名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

中陽次の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

中陽次のプロフィール

中陽次、なか・ようじ。日本の経営者。「エイボン・プロダクツ」社長。京都府出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、伊勢丹(のちの三越伊勢丹)に入社。執行役員婦人統括部長、三越婦人・雑貨統括部長、常務、新宿伊勢丹本店長、日本橋三越本店長、エイボン・プロダクツ顧問などを経て社長に就任。

中陽次の名言 一覧

自分のペースで取り組めるのがエイボンの仕事のよさ。年齢を重ねても続くメンバー同士のコミュニティもあり、社会インフラの一部を担っているという思いがある。


お客様がエイボンを知り、体験してもらうための接点を増やす必要がある。より楽しみながらお買い物をしてもらえるようにしていきたい。


訪問販売の未来をきちんと見ていかないといけない。全体は減少しているが、内容をよく見ると、活発にビジネスをしている人たちは増加傾向にある。自分の裁量でできる仕事をしたい人は増えている。このニーズを掴めば訪販にはまだ可能性がある。


中陽次の経歴・略歴

中陽次、なか・ようじ。日本の経営者。「エイボン・プロダクツ」社長。京都府出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、伊勢丹(のちの三越伊勢丹)に入社。執行役員婦人統括部長、三越婦人・雑貨統括部長、常務、新宿伊勢丹本店長、日本橋三越本店長、エイボン・プロダクツ顧問などを経て社長に就任。

他の記事も読んでみる

佐々木宏

むしろトラブルや制限があった方が、それだけよい広告が生まれると考えられるようになった。
【覚書き|JR東海の京都キャンペーンの広告を担当したとき、広告主から何度も駄目だしされ、その後「そうだ、京都、行こう。」の名キャッチコピーが生まれたことについて語った言葉】


高橋一生(俳優)

以前、(心の)シャッターを閉めていた時期がありました。ネガティブな側面からしか物事を見られなかった。行動のエネルギーになるのが「見返してやる」という気持ちだったんです。否定することで自分なりの価値観は確かに生まれたんですが、それだと価値観が一つしか持てなくなってしまって。シャッターを下ろしていた時期も必要だったと思います。あの時期がなかったら、世界は素晴らしいという感覚にはなれませんでしたから。


三橋規宏

時代を変えるエンジン役の企業は既存の企業群からは生まれない。無から有を創り出すことにがむしゃらに挑戦する新興のベンチャー企業の中から誕生する。


前川孝雄

叱る必要がある状況とは、問題が顕在化しているのに、本人がその問題点を認識しておらず、トラブルが起きているとき。できる上司は、その前にいかに問題が起きないようすませるかを考えています。裁量は与えても途中経過を報告させ、部下に様々な魅力的な問いかけをすることで、どうすれば問題が起きるのを防げるかを途中で本人に気づかせているわけです。「叱らずして気づかせる」のが本当にできる上司です。


吉永泰之

私の理想の組織は社長が無理やり引っ張るのではなく、社員が自由に飛び回っている組織です。社員が社長の顔色をうかがうような組織は最悪です。それぞれの社員がこうしたいああしたいと自由勝手に飛び回りながら、しかし太陽系の星々のように太陽を中心にしてしっかりとまとまっている。それが私の理想の組織です。


和田秀樹

儲ける人は、通勤時間とか勤務時間、アフターファイブを、単なる時間として考えず、儲けに直結している「換金性のあるモノ」として見ている。1日の時間は決まっています。誰でも平等に24時間ですよ。その資源を使って、儲ける人は「時間の換金率」が非常にいい。


伊藤有壱

密度を高めて完成度を高くすればするほど、肩の凝らない自然な作品になる。でもそこには無意識に見ている人に訴える「何か」が生まれる気がします。


トマス・ホッブズ

人は他人にとってはオオカミである。


星野仙一

選手との年齢ギャップ? 全然考えたことがない。自然体です。


冨安徳久

私は決算発表の際にも、まず想いを伝えるようにしています。数字は発表された時点でいくらでも分析できますから、その前に3分でも5分でも想いを伝えたい。もちろん、数字でしか判断しない投資家の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その数字を作っているのは、やはり想いを腹に落とし込んでいる社員たちなのです。是非その原点を知っていただきたい。


五百田達成

人間関係でストレスを感じないためには、自分をいったん忘れることが大切。いいところをみせよう、気の利いたことを言おうなどと考えず、目の前にいる人が喜ぶ姿をイメージするのです。もちろん、完全に我欲を捨てて聖人になれとはいいません。場面ごとに目標を決めて、余計な我欲を抑えるのがコツです。


鈴木おさむ

22歳前後の頃のことです。僕はあるラジオ番組をレギュラーでチーフ作家として担当するはずでした。しかし、後日、別の先輩作家がその番組を担当すると知りました。先輩は僕にこう告げました。「自分はあの番組をやりたかったから、ディレクターに直訴しに行ったんだよ。この業界は、やりたいと言わないと盗られるぞ」と。聞いた瞬間は、ぶっ飛ばしてやりたいと思いました。でもその忠告のおかげで、僕も変わることができ、数々の仕事を得てきました。