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井上義久の名言

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井上義久のプロフィール

井上義久、いのうえ・よしひさ。日本の政治家。富山県出身。東北大学工学部金属加工学科卒業後、公明新聞記者を経て衆議院議員総選挙に当選。公明党選挙対策委員長、公明党政務調査会長、公明党幹事長、公明党副代表、公明党総合選挙対策本部長などを務めた。

井上義久の名言 一覧

災害の現場の数だけ、被災者の数だけ課題があるということを政治家が忘れてはならない。だから、やっぱり現場に行き、あるいは現場に踏みとどまって常にニーズを把握し、そのニーズに市町村や県や国が持っている資源を総動員してどう応えるかということが災害対応の一番の基本だと思います。


国民の支持がなければ政治の安定はないのは当然。世論に常に耳を傾けモノを言う。そういう意味で公明党の役割は非常に大きい。公明党は地方議員の地域のネットワークがあって、そこから民意が集約されてくる。その場では当然、国の政策についても自民党以上に説明責任が求められている。ネットワークがあるゆえに、自分たちの日常生活にどういうふうに影響するかということを常に考えている人たちが我々を支え、同時に厳しい意見や本音も言われる。その中から民意を感じ取っていく。


私が、津波の被害で一番深刻に思っているのは、ほかの災害と違って一瞬のうちに家族を失う、地域の共同体も失う、地域の文化や歴史を失う。家を失った人は自分のたとえばアルバムなど自分が生きてきたことの証をすべて一瞬のうちに失う。ある意味アイデンティティを喪失してしまうことなんです。被災した人が人間としての心の復興を成し遂げて、アイデンティティを見いだして、自分が生きる意味を見いだしていくかというのは、やはり寄り添い続けるしかないんです。


西日本豪雨災害で国はプッシュ型の支援をしましたよね。ニーズがあったらこちらから行くんじゃなく、必要だと思うものを水から食糧からプッシュ型でどんどん運び入れると。しかし、ある程度たったら今度はミスマッチが起きてきます。そこにはきめ細かくマッチングをするような、国と市町村や県との連携が必要です。災害支援とか復旧とか復興には、もう少しリアリティが必要ですが国にそれが足りない。ずっと続けているとミスマッチが起きて結局被災地に不満が出てきます。


東日本大震災から7年4か月たっていますが、私自身は、2つの「風」との戦いだということをずっと言ってきました。1つは「風評被害」もう1つは「風化」です。残念ながら風評被害はいまだに続いている。特に福島の農業者、漁業者、あるいは観光その他で、いまだに風評と戦い続けている。これは終わりのない戦いだと思いますよ。もう1つの風化ですが、やっぱり政治の現場で確実に風化していますね。国会に特別委員会がありますが、開かれる回数も非常に少ない。私は幹事長として毎回代表質問をしていますが、毎回東日本大震災にかなりの時間を割いています。この風化とどう戦うかが私自身のテーマでもあります。


井上義久の経歴・略歴

井上義久、いのうえ・よしひさ。日本の政治家。富山県出身。東北大学工学部金属加工学科卒業後、公明新聞記者を経て衆議院議員総選挙に当選。公明党選挙対策委員長、公明党政務調査会長、公明党幹事長、公明党副代表、公明党総合選挙対策本部長などを務めた。

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