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伊集院静の名言

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伊集院静のプロフィール

伊集院静、いじゅういん・しずか。日本の作家、作詞家。山口県出身。立教大学文学部卒業後、電通勤務、CMディレクターなどを経て『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビュー。『乳房』で吉川英治文学新人賞、『受け月』で直木賞、『機関車先生』で柴田錬三郎賞、『ごろごろ』で吉川英治文学賞、『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』で司馬遼太郎賞を受賞。また作詞家としても活躍し、数々のヒット曲を生み出した。

伊集院静の名言 一覧

小説はリサーチするものじゃない。新しい世界をつくるものだ。何かが売れていたとしても、それには従わない。そのオリジナリティはそいつのものだから。


昔の人は「犬も歩けば棒に当たる」と言った。いい言葉だ。歩いていれば、棒に当たるんだよ。若い人間は歩かにゃいかん。


金は人がつくったものだ。そして、人がつくったもので、人が不幸になるのは最悪だ。金は確かに大事だが、人の品性、人格までも計るものじゃない。金に振り回されるな。


私は「人の行く裏に道あり、花の山」という相場師の言葉が好きだ。全員が「安全だ」と向かっている方向には、絶対に間違いがある。


上がっていく流れは、必ず下がる。その時は次の新しいものを書けばいいだけの話だ。


恩師となる人との出会いは誰にでも訪れる。大切なのは、損得の発想で人を選び、付き合わないことだ。損得の付き合いからは、心から笑い合える関係など、生まれない。


もし、いまの自分を改革したいと思う人間がいたら、何をしたらいいか。毎朝、いまより3時間早く起きることを1年間続けてみろ。必ず変わる。どこがどう変わるか? そんなものいちいち、君たちに教える必要はない。しかし、1年後には、何かきちんとしたものが手に入っているはずだ。


必ず逆転はきく。だから、じっくりフォームを作れ。その条件は、諦めないことと、安手を引かないことだ。45歳位までは、いくらでも巻き返すことができる。目の前にあるもの、甘いもの、安いものに手を出さないことだ。


若い人には、自分の将来を安易に「こうだ」と立てるな、と言いたい。一つの道をみつけ、20年、30年やり通せるのは5%以下の幸運な人で、残りの人はみな一緒。明日がどうなるかわからないところで生きていく。だからこそ、安易に「自分とはこうではないか」「自分にはもうできない」と思わないこと。


ギャンブルには「押していかなければ、夢を食っているだけ」という言葉があります。他人の負けをあれこれ解説するより、自分の考えで賭け、それで負けて悔しいと思う人の方が次の可能性があるのです。


私はギャンブル人生の中で、数多くの勝負師たちと出逢いました。彼らは皆、自分のフォームとパターンを持っている。賭け事では先駆者たる者が勝つのです。


哀しみのかたち、表情は、どれひとつとして同じものがない。幸せの風景は似通っているけど、哀しみの情景は全部違う。


生きるということは出逢うことだけど、同時に、出逢えばいつか別れる。別れというのは、生きることと併走している。


仕事は自分のためにするものではない。すべて誰かのためや、社会を豊かにするために行うものだ。だからこそ、歯を食いしばって打ち込む価値がある。


人生を果てしない道を進む車として考えた場合、仕事に対してはフルスピードで突き進んでみてほしい。フルスピードで打ち込んでいけば、他の人とは違う風景が見えてくる。


ある程度、もののできている人は、口には出さないけどみんな苦しい環境を越えてきている。それどころか、自ら苦しいことを選んでいたりする。


家族はやっぱり一緒に暮らすべき。家族が一緒になっていると、だいたい何とかなる。


たとえ今、逆境にあっても、それはチャンスだと思った方がいい。


苦境がなかった企業はほとんど伸びていない。逆境、苦境だけが企業を伸ばしているといってもいい。


人を助ける人間になれてないとダメ。仕事で成功した人にはそれがある。自分だけ良ければそれでいいという発想で仕事をしたやつは、必ず潰れている。


大人の男は、生き方の根みたいなところを外さないことが大事。「男はつらいよ」というのは素晴らしい言葉で、大したものですよ。


何かを成し遂げたければ、自分は途上だと考える。ひたすら目的地を目指す。そこに至って得られる実りにこそ、人生の価値があると思う。


「仕事が自分に合っていない」。よく耳にする不満だ。結論を言えば、自分に合う仕事なんてあるわけがない。私だってモノを書くのが大嫌いなのに、踏ん張ってやり続けている。


