名言DB

9429 人 / 110879 名言

中村健一郎(経営者)の名言

twitter Facebook はてブ

中村健一郎(経営者)のプロフィール

中村健一郎、なかむら・けんいちろう。日本の経営者。「シャノン」社長。奈良県出身。慶應義塾大学理工学部化学学科卒業。大学在学中、シャノンを設立。

中村健一郎(経営者)の名言 一覧

社会へ出る前に、自分の夢について良く考えてみてください。夢が自分の腹にストンと落ちると、自然と道が拓けてくる。少なくとも私はそうだと信じ、これまで進んできました。


社員たちと夢を共有し、ひたすら走ってきました。人生を共にできる仲間と出会う事が出来るのも、自分自身の夢に共感してもらったからだと思う。


はじめから、起業が成功することに自信があったわけではないけれど、それが出来なければ生きている意味を感じられない。そういう考えで会社をスタートしたので、一心不乱にビジネスの事だけを考えていました。


私は起業を決意するまで、夢を持つことができませんでした。夢や目標を持っている方のエネルギーはときに他を圧倒します。私自身、自分の夢を持った時から、自信のようなものを持てるようになりました。


イベントやセミナーの仕事を手掛けていた最中、そもそもなぜこのようなイベントを開催しているのか疑問に思うようになった。そこで聞いてみると、マーケティング活動の一環だと。セミナーやイベントが全てではないと分かりました。それなら私たちもイベントなどを含めたマーケティング全体のサービスでもっとお役に立てるのではないかと。


マーケティングという分野でいけば、メールやアンケート、キャンペーンといったものがありますが、マーケティングを手掛ける大半の会社は、そのどれか1つしか手掛けておらず、導入する企業もバラバラなサービスを使うしかありませんでした。しかし、私は必ず1つにまとまったサービスを求める時代が来ると。いわゆる逆張りの発想で、統合型を目指した。統合型であれば、スピードが求められる今のビジネスにも対応できるので、その意味でいくと、私たちの考え方の方向感としては間違っていなかったのではないかと思っています。


最初の仕事は、大手出版社が実施する展示会の仕事だったのですが、オンラインで来場申込みや出展書類を受け付けるシステムを作るというものでした。お話を伺っても仕事の内容がよく分からなかったのですが、出版社の方から「できますか?」と言われたので「できます」と啖呵を切りました(笑)。それで帰りの道すがら本屋に寄って米オラクルのデータベースの本を買いました。今でも笑い話ですね。


中村健一郎(経営者)の経歴・略歴

中村健一郎、なかむら・けんいちろう。日本の経営者。「シャノン」社長。奈良県出身。慶應義塾大学理工学部化学学科卒業。大学在学中、シャノンを設立。

他の記事も読んでみる

牧野兼史

(本社が大阪なのは)関西出身ということもあるが、大阪で成功したいという思いがずっとあったから。ただ、私は当初から一人で東京で営業をしていた。事実、クライアントは東京の企業が多い。一方、エンジニアは大阪、名古屋、島根など、東京以外にもいる。


永松茂久

「自分は人のためにどんな貢献ができるか」と考えるようになると、いろいろなことが変わる。


藤田晋

「相談しやすい人」は、悩みを抱えた人の「心のオアシス」になるので、会社にとって必須の人材となります。当社だと創業メンバーで副社長の日高(裕介)が、まさに「相談しやすい人」。昔から、社員はちょっと弱ったりすると、日高のところに相談しに行きます。「日高さん、日高さん」と相談しに行って、「ありがたやー、ありがたやー」と帰ってくる(笑)。


赤羽雄二

残業ゼロは、やり方次第で十分可能です。それどころか、私は残業はゼロにしなければならないと確信しています。なぜならビジネスパーソンが成長するには、語学など様々な知識を学んだり、話題のスポットを訪ねて刺激を受けるといった自分に投資する時間を作ることが必要だからです。それが今より高い成果を生み出すことにつながります。残業をしてしまうと、自分が成長するための時間を捻出するには睡眠時間を削るしかなくなってしまう。


税所篤快

バングラデシュのある村で無料授業を始めたとき、みんなパソコンにさわった経験がなかったので、最初は面白かっていました。ただ、村の子どもたちは自己肯定感が低くて、自分が本当に大学に行けると本気では信じていません。だから1カ月くらいで急に人が減ってきてしまって。このままじゃ誰もこなくなると思い、バスを借りてみんなをダッカ大学に連れていきました。いい刺激になったみたいで、帰ってきてからは出席率も向上しました。大学生たちの様子が励みになったみたいです。村だと男の子と女の子が会話する機会はありません。しかし、ダッカ大学では男女が仲良く話している。その様子を見て、みんな「ここに入りたい」と思ったようです(笑)。


有馬頼底

文化と経済は一見無関係のように思えますが、非常に密接な関係があります。京都の名所に金閣、銀閣があるでしょう。あれ、足利将軍が経済政策でやったんですよ。経済が、後世に残る文化を作り上げた好例です。一方で、文化あっての経済なんです。


佐々木かをり

子供のころ、夏休みに1日のスケジュールを紙に書いたご経験はありますか。朝6時に起きて、それからラジオ体操に行って、7時から朝ごはんとか。基本的にはそれと同じことなのに、大人になるとなぜか行き当たりばったりで仕事をするようになります。それで上手くいく人もいますが、多くの人は「時間が足りない」と慌てだします。


小倉昌男

ヤマト運輸は戦前、関東一円にネットワークを持つ日本一のトラック輸送会社でした。その成功が災いし、長距離輸送に出遅れました。社長だった父、康臣を説得して東京大阪間の免許を申請したのは1957年のことです。すでに西濃運輸など長距離輸送で先行した会社が、厳しい競争を繰り広げていました。


福嶋康博

魅力あるものづくりが出来るかどうかは、リーダーの才能と企画によって決まります。そのためエニックスでは、企画やゲームコンテンツを作る時は、リーダーとなる人物が全体を考えて、その一人の考えに基づいて皆が作るようにしていました。複数のクリエイターが案を出し合って作る方法では、意見が分かれ、焦点が絞れず良い商品が作れないと考えていました。そのため基本的に、リーダー一人が良し悪しを判断し、その考えに沿ったものを皆で作りあげていきました。


森下篤史

大事なのは仕事の「本当の目的」を理解したうえで、行動に移すことができるか。それさえ理解できれば、すべきことが見えてくる。