名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

佐久間俊行の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

佐久間俊行のプロフィール

佐久間俊行、さくま・としゆき。日本の経営者、空手家。フィットネスクラブやカフェなどを展開するイチゲキグループのCEO(最高経営責任者)。国際空手道連盟極真会館総本部正指導員。東京都出身。18歳で極真会館に入門。その後、道場経営を経てフィットネスクラブイチゲキを創業し、カフェなどにも事業分野を広げた経営者。

佐久間俊行の名言 一覧

私に圧倒的に不足しているのは経験です。とくに失敗の経験が不足しています。そのため、経営者やプロスポーツ選手など各界の一流の人たちとお会いしたとき、できるだけ失敗談を聞くようにしています。


最近では、社内で椅子とインターネットを廃止し、業務改善をしたという記事を読み、私も社内で実行しました。すると、スタッフがどんどん現場に出るようになったのです。


昔、ビジネス誌に尊敬する経営者のインタビューが掲載されていまして、その中に、「ビジネスマンとして上達する近道は、とにかく仕事の量をたくさんこなす。 圧倒的な量をこなすことで、見えてくるものがある。私はそのために職場の行き帰り以外は、ずっと仕事をしていた」といった内容が書いてありました。それなら、私は泊まりこんでみようと。尊敬する経営者の仕事量をまずは上回ってみようと、最初の6ヶ月間は家に帰らず、ずっと泊り込んで仕事をしていました。単純に忙しくて、家に帰る暇がなかったということもありますが、それは経営者として経験の浅い私なりの工夫と挑戦でもありました。


経営者として、リーダーとして私がビジョンを明らかにすることも大切ですが、それと同じくらい大切なのが、スタッフ一人一人のビジョンやニーズに触れ、それに近づくために力を貸すことを厭わない姿勢です。私のチームのスタッフは誠実で、今までの人生でなんらかの成功体験がある。また、なければ、これからそれを作っていこうと考え、向上心を持っている人ばかりです。『チーム一撃(イチゲキ)』にないものは、まず私が率先垂範する。つまり、背中を見せます。そうすれば、自ずとチームはひとつになります。


私もまだ20代ですし、スタッフの平均年齢も20代半ばです。生まれも育ちもバックグラウンドも違う人間同士がチームを組むとなると、気持ちのすれ違いも行き違いもあって当然です。初めのころは私も考えを一方的に押し付けていたこともありました。反発をされたこともありますし、衝突したこともあります。そんな時に心がけていたのはとにかく話を聞き、真剣に向き合うということです。しかし、そのピンチは半面、成長のチャンスでもあります。何を考えているのか、どうしていきたいのか、互いに腹を割って話す 絶好の機会でもあるからです。


経営者の責任は、道場での厳しい稽古や道場を経営していた時代に経験してきた重責とは全く種類の違うものでした。自分の行動、成功、失敗が、自分だけでなく、お客様はもちろん、スタッフの人生にも大きく影響を与える。応援してくれる師。支えてくれる人々への想い。そして、絶対に負けることが許されないという状況。肩がずっしりと重くなるということを初めて体感しました。


業績を上げることはもちろん、新規事業や組織改革、サービスの質を上げるための スタッフ育成、そして、従業員の生活と幸せを守ることが私の役割です。


以前は手帳にワクワクする予定を緑色のペンで書いていました。朝の読書も仕事も、普通の人には黒色かもしれませが、私にとっては緑色です。勉強や仕事は、自分が成長するための時間なので、楽しまないのはもったいありません。


人間の体は緊張と弛緩が表裏一体です。ぐっと緊張しないと緩まないし、緩まないと最大の緊張は生まれません。仕事も同じで、リラックスがないと最大の集中は生まれません。


スタッフと一緒にすごしてきた時間は裏切りません。時を共有する中で価値観や想い、夢を理解し合ってここまできました。そこには絶対の自信を持っていると同時に、まだまだと謙虚な気持ちも持ち続けています。私はこれからも経営者であると同時に、スタッフにとって力になれる仲間でありたいと思っています。どんなに優れた書籍にも書いていない、どんなに素晴らしい勉強会でも得ることのできない生きた学びに、一撃の仲間たちと日々触れていることに、私は誇りと自信を持っています。


道場も、お客様がいてお金の流れがあるのは会社と同じです。「道場=会社」ととらえて経営を学びました。
【覚書き|22歳で極真会館の道場ひとつを任されたときを振り返っての発言】


