中村憲剛の名言

中村憲剛のプロフィール

中村憲剛、なかむら・けんご。日本のプロサッカー選手。東京都出身。小学1年からサッカーを開始。中央大学文学部卒業後、川崎フロンターレに入団。同チームキャプテンを務めた。また日本代表としても活躍。

中村憲剛の名言 一覧

ずっとサッカーが好きだし、うまくなりたいし、試合に勝ちたい。だから、チームのために必要なことは、年齢もキャリアも関係なく相手に伝える。喋らないと伝わらないですから。それはどの仕事でも同じだと思いますけど、サッカーでは特に重要。


俺のいる川崎フロンターレは今シーズンも優勝争いに加わることができました。でも、それは毎日の積み重ねであって、シーズン終盤の数試合で決まったものじゃない。遠くのことを見る前に、足元でできることをしっかりやる。それが一番大事だと思う。


いまも子供の頃、親に言われた言葉が残っていて。「やった分だけ、自分に跳ね返ってくるよ」と。自分が大人になってわかったのは、「勉強しろ、勉強しろ」と言うより、よっぽど残酷な教えですよね。やらなくてもいいけど、それじゃやらない程度にしかなれないよって。そんな冷たい言い方ではなかったけど、子供心に染みたから。28歳になったいまもとにかく、やれることをやらないのが嫌い。やれるけど、やらないでうまいこと先に行こうとは考えられないんですよ。


人生、何があるかわからないって感じです。というのも、いままでの人生で半年も先のことを計算したことがないから。小学校の頃から本当にサッカーばかりやってきたので、考えることはその日の練習と、その週の試合でメンバーに入れるかどうか。細かいこと言えば、いまはこの筋トレを頑張ろうと。先を見てすっ転ぶより、自分の足元をしっかり固めながら前に進む。そういう生き方をしてきたから。


今日までコツコツと積み重ねてきた練習、試合から得たものをすべてぶつける。毎日毎日がワールドカップにつながっているんだってことを証明したい。俺はそれぐらいの覚悟を持ってピッチに立つし、チームの勝利のために自分の力を出し切る。全員がそういう気持ちを日本代表に集結させれば、俺たちは絶対に強いと思うから。


アフリカ勢の体なんて筋肉の付き方からして、日本人とは違う。でも、サッカーは「体格のある人=勝者」のスポーツじゃないから面白い。俺の場合、中学に上がったときの身長が136センチで、高校入学時が154センチ。ずっとその小さな体で、でかくて強い相手にどうやって自分の特長を出していくかと考えてプレーしてきたから。


試合中、相手の出来が良く、劣勢になって味方の声もなくなり、雰囲気は悪く押し込まれる状況もあります。そこで、浮き足立って「どうしたらいいのかわからない」と下を向いてプレーしても、いいことにはならない。修正できるのはピッチの上の自分たちだけだし、その第一歩が声だから。もがいた方が絶対に変化が起きるし、動き出さなければ始まらない。


自分ではキャプテンシーがあるとは思っていないんですけどね。なぜか、小学校から各年代のチームでずっとやっています。俺としては「どうしてなんですかね?」と、逆に監督やコーチに聞きたい感じ。自分で振り返ってみて、選ばれる理由として思い浮かぶのは、練習中も試合中も思ったことをズバズバ言うところかな。そこは子供のときから変わっていないから。


9月にあったオランダ戦、世界トップクラスの相手に通用するのかどうか。試合前は、自分の人生のすべてをぶつけるつもりでいました。これでもう、ボッコボコにされたら回復できないほどへこむのかなと思っていたんですよ。そうしたら、個人としてもチームとしても、「わりとやれたな」という感触が残った。たしかに、相手のゴール前の迫力、守備の仕方はうまかった。選手個々はでかいしね。それでも、微調整すればいけるんじゃないかという発見もあったから。やっぱり直接対戦することで感じられることはたくさんありますよ。


毎日の暮らしって手を抜こうとしたら、いくらでも抜ける環境じゃないですか。その点、俺はサッカーが休みの日に課題があって(笑)。家族ができて、だいぶ変わってきましたけど、それでもオフをうまく使えない。練習や試合がある日は、サッカーに集中するから「やった」という感触が残る1日になるでしょう。でも、オフの日は核がないというか。俺、趣味といった趣味がなにもないし、ぼんやり過ごしているうちに夕方がきちゃうと「今日、何やってたんだろ?」と後悔して。落ち着かないから走りに行っちゃったり。学生時代から休めなかった。でも、それが逆に良かったのかも、とも思うんですけどね。自分のサッカーを積み上げていくことができたから。


