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井川幸広の名言

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井川幸広のプロフィール

井川幸広、いかわ・ゆきひろ。日本の経営者。エージェント・人材ネットワーク会社「クリーク・アンド・リバー」社長、プロサッカーチーム・サガン鳥栖を運営する「サガンドリームス」社長。佐賀県出身。高校卒業後上京。毎日映画社撮影部に契約社員として入社。その後独立してフリーのディレクター、マーケティングコンサルタントなどを経てクリーク・アンド・リバーを設立した。

井川幸広の名言 一覧

夢はただ見るのではなく、叶えようとする情熱を持たねばなりません。最初は小さくておぼろげでも良いのです。そこに向けて情熱を持って努力し、到達した時に、また次の夢が現れて来るでしょう。それを達成すると、更に次の夢が出てくる。そうやって夢が大きくなることは、自分の世界が広がり、器が広がったことの証です。


情熱が無くなったらおしまいです。経営をしていると紆余曲折ありますが、一番求められるのは「これをやったら皆が喜ぶ」ということを信じて、誰よりも情熱を燃やせるかどうか。そうした情熱を持てなくなったら、社長交代でしょう。


企業と研究者をマッチングすると、そこでインスピレーションが生まれる。


全ては想いから始まる。諦めず想い続けることで夢は必ず実現する。


わが社では他社との差別化戦略は一切行っていません。いかにクリエイターの夢を実現するか、クライアントの価値に貢献するかの二つしかありません。この二つを突き詰めていくと、結果として他社と差別化されますが、それを目的とはしていないのです。


私自身、辛いときほど、原理原則を徹底してきました。


一人一人の力は弱いかもしれませんが、チームを組めば、パワーアップしていける。


当社のプロの定義は3つ。1つ目は世界中で活躍できること。2つ目はその人しか出来ない、その人の個性が活かされた、機械では絶対できない職種。3つ目は知財を持っていること。


会社の成長に合わせて本来やりたいことに近づいていった。


疲れては力が出せない。適切な休憩があってこそ、アイデアを絞って良い作品ができる。


私は起業する以前、フリーランスでドキュメンタリー番組のディレクターとして働いていました。その折に感じていた「こういうサービスがあったらいいな」という想いを元に、28歳で会社を興しました。


会社は成長していくことが宿命のようなものです。会社の成長は人の成長でもありますから、いかに次世代の経営者を作り出すかが今の最大のテーマです。


世間に名の通った有名な人のアイデアは表に出やすいものですが、そうではない人たちであっても面白いアイデアを持っていらっしゃいます。彼らのアイデアを世の中に浸透させる仕組みを構築し、表に出せるようなビジネスモデルを作ることが重要なのです。


一人の天才のアイデアは組織になると埋没してしまいますが、世の中に一人のアイデアが浸透すれば、もっと豊かになると思います。個人の持っている才能をいかに見出して世の中に広めるか、または社会に貢献させるかという役割を当社は成し遂げたい。


准教授や講師の方が一度産業界に入り、実務を経験した後、大学に戻って研究に生かすような流れをつくりたいと考えています。授業を受ける学生側にとっても臨場感のある学びを提供できますし、こういった大学と産業界の往復、流動性が実現されれば真の産学協同が達成できるのではないかと思います。


日本のクリエイターが世界に通用するには、もう一歩アイデンティティが表現される必要があります。クリエイティブとは、すなわち文化です。日本人の中に日本人としての誇りや愛国心がなければクリエイティブの中にも、個性が発揮されません。誰がやっても同じような作品ができてしまうなら、日本人は負けてしまいます。日本画だったら歌麿が書いたと一目瞭然でわかる、それくらいの個性がほしいのです。


原因がわからずに会社が伸び悩んだことはありませんでした。会社を興して初めて減収減益だった13期も、あくまで新しい事業のための痛みの時期で、どう対応すればいいかわかっていました。常に不明瞭な箇所を作らずに、きちっとやっていけば、原因がわからずに伸び悩むことはありません。


会社を興して5年目くらいまでは、資金繰りに悩まされました。支払いに毎月追われ、そのたびにお金を工面しに行っていました。非常に困難な状況でしたが、めげずにやってきたからこそ今があります。


起業してから最初の1年は仕事がほとんど無く、様々なバイトを掛け持ちして食いつないでいました。それから徐々に仕事をいただけるようになり、会社が大きくなればなるほどお金がかかるものだと実感したものです。銀行から1億円を借金した時はドキドキしましたが、開き直りの精神で乗り切りました。


メディアがどのように変化しようとも、クリエイターの重要性は変わりません。コンテンツを作り出すのは、機械ではなく、人間だからです。


非常に優れたクリエイターが多いのに、業界の構造などで彼らの才能が活かしきれていない。私はその環境をより良く改善して、クリエイターを助けたいと思ったのが、創業のきっかけになりました。


