佐藤優の名言

佐藤優のプロフィール

佐藤優、さとう・まさる。日本の作家、官僚。東京出身。同志社大学大学院神学研究科終了後、外務省に入省。イギリス、ロシアの日本大使館に勤務したのち、外務省国際情報局分析第一課主任分析官として対ロシア外交に携わる。背任と偽計業務妨害容疑で有罪が確定し外務省を失職。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞、『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

佐藤優の名言 一覧

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大事なものを得るために、ここは捨ててもいい。ここは負けてもいい。そんな柔軟性のある人が、真に強い人。


自分は普通の人間だ、常識的だ、と考えている人ってじつは怖い。自分を疑おうとしないから。


手が届かないような憧れの人より、実際に自分がなれそうな人に学ぶほうがいい。


感情ではなく理性で対象を分析すると、怒りはそれほど起きないもの。あるいは怒りが湧き出てきたら、その怒りはどこから生まれてきたのかを冷静に見極める。怒りの感情を客観視することで冷静になれる。


自分を取り巻く人たち、目の前に起こる様々な出来事をできうる限り断らずに受け入れる。それに誠実に精一杯向き合っていけば、取るべき道、進むべき舞台へと導いてくれる。



好きなことを続け、ひたむき努力をする限り、私たちは誰しも何かしら成長することができる。社会的な成功や名声を得るといった表面的なことよりも、それ以上に、はるかに意義深いものがそこにある。


怖いのは仕事がラクになることでそこに安住し、新たな挑戦をしなくなること。マンネリズムの中に埋没し、気がつくと思考力や発想力が鈍化してしまう。


仕事が楽にできるようになったと感じたら、次のステップに進み、新たなことに挑戦することで自分に負荷をかけ、さらに能力を高めるべき。


人生の価値は「痛み」を分かち合える人をどれだけ持つかで決まる。決してお金の多寡ではない。


合理的な見方を常に意識しておくことが、先送りで失敗しないための一番の方法。


先延ばしをする性向には、合理的な判断力の欠如がある。どうもいまの世のなか、全体的にその合理性が危うくなってきているように感じる。


物事には何でも時宜(じぎ)というのがあります。タイミングを逃したら、失ってしまうものもある。とくにビジネスでは売り上げとも大きく関わってくる。



闘うのなら、徹底して闘わないと。


人類の法則、歴史の法則から言えば、侮るものは必ずしっぺ返しを食らう。


得意な分野にこそ落とし穴が潜んでいる。人って不得手な分野ではなく、意外に得意分野でつまずいていることが多いんじゃないですか。


すぐに役に立つ本は、すぐに役に立たなくなる。即効性のある本ばかり読んでいてはダメ。


小説を読んでいる人といない人では、人間の幅が違ってくる気がする。様々な代理経験ができるという意味で、小説ほど有効なものはない。


人生は学びの連続。とくにいまの時代は目先の忙しさに追われて、インプットする時間がなくなってしまいがち。意識的にインプットに取り組む必要がある。


忙しいからこそ、最初に自分の時間を確保してしまう。そうやって時間の天引きをしておかないと、いつまでも自分の時間が作れない。


いまの時代、しっかり自分の時間を意識しないと、どんどん他者に時間を取られてしまう。


時間の使い方、とくに「ペース配分」が大事。ずっとオンのまま、全速力で頑張っていたら続かない。どこかでエネルギーを蓄える時間を作らないと。


数学力がとても大事。数学の力が磨かれると、論理力が磨かれる。物事の優先順位やカラクリを見極めることが容易になる。これは仕事の能力に直結する。


外界の騒音をシャットアウトして、自分の内側の声にそっと耳を澄ましてみる。そんな時間が、雑音に溢れたいまの時代にはとくに必要。


SNSやメールなど、自分が「相手の時間を奪っている」という感覚を持つことが大事。時間泥棒が多い世のなかだけに、自分の時間を確保するのが難しい時代。


組織とケンカをしてもまず勝ち目はない。ただし、勝てないまでも引き分けに持ち込むことは可能です。それは「局地戦」に持ち込むこと。


本気でケンカをしなきゃならない場面って、そうそうないはずですよ。自分の考えや意志を通したいのであれば、別なやり方がいくらでもある。


完全に嘘をついてしまえば、それを隠すために大変な労力が必要になる。逆に言うならば、相手に嘘をつかせたら交渉事で有利に立てる。


自分の要求を通したいと思ったら、まず相手の要求をよく聞いた上で、要求の8割に関しては譲歩する。そうやって相手に貸しを作りながら、大本命の要求に関しては飲んでもらいましょう。