初めて自分を日本代表に選んでくれたオシム監督。言い合えた……、というほど大したことではないんですけど、考えていることを伝え合うことはできたと思っています。代表での練習中。オシムさんはいろんなシチュエーションを想定してセットを組んでいました。そこで、自分のやったプレーに関して「こういうアイデアがあるんじゃないか」と指摘された。俺は俺で「こういうアイデアからなんですけど」と伝える。そうすると、オシムさんは俺の意図を聞いた上で、「それもある。だが、こっちの方がよりいいんじゃないか」と言ってくれた。そういうアイデアの出し合いをオシムさんは好きだったし、学ぶことは本当に多かった。


オシムさんの後、岡田(武史)監督になっても「走れ」というのが日本代表のひとつのキーワードになっていますよね。もしかすると、一般の方は「代表選手にいまさら走れってどういうこと?」と思われているかもしれません。でも、俺自身、それまで「走れ」って「どう走るの?」「なんのために走るの?」とつながっていなかったんです。とらえ方次第では、ただ闇雲に縦横無尽に走ることも「走る」のひとつですし。質についてわかっていないことが多かった。そこをオシムさんは言葉にしてくれた。シンプルに言えば、自分がパスを出した後に立ち止まるんじゃなく、味方を助けるために走る。ボールを持った味方のマークをはがすために、外を走ったりとか。そこで、自分にパスがこなくても、そのスペースに突っ込んだことで相手が釣られて、味方がもっとラクにプレーできる。そういうことを「そこで止まっていたら、何も起きない」と指摘してくれるわけです。すると、監督の求めている「走りの質」が見えてくる。実際、自分もパスを出した後に止まる癖があったし。どっちかと言えば、こぼれ球を待ったり、味方のパスを待って、おいしいところをもらいたいところがあったから。代表を経験し、そこを改めることができ、もうひとつプレーの幅が広がった。チームのための走り。一見、ムダに見える走りを覚えることで、プロに入った1年目、2年目よりも確実にサッカーがうまくなっていると実感できた。何のために走るのかを考えるようになったことで、量も質も変わりましたから。


試合中でもロッカールームでもコミュニケーションを取ることが大事。「俺はこうだよ」と言えば、向こうも意見はあるはずだから。もし、それが返ってこなかったら終了ですけど(笑)。そのときは機嫌が悪かったかなとか、聞こえなかったのかなと思ってまた別の機会に話します。チームメイトとは毎日会うんだから。それが僕にとっては普通のこと。たしかに性格はいろいろで、おとなしい人もいるし、そこで無理矢理会話を築こうとは思わないけど。絶対に思っていることはあるはずだから。


若手といってもプロのプレイヤーでチームの戦力ですから若手とくくるのは失礼ですけど。気がゆるんだミスがあったときは、俺も絶対に勝ちたいから妥協は許さない。ガツンと言いますよ。でも、基本的には自信を持って選択したプレーはいいプレーだから。「思い切ってやれよ」という声を掛け続ける。「周りがカバーするから、ミスを恐れないでやりな」と。絶対、そのほうが若手は伸びるし、それがチームの力になる。こうして、ああして、こうしろと指示するよりも、その人が感じたことを、チャンスだったら、練習通りじゃなくても体が動くことをやったほうがいい。


俺は間違いなく黙ってプレーで引っ張るタイプではないので。修正点を探し出し、判断して、意見する。ただし、ミスを指摘するような声は違うと思っている。とくに若手に対しては。俺もまだ28歳で、世の中の基準からするとだいぶ若い。でも、フロンターレでは上から3番目。若手の勢いを生かして、プレーしやすい環境を作るのが俺らの仕事なんです。だから、ミスをした若手に頭ごなしに「なにやってんだよ」ではなく、「次、やろうよ」「悪くないけど、もっとこういうプレーがあるんじゃないか」と。そう言える環境を作っていくことが大切。


中村憲剛の経歴・略歴

中村憲剛、なかむら・けんご。日本のプロサッカー選手。東京都出身。小学1年からサッカーを開始。中央大学文学部卒業後、川崎フロンターレに入団。同チームキャプテンを務めた。また日本代表としても活躍。

ページの先頭へ