井上和幸(経営者)の名言

井上和幸(経営者)のプロフィール

井上和幸、いのうえ・かずゆき。日本の経営者。「清水建設」社長。東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科建設工学修了後、清水建設に入社。静岡営業所長、九州支店副支店長、建築事業本部第二営業本部長、執行役員、常務執行役員名古屋支店長、専務執行役員などを経て社長に就任。

井上和幸(経営者)の名言 一覧

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技術者として入社後すぐの失敗が教訓として心に残っています。初めて担当した現場は研究施設ビルでした。完成間際となり建設用の足場を取り除くと、西日が照り付けた壁面がわずかに波打っていました。すると、それを見た当時の部長が、「これは清水建設の仕事ではない。やり直せ」と大激怒。結局、足場を組み直し塗装作業をやり直すことになりました。品質に対する基本姿勢を学ぶ機会となりました。

井上和幸の名言|失敗の教訓

足元の事業環境は非常に好調です。都市再開発や商業施設の新設など東京五輪が開催される2020年までは建設需要が旺盛だとみています。しかし、その後は中長期的に国内市場の縮小は避けられない状況です。これまでのように、ビルをただ建設するだけでは経営が行き詰まることは目に見えています付加価値ある提案ができる会社への変身が必要です。次世代電力計(スマートメーター)を活用したオフィスビルでの節電実験を味の素などと協力して開始します。省エネに関するノウハウを集め、他のゼネコンにはない独自の強みとしていきたい。

井上和幸の名言|好調でも将来に向けて独自の強みをつくる

労働環境の改善も社長の仕事です。作業員向けに昨年からリストバンド型の生体センサーを導入しました。睡眠や活動量から体調を把握でき、健康管理や安全性向上につなげる狙いです。新しい技術を積極的に取り入れ、若い人が仕事に就きたいと思う会社を目指します。

井上和幸の名言|労働環境の改善も社長の仕事

成長のために海外不動産の投資開発事業にも力を入れたい。バブル期に失敗し、損失を出した経験があるが、当時は資金だけ出して事業をコントロールできなかったのが原因。プロジェクトの企画から設計、施工、運営まで一貫して関わり、顧客のニーズをくみ取っていくことで収益源に育てていく。

井上和幸の名言|海外事業が失敗したのは、事業をコントロールできなかったのが原因

海外事業の広げ方としてM&A(合併・買収)も考えられるが、我々は地道に自分たちでコツコツ積み上げていくつもりだ。急成長はできないかもしれないが、確実にエリアと量を広げていく。単純に事業規模を拡大するためのM&Aは、うまくいかないと思っている。

井上和幸の名言|確実にエリアと量を広げていく

海外で活躍できる人材を育てるのは簡単なことではない。それでも世界がますますボーダーレスになる時代に、弱気なことを言っていても始まらない。日本の支店で働くのも、ベトナムの営業所で働くのも同じ。社員にはそういう感覚になってもらう必要がある。

井上和幸の名言|弱気なことを言っていても始まらない

新卒採用で入った日本人の社員には早い段階で海外の現場を経験させて、広い視野を持たせるようにしている。海外の現地スタッフについては、優秀な方は総合職として採用するよう門戸を広げている。日本の本社などで働いてもらい、清水建設のノウハウを身につけてもらう取り組みにも力を入れている。

井上和幸の名言|早い段階で海外の現場を経験させる

建設業の課題である人材の確保については、働き方改革への取り組みを強化するとともにロボットを積極的に活用していく。ロボットの活用が進めば相当な生産性向上につながると信じている。人手が足りない状況をチャンスに変えていきたい。

井上和幸の名言|人手が足りない状況をチャンスに変える

リーマンショック以降、工事量が急激に落ち込み、過当競争に陥った。コストぎりぎりで受注した工事が、資材価格の上昇に対応できないで欠損になることも少なくなかった。この状況は12~13年まで続いたが、そうした物件が一巡し、採算性の高い仕事が取れるようになった。その意味では、ようやく本来の姿に戻ってきたのではないかと思う。こうしたときだからこそ、次の時代を見据えた投資が不可欠になってくる。

井上和幸の名言|良くなってきたときだからこそ、次の時代を見据えた投資が不可欠

井上和幸(経営者)の経歴・略歴

井上和幸、いのうえ・かずゆき。日本の経営者。「清水建設」社長。東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科建設工学修了後、清水建設に入社。静岡営業所長、九州支店副支店長、建築事業本部第二営業本部長、執行役員、常務執行役員名古屋支店長、専務執行役員などを経て社長に就任。

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