限られた時間の中で最高のアウトプットをしようと思えば、時間あたりの生産性を高めていくしかない。


国家の裁きに執行猶予は付くかもしれないが、自分の良心の裁きに執行猶予はない。


仕事を先送りするか、前倒しするか。その判断がうまくできる人は現在から明日、明後日と、頭のなかに時間軸がしっかりできていて、仕事の遠近感が見えているもの。


理想的な上司なんてものはまずいない。そんなものを探し求めていたら、理想的な女性を探し続けているピーターパンみたいになる人と一緒。


誰だってお金は欲しいし稼ぎたいと思う。ただしお金には麻薬のような、一種人間の感覚を麻痺させる魔力がある。お金の大切さと同時にお金の怖さも知っておかないといけない。


いろんなことにビビっちゃう人は、「自分はなぜビビるのか」を分析するだけでも変わってくるはず。現実から目をそらし逃げるのが一番良くない。


ビビることがよくないのは、思考が停止して冷静な判断ができなくなってしまうから。それによって事態や結果を悪くしてしまう。


僕たちは、「諦めないこと」と「諦めるべきこと」を上手にマネジメントして生きていかないといけない。でないと報われないものにハマって自分自身をダメにしてしまう可能性がある。


ちゃんとした資料に当たるなり、電話で大元の情報源に当たるなりして、裏を取らないといけない。情報が溢れるいまだからこそ僕らは気をつけなければ。


「侮り」の対極にある言葉は「畏れ」。目に見えないもの、形に表れないものを尊重する気持ちが「畏れ」。現代人はこの「畏れ」の感覚を決定的に失ってしまった。


極端な形での「頑張らない生き方」をしていると、奈落の底に落ちる危険がある。


人間の心理は不思議なもので、モースが『贈与論』で詳しく論じているように、与えられ続けると、ある臨界点を越えたところで相手に返したくなるんです。


仕事上の努力が上司にわかってもらえないのは、努力が足りないか、表現方法が悪いかのいずれかか、両方かということでしょう。


家族関係はいわゆる「ギブ&テイク」ではなく「ギブ&ギブ」が基本です。


この先は国も会社も、社会も頼れない。自分と家族の生活とその行く末は、自分たちで考え、守らなければならない。経済力、仕事の能力も含めた自分の力がいかほどのものか、妻に子に老親に、自分が何をしてやれるのか、逆に何をしてやれないのかを冷静に見る徹底したリアリズムが必要となるのです。


忙しいときこそ、フッと肩の力を抜いて、ちょっとだけ、他の人生の可能性をシミュレーションしてみてください。意外な人生のヒントが見つかるかもしれません。


「人生、守りに入ったら終わりだ」と言われますけど、僕に言わせれば、「守り」ほど大切なことはないと思う。とくに家族のある40代ならなおさら。


人間、仕事ができるようになってくると、それまで見えなかった世界が見えてくる。人から感謝されたり、頼られたりすること、それがモチベーションになることもある。


ケンカする際に大事なのは嘘をつかないこと。嘘をついたことが明らかになると、一気に不利になります。外交の世界では嘘をつかない範囲で相手の話をけむに巻く、ごまかしたりするテクニックが用いられます。


正義は勝つと思ったら大間違い。組織のシステムのなかにいる自分の立場を忘れたら失敗する。


交渉や話し合いが煮詰まってきたら、思い切ってコーヒーブレークを取ったり、思い切って日を改めたり、クールダウンの期間をとりましょう。気分が変われば、案外話は進展します。


本当に人に強い人というのは、ある場面においては人に負けられる人でもある。なぜ負けられるかと言えば、その人のなかに「これだけは絶対譲れないけど、ほかの部分は相手に譲ってもよい」という原則を持っているからです。



初めて会う人と、もっと関係を深めたい、親密になりたい思ったら、相手に物を借ります。返さなければいけないから、それを口実に、また後日会う約束ができ、さらに近づけます。