私が修行を積んだ極真空手は、世界的にも猛稽古で知られ、猛稽古を通して己の弱さと常に向き合わされました。その過程で私自身も克己心を養い、大きく成長することができました。舞台は変わりましたが、空手からビジネスという道へ変わっても、道はいまも続いています。


まず、経営者になるということは、早くに決めていましたから、 キャリアチェンジといっても、想像されるほど大きなものではありませんし、 競技選手として引退する27歳の時には、完全燃焼したことを実感しました。18歳のころから、具体的に何をすべきかわかりませんでしたが「28歳で経営者になる」というビジョンを持ち、10年間その準備を重ねてきました。
【覚書き|空手家から経営者になったことについて聞かれたときの発言】


佐久間俊行の経歴・略歴

佐久間俊行、さくま・としゆき。日本の経営者、空手家。フィットネスクラブやカフェなどを展開するイチゲキグループのCEO(最高経営責任者)。国際空手道連盟極真会館総本部正指導員。東京都出身。18歳で極真会館に入門。その後、道場経営を経てフィットネスクラブイチゲキを創業し、カフェなどにも事業分野を広げた経営者。

他の記事も読んでみる

伊藤正孝(税理士)

買い物はなるべくキャッシュで払う。お金を使えば財布の中身は減るので、出費を「見える化」するには現金が一番見えやすい。クレジットカードは出費の意識が薄れがちなので、使うなら控えを早く綴じて集計し、出費を見える化するといいでしょう。


亀山敬司

技術革新が業界の常識を変えていく。新しい技術に資金を投入し、そのユーザーの利用や購入データを分析することで新しいニーズが見えてくる。


武田双雲

本当は我慢していいことって一個もないと思うんです。「ノー」だったら、早く「ノー」と言ってくれよ、と。偽りのイエス、消極的なイエスが積み重なると、お互いに不幸せ。一番つらいのは、「ノー」と言い合えず、我慢して、一方が急に爆発してしまう状態ですよね。


池田匡弥

サントリーを退職し、自分で事業を起こしたのですが結果的に失敗しました。マンパワーに来たのは、自分が仕事をする上で挫折した経験があったため、求職者の方々の力になれるのではないかと考えたからです。


張本邦雄

創業者が東洋陶器という社名に込めた思いは、日本でつくった商品を東洋に広めて生活の向上に貢献したいというものです。早くから海外へ進出したのも同じです。企業規模の拡大よりも、「ちょっと変わったブランドだな」と思ってもらいたいのです。


荻野玲

間違えた事が分かった時に変える決断をするのもリーダーの重要な役割。


西山昭彦

マッキンゼーが世界一のコンサル会社と言われるのは、前例となる解決策のストックがあるから。自社になければ、社外の似たケースを真似してみましょう。


猪瀬直樹

もしキミが非難されたり悪口を言われたら、最初にやるべきことは、周りの空気に流される5割の人を味方につけること。この人たちは、明確な根拠がなくフィーリングでアンチに回っているだけなので、きちんと説明すれば、たいていは理解してもらえます。逆に、クレーマーやガンコ者など、自分がどう話してもコントロールできない相手にエネルギーを費やすのはムダ。この切り分けが、いつまでも怒りの感情を引きずらないコツなのです。


執行草舟

西洋では14世紀にルネサンスが始まり、文明の無限発展こそが善となり、そこから生まれたのが原子力や核兵器です。原子爆弾なんて、人間こそ神だと思わなければ絶対に生まれません。人間には生命保存本能がありますから、自分を抹殺してしまう武器は本来ならつくらない。なぜつくったかというと、我々自身が神だと錯覚したからです。そこに進化思想の間違いがあるのです。


バート・ヴォーフラム

前職でのこと。ある日系自動車メーカーとの取引で非常に難しい状況に陥り、私は責任者としてそのメーカーとの交渉にあたりました。確かに当社にミスがありましたが、先方にもミスが会った。だから電話で「我々のミスは全力で取り返します。ただし、そちらのミスも同様に修正してください」と言いました。通常、自動車メーカーと部品メーカーは主従の関係があります。先方は私の発言に驚いた様子でした。自らのミスについて指摘されるとは思っていなかったからでしょう。私のモットーは「公平であること」。結果として状況は好転し、そのメーカーとの関係はより強固になりました。いまでも良好な関係は続いています。


フランソワ・ケネー

富が農業の大きな原動力であり、よい耕作のためには多くの富が必要だ。農村は国家の真実の富の源泉である。農民貧しければ、王もまた貧しい。


戸倉敏夫

わが社の強みはなんといっても、時計の設計から製造まで自社単独でできる技術力にあります。