一文字一文字を埋める。書き上げる責任を果たす。これには地道さと無縁ではいられない。


許せないことがあるのは空気や水と同じように自然なもの。そう理解することが大切です。最もしてはいけないのは、許せない自分を「器の小さい人間」といつまでも悩むこと。許せないことに出合い、それを乗り越えていくことの積み重ねで人は成長していくのです。


苦しいこと、せつないこと、つらいことを経験していなかったら、申し訳ないけど一人前になりませんよ。


今、我々は何ができるかというと、新しい世代、それと今、一番働いている人たちにここは守れよと言い続けること。


そもそも小説というものは、人の人生を変えることなどできない。けれども、もし生きることが悲しみであるとしたら、悲しい思いを抱いている人に対して、小説は寄り添っていくことができる。読んで、こういう悲しい人もいたけれど、なんとか再生したのか、と。この先も、私はそういうものを書いていこうと考えている。


人間は、生きれば生きるほど失うものが多い。もしかすると、生まれた時点から失うべく生きていくのかもしれない。私たちは、人生が悲しみで満たされているということを学ぶべきなのだろう。しかし、人はその悲しさを和らげるために、家族や仲間をつくる。


ギャンブルで壊れるヤツ、綻ぶヤツは必ず自分が強いという前提に立っている。すぐにギャンブルをやめられる人は、負けるのが馬鹿らしいと思うからじゃない。勝つ自信がないから、すぐにやめられる。だから、賭場には勝つ自信のあるヤツらだけが集まってくる。


30代から60代までというのは、本当にあっという間に過ぎる。「光陰矢の如し」は嘘じゃない。時には長い夜を過ごす日もあるが、若い人には「1日は長い。だが、30年、40年はあっという間だ」と伝える。この言葉の意味をよく考えた方がいい。


今度、私は、新しい挑戦として推理小説をやる。失敗するか、成功するかはわからない。そういう時は、失敗の確率が高い「そら見たことか」と笑われる危険のあるものを選ぶ。その中に「あれを見たか!」と言われるくらいの新しいものが生まれる可能性があるから。


私は60歳を機に仕事の量を倍にした。これだけの量をやるのだから、10作出せば3~4作は駄作が出るだろう。それでかまわない。平気でやっていこうという覚悟が、私の中にある。なぜなら、仕事を倍にした時、「失敗を恐れない」と決めたからだ。


苦しいこと、切ないこと、苦節を一つでいいから自ら取りなさい。人が遊んでるときに、なんで向かい風の中を歩かなきゃいけないんだと思うかもしれないが、まことに申し訳ないけれど、大昔からそれが若者を成長させる唯一の力なんだ。


週刊誌の連載をしていると、例えば今なら籠池(泰典)さんについて書いてくれとか言われるけど、そういうものは1年後に読んでもあまりピンとこない。事態は推移しているから。むしろ昔から連綿として変わらないもの、天地災害とか、生きることにまつわる悲しみとか、そういうものを書くべきなんだよね。


私が35歳でこれから何をして生きていくか決めなければならなかったとき、おふくろが「不得意なほうを選びなさい。そうしたらお前は少しは努力するから」と言った。それで小説家の道を選んだ。おふくろには感謝してる。


賭け事では、賭け金で儲けようとする額を低くするほど勝ち続ける確率が高くなります。賭け金を5倍にしようとする人よりは2倍を狙う人の方が勝つ。1.2倍ならさらに勝つ。勝負師たちは一発を当てにいくのではなく、勝てる確率が高いところで勝負する。だから強い。


