亀井勝一郎の名言

亀井勝一郎のプロフィール

亀井勝一郎、かめい・かついちろう。昭和の文芸評論家。旧制山形高等学校(現:山形大学)を経て、東京帝国大学文学部美学科に入学するもマルクス、レーニンに傾倒し退学。治安維持法違反容疑で豊多摩刑務所に2年間投獄される。釈放後、同人雑誌「現実」「日本浪漫派」を創刊し評論活動に入る。『人間教育』で池谷賞、『日本人の精神研究』で日本芸術院賞、菊池寛賞受賞。死後、優れた文芸評論に贈られた亀井勝一郎賞が講談社主催で14年間行われた

亀井勝一郎の名言 一覧

明日とは、実は今日という一日のなかにある。


どんな権威であっても、ひとたびは疑ってみることだ。疑うということは取りも直さず、変革し破壊する力だ。


未完成の自覚をもって、絶えず努力をつづけていくところに青春がある。たとい若くても自己満足に陥っているなら、その人は老人にひとしい。


教養の真のあらわれは、その人の「はにかみ」にある。


徒党というものは一面からいえば孤独に耐え得ざる精神の休憩所だ。


読書とは一種の邂逅(かいこう)だ。読書の目的は、要するに自分の原点を発見するということに尽きる。


死そのものよりも、死についての想像の方が、遥かに我々を恐怖させる。


恋愛は激しいほど休憩を欲している。恋愛にも日曜日がなければならない。それがかろうじて永続させる方法であり、つまり忘却の逆用である。


人間と人間のつながりは、程度の差はあっても、誤解の上に成立しているものです。お互いに自分でもわからぬ謎をもって生きている以上、当然のことだと言っていいでしょう。善意の誤解の上に、恋愛や友情は成立すると言っていいと思います。


自己に絶望し、人生に絶望したからといって、人生を全面的に否定するのはあまりにも個人的ではないか。人生は無限に深い。我々の知らないどれほど多くの真理が、美が、あるいは人間が、隠れているかわからない。それを放棄してはならぬ。


亀井勝一郎の経歴・略歴

亀井勝一郎、かめい・かついちろう。昭和の文芸評論家。旧制山形高等学校(現:山形大学)を経て、東京帝国大学文学部美学科に入学するもマルクス、レーニンに傾倒し退学。治安維持法違反容疑で豊多摩刑務所に2年間投獄される。釈放後、同人雑誌「現実」「日本浪漫派」を創刊し評論活動に入る。『人間教育』で池谷賞、『日本人の精神研究』で日本芸術院賞、菊池寛賞受賞。死後、優れた文芸評論に贈られた亀井勝一郎賞が講談社主催で14年間行われた

他の記事も読んでみる

瀧本哲史

周りを巻き込むためには、大きいビジョンをぶち上げるしかありません。『三国志』の劉備玄徳が仲間を集められたのは、「漢王朝の復興」という無茶な目標を掲げて、それに人々が影響されたからです。そういう無茶なビジョンだからこそ、いろんな人が協力してくれます。


安宅和人

データや手法ありきで、数字をこねくり回すことが分析ではない。「何のために取り組んでいるのか」という目的が曖昧なケースが多すぎる。目的を明確にして初めて、成果につながる分析結果を出すことができる。


井上礼之

他社を見ても、優れた経営者には感性豊かな人が多い。美しい音楽を聴いたり、社内外問わず、様々な人との交流の中で心温まる話を聞いて素直に感動できる……そういう感受性がある経営者に人はついていこうとするのかもしれない。


日比野隆司

女性の活躍推進は当社にとって文字通りの成長戦略。


吉岡隆治

発売当初は「こんなもの誰が使うんだ」と散々な評判だった。でも大人気になったので、言った本人が後で謝りに来た。


高田明(ジャパネットたかた)

社員は全員一冊ずつ「アイデアノート」を持っています。自分のアイデアに絵をつけ、部署毎に発表の機会を設けています。考える力をつけ、人に伝える。常に勉強できる環境を会社のなかにしっかりと作っています。


浜野安宏

すべての産業は、ファッション産業になる。


内藤忍

投資は感情に左右されます。ある状況下で多くの人が同じような行動に流れる時それを逆手に取れる人が、利益を得るのです。でも、そんな判断を下せるのは限られた人だけ。だから、感情的に流されない「仕組み」を準備することが大事。


菊入みゆき

営業職をはじめ、仕事でコンスタントに結果を出していくには、常に自分を駆り立てていくことが必要です。ライバルと思える人を決めておくと、その人のいい部分、悪い部分を観察することで、自分を奮い立たせることができます。


福本陽子(料理研究家)

教室にキャンセル待ちが出ても、開催数は増やさず、参加者の皆さんがコミュニケーションを楽しめる空間を守っています。おかげで、今では教室そのものが看板になり、企業からの(講演やプロデュースの)依頼が増えています。


寺田和正

うちの会社は女性の社員が多く、彼女たちが働き続けられる環境をどう整えていくのかというのは、これからの大きな課題のひとつです。子供の生活時間に合わせて働ける環境は、ぜひつくらないといけないと感じてます。


矢﨑雄一郎(矢崎雄一郎)

私たちも創業から14年、苦労しながらここまで来ましたが、継続することの大変さを身に染みて感じます。


川村益之

弊社には社長室がなく、私は社員と同じ部屋にデスクを構えています。ですから、彼らの顔も見えるし、声も聞こえます。電話で話す声から、トラブルを抱えていそうだなということもピンとくる。そんなときは担当役員や直属の上司を呼んで、「ちょっと本人に聞いてみて」と頼みます。そうすると、やっぱりトラブルを抱えているんですね。もし、放っておいたら、大きな問題に発展したこともあったと思います。


伊達公子

私が時間を有効に使いたいと考えるのは、「一分の大切さ」を身をもって知っているからかもしれません。テニスでは一分あれば試合の流れが変わります。負けている試合であっても逆転が可能なのです。ましてや、アスリートとしての私に残された時間は決して多くはないのですから、より一層時間を有意義に使いたいのです。


柿沢安耶

子供のころに読んだ可愛いブタが主人公の絵本が大好きで、将来はブタと暮らせる仕事がしたいと思っていました。養豚場は、いずれ肉になる豚を育てるからつらい。ほかに何か良い方法はないかな、と思っていたところ、南仏のトリュフ探しで、ブタが活躍することを知りました。ブタと暮らせて貴重なトリュフも採れるなんて、一石二鳥だ!と思って、とにかくフランスへ行ってみよう。それも感性が柔らかい10代のうちに行くんだと、高校時代に目標を立てました。
【覚書き|大学でフランス文学を専攻し、フランス料理を学ぶ選択した理由について語った言葉】


ページの先頭へ