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井手明彦の名言

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井手明彦のプロフィール

井手明彦、いで・あきひこ。日本の経営者。「三菱マテリアル」社長・会長。福岡県出身。早稲田大学第一商学部卒業後、三菱金属(のちの三菱マテリアル)に入社。総務部長、取締役、常務、副社長などを経て社長に就任。そのほか、セメント協会会長、日本鉱業協会会長などを務めた。

井手明彦の名言 一覧

決断するのは経営者ですが、その方針を現場に落とし込むのは課長、部長といったミドルの仕事です。2つがかみ合ってこそ、会社は良くなる。


我々は決断しなければならなかった。経営の非情さを学んだ。
【覚え書き|マレーシア・マムート銅鉱山撤退について】


厳しい国際競争のなかで三菱マテリアルが存続できているのは、マムート銅鉱山からの撤退や金属・鉱業セメントの合併といった大きな経営の決断があったから。


経営計画は会社の命運を握る大事な方針です。今思えば、最初から関係者とひざ詰めで議論し、積み上げていくべきでした。半年後、姫野庄三委員長には「もっときちんと説明してくれれば協力したのに」と言われました。会社を良くしたいという思いは共通だったのです。
【覚え書き|経営計画部時代を振り返っての発言】


井手明彦の経歴・略歴

井手明彦、いで・あきひこ。日本の経営者。「三菱マテリアル」社長・会長。福岡県出身。早稲田大学第一商学部卒業後、三菱金属(のちの三菱マテリアル)に入社。総務部長、取締役、常務、副社長などを経て社長に就任。そのほか、セメント協会会長、日本鉱業協会会長などを務めた。

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