30代、40代の男性にすすめるのは、できるだけ女性の友人を持ってみることです。そういう女性たちとたまに食事をする。男同士では得られない情報や、新鮮なものの見方を得ることができるはず。


外務省でも新人の時は不条理なことをやらされた。でも、その後を耐える根性がついたよね。


小説には必ず人間の怒りや憎しみがテーマとして出てきます。よい小説を読むことで、人間の心の奥底にあるものや動きを知ることができる。


僕はあえて仕事は断るなと言いたい。とくに20代、30代の若い時は自分の力の少し上、120%くらいの仕事を引き受ける。そうやって自分に負荷をかけ続けることで、能力はどんどん高くなっていく。


宗教の本質は受け入れること、拒まないこと。


膨大な仕事をこなすには、まずは上手な手の抜き方を覚えること。上手に手を抜くってことは、仕事で何が求められているかを見抜くことでもある。


最初はどんくさい若者の中に、大化けする原石がある。短期的な視点にとらわれ、若い才能や可能性をつぶしていないでしょうか?


その仕事がモノになるかどうかは才能云々の前に、「本当に好き」であるかどうかも重要。「好き」という時点で、すでに才能や適性があるのだと思う。


私たちが幸福に近づくには、才能があるとかないとかいう問題よりも、努力することで得られる人間性の高まりだとか、その途上で得られる人間関係の深さが大事になってくると思う。


ひとつのことをひたむきにずっと続けていけること自体が、僕はその人の才能だと思う。


才能があって器用な人間は警戒されるから、周りから助けてもらえないもんなんだよ。


面白い小説というのは時代が変わっても、解釈を変えて読み続けることができる。


投資というのは相手との戦いだけでなく、自分との戦いでもある。パチンコをやる人はよくわかると思いますが、引き際が難しい。勝っているうちはやめられない。自己コントロールが大事になってくる。


数学的な思考回路を鍛えると、段取り力が磨かれる。いかに最短で解を出すかを必死で考えるからです。この段取り力が、そのまま仕事のスピード化に応用できる。


頭を柔らかくする努力をしておくことが肝要。僕がおすすめする方法は、数学を改めて勉強し直すこと。数学ほど、論理的思考や発想力が鍛えられる勉強はありませんから。


政治の基本的なゲームのルールは、味方と敵を峻別することにある。これは、内政や外交、また会社や役所の内部で行われる権力闘争のすべてにおいて適用される、基本中の基本だ。


敵を憎むのは人間として自然な感情である。ただし、憎しみというプリズムを通して物事を観察すると、どうしても認識が歪んでしまう。歪んだ認識に基づいた判断は、間違える可能性が高い。あえて敵を愛するというような心構えを持つことで、より客観的に対象を観察し、判断を誤らないようにできる。


政治的に敵であると認識することと、相手を憎み断罪するということは、まったく別の話だ。外交の世界では、国家間の利害が敵対しているときにこそ、外交交渉に従事する外交官の人間的信頼関係が重要になる。


判断が早いというのは思いつきをすぐに口にすることとは違うんです。とくに上に立つ立場になったら、思いついたことをすぐに口に出して言ってはいけない。一回頭の中で考えてから公言する。そのためにも普段からいろんな状況を想定し、こんなときはこう対応するというシミュレーションをしておくことが大切。


判断や決断にはリスクが伴います。リスクをとるのは怖い。これは人間の本性。いま即断するリスクと、判断を先延ばしにするリスク、その2つのリスクを比べたときに、いま即断するリスクの方が高いと考えてしまう。だから先延ばしにする。ですから自分は何のリスクを恐れているか、客観的に考えられるかどうかが大切。


判断が速い上司は部下としては非常に仕事がやりやすい。逆に判断が遅い上司ほど、あとから方針がコロコロ変わったりします。両者の違いは普段からいろんなことを頭の中で考えシミュレーションできているかどうかでしょう。


判断が遅い人は、仕事にもムダが多い。たとえば書類やものを探すのに異常に時間がかかったりする。机の上が整理されていないということは、頭の中が整理されていないということです。何が取ってあって、何を捨てたかということさえも、曖昧なわけです。


外交の世界では「情報を金で買うな」という鉄則がある。ある人物から情報を得ようとする際、お金の力に頼るのが一番簡単に見える。しかし、相手が報酬に味をしめて金額をつり上げてきたり、金額に応じて情報の質を変えてきたりする可能性がある。報酬の額で第三者に寝返ったりすることだってある。