「人の行く裏に道あり花の山」という言葉があります。大勢が目を向けていないところに大きなチャンスが転がっているという格言です。私の作品作りの姿勢も同じ。皆の向く方向に合わせて創作すれば、着実に売れると考えがちですが、そうした態度で書けば必ず失敗すると思っています。常に新しさを探し求めて綴ってきました。


朝起きた時いつも「今日だ」と思うんです。昨日どれだけ飲んで二日酔いでも、「今日だ。今日のはずだ。今日は今まで書けなかったものが書ける日だと信じよう」と。今日は必ず自分にとって大事な1日になるぞということを、あえて思うようにしているんです。


逆境は、自分だけにあるものではないと思うことが大事。苦しいことが人生では当たり前。その時は、何で俺だけこんなふうになるんだろうなと思ったんだけど、3年、5年とたっていくうちに分かってくるんです。周りにも同じような境遇の人がいるのに気が付くんです。


男なら、この仕事が自分の得になるか、損になるかではなく、約束事を先に選ぶべきだ。時々、成功した企業家が功利を語っているが、読んでみれば、何を言ってやがるってことがほとんど。成功した人間の狭い了見だ。エリートの語ることが正しくないと思って、ついて行くな。仕事で成功した人がいい人間という発想もやめよう。


昔、酒場で知らない人に、「あなた、若いかみさん亡くしたらしいね、いや実は俺もね」などと話けられても、最初の頃は同情とか悪い意味にしか受け取れなかった。「俺の気持ちが分かるものか」と。だけど七回忌を迎える頃は、知らない人に「大変でしたね。頑張って下さいよ」と言われると、素直に「ありがとう」と言えるようになった。かつ、それまでカッコつけてできなかったのに、自分も哀しみに沈んだ人に自然に声をかけられるようになっていた。時間がクスリとはよく言ったもので、別離をしたことで何かが備わる。これが「さよならの力」。


50代後半に「60歳になったら仕事を倍に増やす」と決めた。2倍の仕事を受けるために、あえて「3倍やるぞ」と公言したら、本当に3倍になってしまった(笑)。それ以来、早起きを心がけ、目が覚めたら原稿を書く生活に切り替えた。3倍の仕事量に慣れるまで、1年半はかかった。すると、不思議なことに、いままでより本が売れるようになった。時速200キロで走れば、車窓の風景は見にくいが、その先にある、すべてをかけて打ち込んだ人間にしかたどり着けない場所に行ける。


許せないことを乗り越えるには、まずは許さなくていいと考える。すると気が楽になる。そして許すとも考えない。「許すとは 高き姿勢や 夾竹桃(きょうちくとう)」。エッセイで紹介した俳句にもあるように、許す行為にはある種の傲慢さが伴います。「許してもいいかな」と緩く考えると、30年間許せなかったようなことも、許せるようになってくる。


人生は運で決められている。その運とは物事の見方です。無事故を続けてきた知り合いのハイヤー運転手が、1週間のうち3回も追突されることがありました。一緒に厄除けに出かけるという話を、ある有名芸能事務所の社長にしたら、「それだけうまく当たっている今こそ、何でもすべきだよ」と返されました。「スターを輩出し続ける事務所のトップは、やはり違う」と感心させられました。


私は震災を経験していることもありますが、家庭がある人には特に言いたいことがあります。1度は必ず、最寄りの避難所を家族で見に行けということ。例えば、2000人を収容することを想定していた避難所があります。ひとたび災害などが起きたら、5000人とか8000人が集まって来ちゃうものなんです。人が集まって膨張状態となり、まさに阿鼻叫喚の世界になるわけです。そんな時に家族を捜そうとしても、とても難しい。名前を呼んでも全然聞こえない。だから、週末にでも家族と一緒に避難所を見に行って、「何かあった時はこの木の下に来るんだぞ」と必ず子供と奥さんとおじいちゃん、おばあちゃんに言っておくこと。そこでまず会って手を握れば、その後は何とかしようということになる。捜し続けるという作業は、途方もなく疲れるものなんです。奥さんや子供はパニックになりやすいから、これは絶対やっておかなきゃだめ。


