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伊藤正明(経営者)の名言

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伊藤正明(経営者)のプロフィール

伊藤正明、いとう・まさあき。日本の経営者。「クラレ」社長。大阪大学基礎工学部卒業後、クラレに入社。南通可楽托蕾服装有限公司 総経理、クラレトレーディング経営企画部長、クラレ化学品カンパニーメタアクリル事業部長、執行役員、機能材料カンパニー副カンパニー長、機能材料カンパニーメタアクリル事業部長、常務執行役員、経営企画本部長などを経て社長に就任。

伊藤正明(経営者)の名言 一覧

議論に肩書・ポストは関係ありません。その課題について一番考えている担当者が一番偉く、その人に教えてもらう方がいいはず。


社長は必ずしも社内のすべての課題を把握しているわけではありません。会議では、最初に現場の担当者が発言するように促します。


中国・南通での縫製工場の立ち上げたときのことです。糸の開発や生産をしてきたクラレにとって、縫製は未経験の事業。社内にはノウハウや知識を持っている人は誰もいません。取引先や外部の技術者に聞かないと何も分からない。「すいません。教えてください」と頭を下げる日々でした。そこで、素直に教えを請う大切さを学びました。その経験は今も生きています。


工場で労務管理を手掛けていた当時の部下はおやじと同い年。「あなたに何が分かるんですか」と食ってかかられることが多く、そんな時は一晩中膝を突き合わせて、とことん議論しながら信頼を深めていきました。


伊藤正明(経営者)の経歴・略歴

伊藤正明、いとう・まさあき。日本の経営者。「クラレ」社長。大阪大学基礎工学部卒業後、クラレに入社。南通可楽托蕾服装有限公司 総経理、クラレトレーディング経営企画部長、クラレ化学品カンパニーメタアクリル事業部長、執行役員、機能材料カンパニー副カンパニー長、機能材料カンパニーメタアクリル事業部長、常務執行役員、経営企画本部長などを経て社長に就任。

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