残念ながら僕たちが暮らしているこの社会は、全員が幸せになれる社会じゃありません。それどころか、これからは敗者にとってはますます生きにくい、厳しい社会になると考えています。だからこそ僕たちはお金に振り回されるのではなく、お金を味方につける生き方をしなければ。


僕たちの世界は残念ながら我利我利の資本主義社会ではあるけれど、国家や資本という巨大なシステムにどっぷりとはまるだけじゃなくて、小さな僕らの世界をつないでおく。そのリアリティを大切にすることが、お金に振り回されず、お金を味方にするひとつの方法だと思う。


自分の力を知っておくことも大切。仕事なら「ちょっと自分には難しいかな」くらいの負荷がかかる作業をこなすことで自分の限界を把握しておく。自分の力が客観的にわかるだけでも、仕事を頼まれたときの不安は少なくなり、ビビらずにすむはずです。結局は他人と自分、つまり人間に対する知識がないからビビるんです。


相手がどんな価値観を持っていて、どんな意図と論理で行動しているのか。それがわかれば相手が何を言おうが、どんな威圧をしてこようが冷静に対応できる。外交の世界では「相手の内在論理を知る」という表現をします。


ヨハン・アモス・コメニウスという神学者は「人間は、限界がわからないものに対して恐れを抱く」と言っています。相手を知らないからこそビビる。つまりビビらないための一つの方法は、相手を知り相手の意図を見抜くこと。


みなさんは怖い相手、なんだか威圧的でビビる相手はいますか? 自分がどんな相手に対して怖じ気づくのか、なぜビビるのか、一度考えてみるのは自分自身を知る上でも有効。


結局、大事なことは「主体性」なんですね。自分で自分をマネジメントしコントロールする。人から頑張れと言われてやるのでも、マスコミに煽られてハマるのでもない。自分で決めて行動するということなんです。


僕は生きていくなかで「諦めない」ものを持つことは大切なことだと思う。ただし大事なのは「何を、どう諦めないか」だと。自分に適性がないものは諦めたほうがよい場合もあります。「諦めない」ことが「執着」になるとどうしても視野が狭くなりがち。自分をリセットする柔らかさが必要な場合があるでしょう。


「内省ノート」をつけることをお勧めします。批判や忠告を受けたときに、なぜその人がそんな言質を取ったかを書き出してみる。少なくとも誤解や嫉妬からではないと判断できたなら、傾聴するに値します。自分に何か落ち度や侮りがないかを虚心坦懐に書き出してみましょう。


「侮り」は人生の罠みたいなものだと思う。得意の絶頂のとき、ツイているとき、地位や権力を持ったときに仕掛けられる。その罠に気がつくことって容易じゃないです。自分では調子に乗っているだけに。たいてい後になって気づく。痛い目に合った後にね。


仕事をある程度覚え自分で回せるようになる30代半ばくらいが最初の鬼門。ここで「なんだ仕事なんてちょろいもんだ」と手を抜いたりズルを覚えてしまうと、そこから伸びなくなる。得てして器用で要領がいい人が陥る落とし穴。


一番得意だと思っている分野で失敗する、つまずく。それはそこに油断、すなわち「侮り」の気持ちがあるから。「侮り」と言うと何だか大仰に聞こえますが、日常の仕事の中でもついやってしまいがちな行為の中に、そんな気持ちが潜んでいることがある。


僕らの周りには常に自分と違う他者や異質な人たちがいる。でも自分の中にも同じように異質で悪い部分がある。もしかしたら自己愛的なものがあるかもしれない。そう認識すれば自分も他者ももっと受け入れることができるはず。


教育にお金をかけられないなら、社会に出て確実に生かせる知識と、その知識を使いこなす術が身につくよう仕向けることが大切です。


「ギブ&ギブ」を実践するには、まず自分が家族に何を「与えられる」のかを知る必要があります。実は、それを真剣に考えることが、今の社会を生き抜くカギになるのです。


返せぬほどの恩を受けると、そこには力の上下関係が生じます。求めるより与える。惜しみなく与える恩は、家族の中でも力関係として働きます。夫や親としての威厳を保つなら、それが一番の方策です。ただ、与えるといっても、妻や子供が欲しがるものを、何でも買ってやるということではありません。お金や物とは限りませんし、必要としているものでなければ無意味です。