ネットワークを増やしたいのは研究者です。日本には博士号を持っている方が13万5000人おり、彼らがもっと企業開発のエンジンにならねばならないのですが、産業界との連携が上手く取れていません。中小零細も含めた企業が大学と手を結び、共同での商品開発まで繋げられれば、必ず面白いアイデアが発掘されると思います。


人は、最初は当然生活のために働きますが、それが自己実現のために働くようになり、最終的には名誉のためというように、目的がフェーズによって変化します。今の日本では、定年退職をして働く目的がお金から自己実現に移った時のセーフティーネットが全く無いので、我々が仕組みを作りたいと考えています。


世界に誇る日本の知的財産の活用が、まだまだ進んでいません。大学に埋もれたアイデアやノウハウをいかに企業と結び付けて収益化し、知的財産を持った人たちに還元できるか。大学が持つ知的財産を「この会社と結び付けたらどんな商品ができるだろう」と常に考えながら、当社の研究開発知識が豊富なコンサルタントが企業と研究者の間に入ってプロデュースしています。


私がディレクターとして働いていた時も、いつも後悔の連続でした。毎回「もっとこうしていれば良かった」と思ったものです。しかし、ここまで歩んでくるのに一度たりとも情熱を失ったことはありません。今は、50分野のプロ人材をネットワークするという夢に向かって邁進しています。これが達成できると、きっとまた次の夢が現れて来る。今度はプロフェッショナルの方々が生涯に渡って働くためにはどうすればいいか、定年退職をしない仕組みをどのように作るかという永遠の課題に本格的に着手せねばなりません。


研究をされている大学教授の方が定年退職を迎えると、日本の中には自らの知見を活用して生涯暮らしていけるような環境が無いため、海外の研究機関に招聘されるケースも少なくありません。しかし、仕事が生きがいという人も多い中、定年で割り切るのはいかがなものでしょうか。そこで私たちは、定年退職の無い仕組み作りにも挑戦しています。


夢の一つとして、若い人たちが弊社ネットワークに集まってくる仕掛けを作りたいと考えています。たとえば客船を購入して、世界中の大学生を無料で招待し、研修して帰ってもらうなど面白いでしょう。感受性の高い大学時代に世界中の同年代と3週間缶詰にすれば、一生の思い出になると思います。様々なアイデアも飛び交うことでしょう。それを10年間続ければ、その人脈が世界中に散らばって、あるいは結び付き、何か大きな潮流となるかもしれません。今のところ私に見えている夢はそこまでですが、もっと若い人がその夢の続きを描いてくれれば良いですね。


経営者になっても、仕事はディレクターのときとまったく同じです。たとえばディレクターは、「こうすれば皆が感動する」という題材を選びますよね。「最初はすごく苦労して頑張って、しかし上手く行かず、それでも最後にはチャンスを掴んで成功した」というストーリーが重要です。このギャップから、テレビを見ている人は勇気と元気をもらいます。これを会社で表現するのが社長ですので、根本は変わりません。40年間医師として働いている方が、「本当に良い人生だった」と言えるような仕組みをどうやって作るか。この感動作りを長期的に考えて動いているのが弊社で、それを凝縮して1~2時間の番組としているのがテレビ。結局は表現方法の違いであって、私のコアは昔も今も、全てヒューマン・ドキュメンタリーなのです。


私たちの根幹となっているのは、22万4000人のプロフェッショナル人材ネットワークと2万社を超えるクライアントネットワークです。プロたちの知恵を引き出し、弊社子会社やクライアント企業と連携させることで製品やサービスを抽出、商品化に漕ぎ着けるのが我々の仕事になります。たとえば、ドローンを使って何かビジネスをするとしましょう。ドローン本体ならば中国製のものが溢れています。しかし問題は、ドローンを使って何をするかです。「特殊なセンサーや超音波装置をコンパクトにして取り付けることで、コンクリートの腐食状態が分かる」といった知見に関しては、それを研究している先生方の右に出る者はおりません。そうした知見を駆使した商品やサービスを作ることで、先生方には利益が入るし、新しいマーケットを創出することも出来るのです。


私たちは時代のトレンドを追いかけてきたわけではありません。事業には「お金を出す人」「汗をかく人」「知恵を出す人」という三者が必要です。日本の場合「汗をかく人」ばかり重用され、「知恵を出す人」が正当な報われ方をしていないという問題意識がありました。この国は知財に対する評価が低すぎる。知財を持っている人たちは自分の持つ権利をアピールするのが苦手で、フリーになった途端に不利益を被ることもあったのです。そこにスポットを当てようという考えが前提としてあります。


井川幸広の経歴・略歴

井川幸広、いかわ・ゆきひろ。日本の経営者。エージェント・人材ネットワーク会社「クリーク・アンド・リバー」社長、プロサッカーチーム・サガン鳥栖を運営する「サガンドリームス」社長。佐賀県出身。高校卒業後上京。毎日映画社撮影部に契約社員として入社。その後独立してフリーのディレクター、マーケティングコンサルタントなどを経てクリーク・アンド・リバーを設立した。