカーの基礎となる技術も、この時期の巡りあわせから始まりました。


最初から「すごい技術だ」と信じ、ブレることはなかった。資金繰りで苦労する中、いろんな人が現れては消えたし、「怪しげなスピーカー」と言われたこともあった。既存の価値観で測れないビジネスがこれほど大変だとは思わなかったけれど、広めることに貪欲になってからは加速度的に導入が進んだ。


当初、周囲の反応は冷たかったですが、フェイスブックで情報を発信し続けるうちに、応援してくれる人が増えました。資金繰りに苦しみ、4回増資する中、見知らぬ人まで出資を申し出てくれるようになりました。


佐藤和則(経営者)の経歴・略歴

佐藤和則、さとう・かずのり。日本の経営者。「サウンドファン」社長。福岡県出身。中央大学卒業後、富士ゼロックス、サン・マイクロシステムズ、デルコンピュータ、アスクルを経てビジネスコンサルタントとして独立。その後、音のバリアフリースピーカー「ミライスピーカー」を開発。

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