私が生活を大きく変えたのは、人の死がきっかけだ。弟が海で死んだ時、彼の日記を読んだ。私は家業を継がないと言って父と激しく揉めていた。日記には弟が自分が継いで、兄には好きなことをしてもらいたいと書いてあった。ところが、彼は冒険家になりたくて、本棚にはその手の本がずらりと並んでいたんだ。明日を生きようとしていたヤツが突然死んでいく。生きるという条件の中には、1分後にそれが絶たれることも含まれている。それを2、3の近しい人の死で知ったことで、私は好きなことをやってやろうと決めた。


阿佐田哲也さんは「ギャンブルで大事なのは、自分のフォームを作ることだ」と言った。競馬や競輪など3分先、5分先の幻想を追いかけるレースを前に、場が荒れるか、荒れないかはわからない。だから、自分で決める必要がある。決めて打つ。たとえば、100万円の金をこの一点に打つ、と。10万円ずつばらして買い、どれか当たればという賭けは必ず外れるからだ。それは鳥を撃つのに散弾銃を使うようなもんだ。小鳥は撃てるが、大きな獲物は獲れない。大物を狙うなら、散弾銃の発想をしてはいけない。選択には常にリスクがなければ駄目だ。


前の女房(夏目雅子)の死の直前、好きな食事をさせたいと銀座に買い物に出かけました。でも最後に飲ませてやりたいと思ったワインは、お金がなくて買えませんでした。天下の女優に中程度のワインを飲ませてやることができなかったのです「もう少し高いワインを飲ませてやりたかった」。彼女が死んだ後、悔やみながら、ある決心をしました。「自分が死ぬまでの間に、二度とお金に揺さぶられない人生を歩む」と。その時に自分にお金があろうとなかろうと、どんなに現金を積まれても「それがどうした」と微動だにしない。そうした姿でいられる人間になると。同時に一切の物欲を捨てましたこれ以上はない命を救えなかった自分には、命以外の物を求めようもないと思ったのです。こう覚悟してからは、不思議なもので自然とお金が入ってくるようになりました。でもお金が入っても全て吐き出すから、税理士からは経費の使い過ぎと注意されます。


妻の死も大きかった。入院していた209日間、私は体の中にある全部を「必ず生還させる」というところに向けて生きていた。しかし、妻の死は唐突に訪れた。私は35歳で、これから先のことも何もかもどうしたらいいのかわからなくなった。ぽっかりと体の中に空洞ができて、埋めるものは何もなかった。なぜ、彼女が死んだのかと考える。眠れなくなった。「なぜ、私が生き残ったのか」、と途方に暮れる。そういうことを埋めるために一番いいのは私の場合、男だったから、酒だった。とげとげしくなったものを和らげてくれる。ただし、飲み過ぎると体を壊す。私は体が強かった分、アルコール依存症の重度のところまでいったが、だいたいはその前に倒れる。ひどく心配し、救ってくれたのが肉親であり、恩師や友人、後輩だった。


転職をする時に「安心がある」「向こうは給料が2万円多い」と。そんな基準で動いていたら、花の山は見つからない。連中は鼻くそ目くそみたいな金で、人を機械として買っている。判断を誤るな。落ちこぼれでも、失敗者でも、若いうちはそれでいい。失敗したほうが得るものも多いから。甘い話の先には必ず罠がある。


伊集院静の経歴・略歴

伊集院静、いじゅういん・しずか。日本の作家、作詞家。山口県出身。立教大学文学部卒業後、電通勤務、CMディレクターなどを経て『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビュー。『乳房』で吉川英治文学新人賞、『受け月』で直木賞、『機関車先生』で柴田錬三郎賞、『ごろごろ』で吉川英治文学賞、『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』で司馬遼太郎賞を受賞。また作詞家としても活躍し、数々のヒット曲を生み出した。