人が思い悩むのは自然の心理。悪いことではありませんし、悩みながら新たな何かをつかみ取ることもあります。が、あまりにそこに囚われすぎると目が曇ります。


勉強していくと何が変わるか。知識の量が増えるのはもちろんですが、それとともに興味の対象が変わり、楽しいと思えることが変わってきます。自分のつきつめる分野を、もっともっと勉強したくなるのです。


ライフプランをしっかり立てることが大切。生涯に必要になるお金、入ってくるお金をしっかり計算し、どういう生活をしていくか計画を立てる。そうでないと、経済的に破たんしたり、お金がないことでチャンスや機会を逃したりしてしまうことにもつながりかねない。


仕事ができる人ほど、簡潔に必要最小限のことだけ書いてきますね。自分も忙しいから、メールを読むのに時間を取られることがいかに苦痛かわかっている。でも、メールの文面自体は短いけれど、添付している企画書はしっかりとしている。となると、実務能力が高く仕事ができて、バランス感覚のいい人だなと推測できます。


僕は一切の情報をあえて遮断する時間帯を作っています。携帯電話は切る。PCのメールも見ない。時間帯でいうと朝5時から9時。外部からの雑音が一切入ってこないので、一番仕事ができる。みなさんも1日1時間でも2時間でもいい。外部の騒音を一切遮断する時間を作ってみてください。


仕事をする上で一番無駄な時間は、資料を探す時間。僕は必要な書類や資料は封筒などに入れて、大きな段ボール箱に放り込んでおきます。必要な書類や資料はとにかくその段ボール箱をガサガサやれば出てくる。必要なものはすべてその箱に入っているので、そこにない書類や資料は最初から存在しないとわかる。


インテリジェンスの仕事は国益を背負い、お互い暗黙のルールの中で駆け引きをするもの。嘘をついたり、相手の感情を読み取れなかったりする人間は、普通の職場でもアウトでしょうが、外交の仕事ではとにかく致命的。


右肩上がりの時代なら、組織をまとめ上げ、一つの目標に向かって強力に引っ張っていく「率先型リーダー」が求められました。掛け声を掛ければ成果が上がった。しかし、いまは強いリーダーよりも、いっしょになって考え、問題解決をしてくれる「相談型リーダー」が求められている。


僕自身、部下との関係を築くことで、失うことよりも得るもののほうがはるかに多かった。教えることで自らも成長する。上や横だけでなく、下に目線をおろしたときにこそ見えてくるものがある。


僕は好きとかやる気を追い求めるより、40代になれば、まずはやるべきことをこなすことだと思います。責任をまっとうするなかで、それまで好きでなかった仕事が、だんだんおもしろくなってくるということもあると思う。


自分の感情をコントロールできない人は、まっとうな仕事はできない。外務省でも、やたらと怒鳴り散らすような人は「あの人は情緒不安定だから」とレッテルを貼られる。そう言われたらすでに人間的信用力はゼロということ。


ケンカというのは落としどころ、ゴールが見えていなければダメ。感情で怒るのではなく、役割とか立場を踏まえてぶつかる。お互いわかっているから、エスカレートしません。一見声を荒立てても、それはパフォーマンス、演技なんです。だからいい外交官はいい役者でもある。


大変なときに救ってくれたのは大学時代の友人たちです。大学時代の仲間は利害関係ではない。私という人間の本質を知り、信頼してくれている。国家権力と対峙していようが、マスコミが何を伝えようが揺るがないんですね。


本当にかけがえのない大切なつながりは、5人もいれば十分。利害を超えた信頼関係、親友と呼べる間柄は、せいぜい5人。その見極めをまずしっかりすること。その強固な関係があれば、たいていの人生の逆境に向かっていける。


僕が外交官だった頃、ロシアの要人に近づく場合には、秘書や補佐官、受付の人から電話交換手まで、周りの人とまず仲良くするようにしました。彼ら全員の誕生日を覚えておく。で、誕生日が来たらプレゼントを贈るのです。するとアポを取ったとき、手紙やメモを渡すとき、優先してくれる。


