五木寛之の名言

五木寛之のプロフィール

五木寛之、いつき・ひろゆき。日本の小説家、エッセイスト、放送作家。福岡県出身。早稲田大学第一文学部露文学科に入学するも学費未納で抹籍される。その後、小説家、放送作家、作詞家などで活動する。主な受賞歴に『さらばモスクワ愚連隊』小説現代新人賞、『蒼ざめた馬を見よ』直木賞、『青春の門・筑豊編』吉川英治文学賞、菊池寛賞、『TARIKI』ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門、仏教伝道文化賞、NHK放送文化賞、『親鸞』毎日出版文化賞特別賞など。ベストセラー「かもめのジョナサン」の翻訳なども行った。

五木寛之の名言 一覧

混迷の時代には「そうだ、もともと人生なんて思うようにいかないもんなんだから」と絶望のどん底まで降りていって、そこから跳び上がればいい。


希望が見えない時代。明日はわからないという覚悟で今日一日を大切に生きていくしかない。


自分で考え、ケアしないで、いったい誰が助けてくれるのか。


国が国民のためにあるなんて、夢を見てはいけない。国家は国民のためにあるんじゃなくて、国家そのもののためにあるんですから。


風が吹かないとヨットが進まないように、人間も「やろう」としたことのすべてを自分の力でやっているわけじゃなくてね。目には見えない大きな力で動かされている。


政府はクールジャパンということで、原宿のファッションなども海外に売り出して行こうとしていますが、豊かな物語を作り出して行かないと心に響かないと思います。


成長が一段落ついて、その中で付加価値を生み出して行こうというのが成熟の時代。付加価値とは何かといえば、文化的価値ということ。


低成長の時代は、成熟した文化をつくるチャンス。イメージ戦略が大事。


これからは単にいいものを安く提供するモノづくりだけではダメで、ヒューマンな物語やドラマを作って行かなくてはいけない。


出世のための人脈じゃなく、自衛のための人脈をつくっていくんだ。そう覚悟するだけで、先行きの見えない世の中にも、ちっちゃな灯りがともるんじゃないでしょうか。


「明日はわからない」ということをわかっているだけでも違う。震災だろうと、経済的危機だろうと、何も考えていない人よりも50%は有利というか、より的確な判断ができるようになるでしょう。


いつまでも若い気になって、世界に覇を唱える必要はない。これからの日本は少子化と豊かな精神の大国への道を歩いていけばいい。


思想、アイデア、学問、文化。これからの日本はそうしたもので世界をリードしていけばいい。人口は少なくてもいい。経済大国になる必要もないと私は思っています。


仏教で「慈悲」といいますが、「慈」とはプラス思考の励ましの言葉です。戦後の日本では「頑張れ」という励ましの言葉ばかりが持てはやされ、「悲」というものが捨て置かれてきました。悲しんだり、嘆いたり、泣いたりするのは全部マイナス思考であって、ネガティブなマイナス思考は免疫力を下げ、自然治癒力も落ちるような言い方をされてきました。私はそんなものは迷信だと思います。テレビの瞬間芸を見て鼻先でフフッと笑ったぐらいでは治癒効果などありません。滂沱と涙を流して泣いたことのある人だけが腹の底から笑うことができる。ひとは「慈」と「悲」を両方持って走らなければいけない。


しっかりと悲しみを確認しない限り人は悲しみを引きずって生きなければならない。悲しみを声に出さないで無理をして明るい笑顔をつくろうとするから本当の鬱になるのです。見も世もあらぬと身をよじって泣きじゃくるということを大事にしなければいけない。


「憂」「愁」「悲」を大事にすることが鬱の時代の人間的な生き方だと思います。大変な勢いで成長して山を駆け上がっているときはそんなことを考える暇はない。これからはその時間があります。民族としての成熟とはそういうことであり、いま、我々は成熟するチャンスにさしかかっているのです。


本居宣長は人は生きている限り悲しい目にあうと言っています。悲しいときにどうするか。悲しみから目をそらさずに悲しめと宣長は言います。悲しいと思え。そして悲しいと呟け。人にそれを語れ。歌にも歌え、と。そうすることによって自分の中の悲しみを引きはがして客体化することができるし、それを乗り越えられる。


憂えるのは大事なことで、心の中に何とも言えない憂いが湧きあがる。これがなければ社会は進みません。いまの若い人たちは自分探しなどと言っていますが、他に向けて憂えたり、自分について憂える熱い気持ちが欠けていると思います。


日本には世界に誇るべき思想がふたつあります。ひとつはSyncretism(シンクレティズム)、神仏混淆という考え方です。仏壇と神棚が同居していても争いにならない。一神教同士の原理主義的な宗教対立が先鋭化して世界の発展を阻害している時代だからこそ、共存思想が輝きを放つのです。もうひとつが、Animism(アニミズム)、山にも川にも、一木一草にも精霊や神が宿るという考え方です。今日の環境問題の根底には西欧的な人間中心主義があります。人間も地球の一員という発想は、アニミズムの根からしか生まれてきません。