仕事でのつき合いというのはどんなに親密に思っても、利害関係が基本で成り立つ。自分の状況が変われば一気に消えてしまう儚いもの。本当に大切な人脈、つき合いというのは利害を抜きにした友人。そして家族。幻のようなビジネスの人脈に時間を取られるくらいなら、家族との時間を大切にするべき。


「雑談する力」と教養の間には正の相関関係がある。従って、教養のある人間になることを目指せば、おのずから「雑談する力」が身につく。


「雑談が苦手だ」という人が増えている。仕事以外の共通の話題に関する教養が浅いからだ。


雑談ができるようになるためには、共通の話題と、相手の文化に対する理解が必要だ。マナーの本を読むと「社交の席で政治や宗教の話はしないほうがいい」と書かれているが、これはおかしな話だ。政治や宗教の話をタブーにしてしまうと、実質的な内容のある話がほとんどできなくなる。こういうアドバイスは、相手の文化や常識を読み誤り、大失敗をしたひと昔前の日本人が、「それならば、面倒な話には加わらないほうがいい」と考え、思いついた、間違った教訓だ。


雑談力をつけるには本を読むことが近道だ。その場合のジャンルは2つある。ひとつ目は、学術書の内容をわかりやすい言葉で言い換えた教養本だ。特に経済学、歴史に関する本を読む。そうすれば、イスラーム教徒を相手に豚肉や酒の話をするというような初歩的なミスは犯さない。2つ目は小説とノンフィクションの文学作品だ。ノンフィクションでは、自伝、評伝、当事者手記がいい。一人一人の人生には、時間的・地理的・能力的に限界がある。だから、小説やノンフィクションで様々な人生を代理経験するのである。


お酒が入ったらバカ話に徹するくらいでちょうどいい。会社の愚痴や誰かの悪口を繰り返すような飲み会なら最初から参加しない。とくに誰かの悪口に下手にあいづちを打ったりすると、後で自分が言ったことにされちゃうなんてことだってありますよ。


僕がおすすめするのは、古典の名著を多く読むこと。古典には、人類にとって普遍の悩みや葛藤が描かれています。登場人物の心の動きを追体験しておくことで、実際に同じような場面に出会ったときにも、免疫力がついている。人間関係に対する強さが磨かれるはず。


僕が、交渉事において「こいつは手ごわいな……」と感じさせる相手はどんなタイプか。でかくて見た目が怖い人? いえいえ、むしろその逆。一見腰が低くて、ソフトな印象の人ほど、じつは手ごわい。戦闘的な雰囲気はゼロなのに、気がつけば相手にペースを握られていた、なんてことはよくありました。


問題、悩みを吐き合えばこそ、飾らない、素で付き合える仲間同士にもなれる。結束が高まれば、さらに深い問題を共有することもできる。そうやって、仲間の助けも借りて、問題をひとつひとつ何とか解決していくことで僕たちは成長する。問題と向き合うことで、人間力を強くすることができる。


深刻な問題を解決するためには何が必要なのは、仲間たちと問題を共有すること。普遍的な問題は、自分ひとりが直面しているわけではなく、みな同様に心に抱えているんです。だからこそ深刻な問題をわかち合える仲間がいるかどうかが、ひいては、その人の問題解決力となっていく。


外務省で働いていた頃、部下を見分けるのに「小さな嘘をつかないか」「約束を守れるか」で判断していました。嘘をつく部下は要注意。小さなごまかしをする、約束を反故にする人はいつか大事な場面でミスを犯す。


相手がどんなものにとらわれ、何に偏見を持ち、何を差別しているかというのは、その人の教養を見ればわかります。教養のある人物ほど偏見と差別意識が少ない。ありのままに相手を受け入れられる人だと思う。


貫かなければならない信念というものが、生きていくうえで、どれくらい必要だと思いますか? 僕は絶対譲れないもの、許せないものなど、この世の中にそんなに多くないと思う。本当に守りたいものが何かを確信している人なら、ほかのことには上手に妥協できるし、それがうまい生き方だと思う。


結局、人を見た側で判断するということはショートカットなんですね。できるだけ短い時間で判断しようとする。でもそこに落とし穴があるんです。いろんな隠れた情報を見逃してしまう。だから相手の本質を見誤ってしまうんです。みんな、じっくり人を見て判断することが面倒くさくなっている。危険ですね。