『林住期』や『遊行の門』で、私は50歳までは家族のため、社会のために働いて、社会人として勤めを終えた50歳以降は世のために働くことが人生の後半期の楽しみになると提案しました。日本という国もこれからは富まずともアジアのため、世界のために役立つような生き方をするべきではないかと思うのです。


メタボリック症候群という言葉がすっかり流行語になりましたが、あんなものに踊らされるのが一番いけない。日本は世界で最もメタボ基準が暴走した国です。本当に長生きで健康なのはちょっと小太りな人だとよく言われる。ウエスト幅の健康基準などというものを国家が決めるのはファシズムです。


戦後民主主義の中で育った世代は国家権力の怖さを知らない。戦後、私たちの世代の大きな記憶は預金封鎖です。個人の預貯金が凍結され、家族の数に応じて決められた額しか月々下ろせなかったのです。預金封鎖なんて実感がわかないかもしれませんが、天災と一緒でいつやってくるかわかりません。


「他力」というのは、他人の力をあてにするんじゃないのです。上手くいった時には「ああ、後ろから後押ししてくれたんだな」と傲慢にならず、失敗した時も「やるべきことはやったけど、他力の風が吹かなかったんだな」と、失望も落胆もしないですむ絶望的希望でもあるんですよ(笑)。


登ったものはどこかで必ず下りになる。高度成長が終わって高度成熟に入っていくのだから、それは希望に満ちたハーベストタイムでもある。低成長を恐れる必要はない。いよいよ高度成熟の実り多き時代を迎えると思えば、希望も湧いてくる。


釣りの会でも、俳句の会でもいい。そういった仲間意識を育てていくと、いざ困った、という時に一番正しい情報が入ったりするもんなんです。それに、そういった横のつながりを沢山持っている人ほど、歳を取っても孤立しないですみますからね。これまでの会社や仕事の縦のつながりを「横に倒す」ぐらいの意識を持ってもいいんじゃないでしょうか。


先日、考古学の研究のために明日香に行く機会がありましたが、大勢の観光客で賑わっていました。周りを見回しても大したものはないのに、なぜ多くの人が集まるかというと、ここから万葉集が生まれ、古事記が生まれと物語があるからです。一木一草にまで伝説が染み付いているのです。古のある日、石川女郎(いしかわのいらつめ、奈良時代の大伴安万呂の妻)が、この道を髪を振り乱して走ったのだとか、この先には大津皇子(おおつのみこ、飛鳥時代の皇族)の墓があるなどと思いながら見ると有り難みが出てくるものです。そういう物語があるから人はそこに行くのです。


古代インドでは、人の人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」に区切った。40代は「家住期」に当たる。この時期は、知力、精神力も旺盛で一番エネルギッシュに活動できる、人生の黄金期なのです。もう若くないなどとひねくれず、新たな一歩を踏み出してもらいたいですね。青春の終わりでもなんでもない。自分ならではの、人生のはじまりなんですから。


50歳を目前にして、2度目の休筆に入ります。疲れたはなくて、それまでは時代と一緒に歩んでいるような気持ちがあったんです。でも、時代はだんだん変わっていく。「ああ、風の流れが変わってきたな」と。時代と自分に、非常なズレを感じたんですね。だからといって、時代に自分を合わせていくのも嫌だ。ならば、思い切って休んで、新しい世界を自分の中に取り込もうと。それで、仏教系の龍谷大学に入ったわけです。いま思えば、きっと目に見えない大きな力に背中を押されていたんでしょう。その後、『他力』『蓮如』『親鸞』などの仕事をしたのもそうです。


『青春の門』の、青春という言葉にしたって、当時の時代の感覚からしたら、手垢のついた月並みな言葉です。しかし手垢のついた汗臭い表現をあえて駆使して、物語を書きたいと思った。世間からはバカにされるかもしれない。でも、そういうものを書きたいという。やっぱり自分は外地からの引き揚げ者だという、一種の「すねている」ところがあったのかもしれません。オーソドックスな人間じゃないから、正道は歩きたくない。陽の当たるところは歩きたくないというようなところがあるんです。


僕は、昔から「世間で陽の当たらないもの」に肩入れするようなところがありましてね。たとえば、演歌がもう過去のものだとされている時代に、あえて演歌をテーマにした作品をいくつも書いた。デビュー作の『さらばモスクワ愚連隊』ではデキシーランドジャズのことを書いていますけど、当時ジャズといえばモダンジャズが全盛で、原型であるデキシーランドジャズなんてファンの間では古臭いとされていたんですが、あえて、そっちに肩入れして書いたんです。


五木寛之の経歴・略歴

五木寛之、いつき・ひろゆき。日本の小説家、エッセイスト、放送作家。福岡県出身。早稲田大学第一文学部露文学科に入学するも学費未納で抹籍される。その後、小説家、放送作家、作詞家などで活動する。主な受賞歴に『さらばモスクワ愚連隊』小説現代新人賞、『蒼ざめた馬を見よ』直木賞、『青春の門・筑豊編』吉川英治文学賞、菊池寛賞、『TARIKI』ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門、仏教伝道文化賞、NHK放送文化賞、『親鸞』毎日出版文化賞特別賞など。ベストセラー「かもめのジョナサン」の翻訳なども行った。

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