社会で生きる限り、僕らは常に何かに揉まれながら生きていく。若い頃はむしろ多少ドン臭くて、周囲から突っ込まれやすい人物ほど伸びたりするものです。ダメな部分を隠さずに、努力しようとする人物は、上から見たら応援したくなるし、可愛がられ、結局得をします。


効率的に外国語を身につけたければ、お金を払ってスクールに通うことが最低条件。理想はマンツーマンのスクールだ。先生はたんにネイティブであるだけでなく、トップクラスの教育を受けていることが望ましい。そうなると先生にふさわしい人材が限られて、料金も跳ね上がるが、それでもかまわない。学習にかけられる時間には限りがあるのだから、足りない時間はお金で買うしかない。


綱渡りで仕事するのはリスクが高いという声もあるだろう。だが、たとえ綱渡りでも、落ちなければ問題はない。綱から落ちたときのためにスケジュールにバッファを多めに入れる人もいるが、入れすぎると緊張感が失われるリスクがある。むしろ予定を詰め込んでギリギリの状況に追い込んだほうが、いい仕事ができるはずだ。


「明日できることも今日やったほうがいい」という意識が強いと、いまやるべき緊急の仕事と、明日やっても間に合う仕事の区別が曖昧になってくる。その結果、本来なら「先送りしてもいい仕事」まで「いまやるべき仕事」に見えてきて、「目の前にこんなたくさんの仕事がある。どうしよう」とパニックになってしまう。大切なのは、「明日できることは今日やらない」という意識を持つことだ。その意識を持つことで仕事の緊急度を冷静に判断できるようになる。


50代に入ってから新しい人と出会っても、得られるものはほとんどない。それよりもいままで培ってきた人脈を掘り下げて人間関係を熟成させたほうがいい。いい年齢になってからも人脈開拓に夢中になっている人もいるが、それはこれまでろくな人脈を築いてこなかったことの裏返し。


仕事が立て込んでくると、終わった仕事のことは忘れて早く次に進みたいと考える人がほとんどだろう。しかし、それではいつまで経っても時間の使い方が上達しない。忙しくても必ず一日を振り返り、どこかにムダはなかったかとチェックしてこそ時間の使い方がうまくなっていく。


インプットの時間は一日4時間以上、意識的につくっている。


原稿を書くのに適しているのは、夜より朝だ。夜はどうも感情的になりやすく、原稿が荒れてしまう。あえて攻撃的なものを書きたいときは別だが、基本的には朝書いたほうが質のいいものができる。


ムダをあぶり出すには、行動を書き出して可視化することが大切だ。無意識のうちにやっているムダは、頭の中で考えるだけではムダと認識できない。一日の行動を具体的に書くことで、改善の余地があるかどうかを客観視できるようになるだろう。


毎日の行動をノートに書き込むことはムダにならない。一日の行動を振り返ることで、不要な仕事の存在や非効率な時間の使い方を把握できるという効果があるからだ。


夢や目標は、基本的に自分の頭の中に刻み込まれているはずだ。書かなければ達成できない夢や目標は、おそらくどこかに無理やウソがある。設定から見直したほうがいいのではないだろうか。


手帳は頭で覚えていられないものを補完的に記録するためのツールであり、頭の中に明確に存在しているものをあえて手帳に書く意味はない。


私が使っているのは、博文館新社の2年手帳だ。1年手帳は翌年の3月くらいまでしか予定を書く欄がないため、年の後半に入ると1年先の予定を書き込めなくなる。一方、2年手帳を1年交代で使えば、年末になっても翌年末の予定を書き込める。


デジタルツールは物理的な限界がなく情報を貯め込めるが、後で使わない情報をとっておいても意味はない。自分が消化できる情報容量を考えたうえで、入れる情報の取捨選択をしよう。


予定はデジタルで管理したほうが効率的だという人もいる。私もそう考えて試した時期があったが、かえって時間がかかって効率が落ちてしまった。チームでスケジュールを共有しなければいけない立場の人はデジタルが便利かもしれない。しかし、私のように個人で完結して仕事をしていると、予定の共有は必要ない。


直近だけでなく2~3カ月先まで予定を書き込んでおけば、先を見据えた管理ができる。


締め切りやアポの予定、電話の内容を書き留めたメモや、次の単行本の構想まで、すべて一冊のノートに記録しています。自分が何をしたか、これから何をしなくてはいけないかは、ノートを見ればすぐにわかります。


僕自身これまでの人生で、たくさんの人と出会い、成長することができた。人生の奥義を、僕は多くの人たちから学ばせてもらった。幸運な出会いもあったと思いますが、同時に自分のなかにも、それを学びたい、吸収したいという思いがあった。


40代こそメンターが必要。40歳というのはちょうど折り返し地点。様々な転機が訪れる時期。そんなときに身近にお手本になる人物がいるのといないのとでは大きな違いがある。


拘置所では、物事はわかりやすくやらなければいけないと決めていました。悪いことをしていないと思うのだったら、最後まで争うと。とにかく、わかりやすくやることが、次の人生のやり直しのためには絶対必要だと。


語学というのはメンテナンスしてないと、いくらでも錆びちゃうんです。いまは、プラハのカレル大学出身の先生についてチェコ語の、モスクワのバウマン工科大学を卒業した先生についてロシア語のメンテナンスをしています。


よくネットにのめり込んでいる人がいますが、ともするとネットは人の感情に火をつけ怒りを増幅させます。だからこそ僕たちは気をつけないといけない。怒りに呑み込まれず、それとどう向き合い、コントロールするか。怒らないで問題解決するテクニックをぜひ身につけてください。


初歩的なミスや小さな嘘ほど致命傷になる。早いうちに仕事の悪い癖は直さなければならない。そのためにあえて上司は部下を怒鳴ることも必要。ただし本気で怒るのはできるだけ少ない方がいい。年に1回か2回。それ以上になると、たんにキレやすい人になってしまう。


よく仕事仲間とは頑なに飲みに行かないと決めている人がいるけど、もったいない。自分の行動に壁を作って、いろんな誘いを断っていたら、面白い人や自分を成長させてくれる人に出会う確率は確実に減るでしょう。結局、仕事も人生もつまらなく、細いものになっていくんじゃないでしょうか。


たいして仕事を抱えていないのに、なぜか一杯一杯の人がいるでしょう。そういう人は、明日できることと今日やらなきゃいけない仕事が同じ大きさに見えているんじゃないかな。仕事の遠近感がないというか。だからすごい量の仕事を抱えている錯覚に陥ってパニックになっちゃう。


抱えている連載が月に約60本、400字の原稿用紙にすると毎日平均30枚以上、月1000枚書いています。ただし、物書きになって最初の頃は月に30枚書くのも大変だった。それもこれも来る仕事を断らずに、自分に負荷をかけていた結果だと思っています。


じつは上司は、イレギュラーな仕事ほど部下がどうこなすかを見ている。本来の自分の仕事は誰でも緊張感を持って真剣に取り組む。でも急な用事や雑用を嫌がらずこなしてくれる部下こそ上司は信頼するんです。


明日できることは今日やらない。皆、「今日できることは今日やれ」って教えられるでしょ。逆なんですよ。というのは明日できることを今日やっていたら、今日やらなきゃいけない仕事が滞ってしまうことがある。仕事量が増えてくるととくにそう。


自分の周りにバリアを張って、自分と違う相手、違う考え、違う生き方を排除すれば、それは確かにラクに生きられる。ただし、僕たちの成長はそこで止まる。なにより人生の出会いも、経験もエピソードもないなんて、一体何のために生きているんだか。


最初からある程度器用にこなす人が伸び悩み、逆に最初は鈍くさい人のほうが大化けすることはよくある。結局そういう人物は叱られながらも、上から教えてもらえる。つまり何かしらハンデがあるというのはプラスに転化できる。


お金は幸福を得るための「必要条件」ではあるけれど、「十分条件」ではない。人生上、どんなことにもお金はついて回る。けれども、お金だけで幸せになれるわけではありません。むしろそれによって争いや不幸が生まれることもある。


佐藤優の経歴・略歴

佐藤優、さとう・まさる。日本の作家、官僚。東京出身。同志社大学大学院神学研究科終了後、外務省に入省。イギリス、ロシアの日本大使館に勤務したのち、外務省国際情報局分析第一課主任分析官として対ロシア外交に携わる。背任と偽計業務妨害容疑で有罪が確定し外務省を失職。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞、『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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