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中山雅史の名言

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中山雅史のプロフィール

中山雅史、なかやま・まさし。「ゴン中山」の愛称で知られる日本のプロサッカー選手、解説者。日本プロサッカー選手会名誉会長。静岡県出身。筑波大学体育専門学群卒業後、ヤマハ発動機サッカー部(のちのジュビロ磐田)に入部。ジュビロ磐田、コンサドーレ札幌、アスルクラロ沼津、日本代表などで活躍。4試合連続ハットトリックを決め世界記録を更新した。

中山雅史の名言 一覧

「(生涯最高のゴールが)まだあるんじゃないか」「もうないよ」と言う2人の自分がいます。それはゴールだけの話ではなく、自分はもっとできるんじゃないか、まだ成長できるんじゃないかという可能性の話でもあるんです。


プロサッカー選手としての環境を与えてもらっていることに感謝しかない。思い通りのプレーができない、試合に出られないというストレスは、プロのチームに所属しているからこそ感じられることですから。


チームを少しでも高めるために強い気持ちを持って頑張りたいんです。そう思うモチベーションは、「チームの一員として戦える幸せ」ですね。試合には出場していないけど、自分が感じたことをアドバイスすることで試合に参加し、チーム一丸となって真剣勝負できる幸せです。


盛り上げ役でもなんでもいいから、できることはなんでもやろうと思った。とにかく走り回り、最後まで諦めずボールを追うなんて当たり前。他にアピールするモノなんてないのですから。


競り合いでボールを奪うには、気持ちの強さが左右する。僕なんか下手くそだったから、気持ちの部分がなければ全く勝負にならない。それは敵チームに対してだけではなく、自分自身にもです。


日本の選手は代表から小学生まで技術は高い。でも勝ちきれないことがある。そこに「気持ちがのらない」と接戦では勝てません。とくに球際にその強さが求められます。


与えられたチャンスに得点できない度に自分の未熟さを思い知らされた。同時に、次への活力にもなっていった。こういう目には見えない気持ちの部分が一番重要。


僕は下手なプレイヤーで幸せでした。下手なことが悔しい。試合後に「なんであのプレーができなかったのかなぁ」と反省点が出て、イラついて眠れません。でも、その気持ちが成長の活力になる。


プロは決められた状況でやり尽くす。たとえ、年齢でフィジカル面が落ちても、それを感じさせたら負け。


自分に甘くするのも自分で、一番厳しくできるのも自分。


僕にスランプはない。あれは一流の選手がなるもの。得点できないのは、ただ未熟なだけ。スランプと言えば逃げることになる。だから、まず自分の力がないと認める。


プロだったら頑張るのは当たり前。大事なのは、どう頑張るか。


僕は諦めの悪いプレーが特徴。最後までボールを追いかけるし、諦めが悪いからゴール前で相手がヘディングしそうな所にも飛び込んでいく。


暗くやっても楽しくないですし、同じ時間を練習するんだったら、気持ちを高めてやるほうが自分を成長させてくれる。


いまも昔もただうまくなりたいだけなんですよ。自分のイメージしている「こうなりたい」という姿に近づきたいんです。


いまも「のびしろ」がたくさんある。欲張りたいね。一歩でも理想像に近づきたい。
【覚え書き|40代になってからの発言】


負けず嫌いな性格は子供の頃から。年齢に屈するのも嫌ですし、とくに若手には負けたくない。


いちばん自分を伸ばしてくれるものはゲーム(試合)の緊張。


ケガからのリハビリはつらいけれど、「誰も見てないけど、こういうのが力になるんだ」と自分を盛り上げながらやっていくしかない。実際、ケガからの復帰を重ねたことが強さにもなっている。


サッカーを続ける以上、マゾじゃなければいけない。続けていれば、ケガはつきものだし、僕も痛みのない身体がどういうものか忘れてしまった。


もう50歳のラインが見えている。それでも、負けず嫌いな性格がそうさせるのか、自分に負けたくないというか、妥協だけはしたくないんですよ。妥協したら、その先はないんじゃないかって思えて。


最近思うのは、「あきらめるために頑張る」ということ。この「あきらめる」は「明らかに極める」って意味で使っています。自分が極めたいと思うものがあるから、工夫するし、高い意欲を持ち続けられる。これからもサッカーを極めるために、全力で取り組んでいきたい。


「課題は?」と聞かれた時の答えはずっと変わらない。「すべて」ですよ。ひとつひとつのプレーをちょっとずつでもレベルアップできたらと思い続けている。動きの質をはじめ、技術的な部分もね。


何試合も連続でハットトリックを決めたこともあります。それでも、試合後は反省しましたね。満足できなかった。あと1点とれたかも、と自分に足りないプレーを考えてしまう。とにかく試合で回ってくるチャンスを逃したくない。


僕は試合も練習も、先頭に立って走りました。最年長の選手が先頭に立てば、「年下のおまえらがやれないわけないだろ」というプレッシャーになるんです。そういう役割を担うことも、チームに必要とされる部分なんだと思ってやってきましたね。


いまの若い選手はうまいし、強いですよ。なんでコイツらは若くて、こんなにいろいろできるんだよって。こっちはこの歳になってもまったく会得できてないのに……と。うらやましくてしょうがない。吸収しなくてはいけないことが多すぎますよ。


僕みたいなベテランが一生懸命やっていれは若手はサボれないし、それだけでもう利用価直があるわけです。お金をもらっているわけですからチームにどれだけ還元できるかですよ。


年齢を意識したくない。40という数字に寄りかかるような自分がいるのは悔しい。40歳。それは40年生きてきた表れではあるけれど、一般常識にはめ込みたくないなという気持ちはある。


うまい選手って、すぐにやめちゃうでしょう。ヒデ(中田英寿)とかジダン(元フランス代表)も、自分の限界というのか、天井がわかってしまうのかな? 僕なんか天井どころか、今でもまだ伸び代があるんじゃないかと思ってますから。そう思わなきゃ、続けられないです。


できれば華麗でうまいスーパープレイヤーになりたいですよ。そのほうが気分もいいですから。でも、下手だったから、諦めが悪いというか、次への渇望、もっとうまくなりたいという欲望がうまれ、さらに挑戦していくという力に変わっていったとしたら、下手くそでよかったのかなと思います。


できるだけ多くの人にサッカーの面白さを伝えたいけれど、僕の解説でその魅力を伝えられているのか、不安はあります。中継後はスタッフに「あの場面の解説どうでした?」と聞きに行きます。そこで「表現をこうしたほうがいいかも」等と言ってもらった次から取り入れたり。


最近はやればやるほど、解説の難しさを実感しています。サッカーはボールと選手が常に動き続けるスポーツ。「今のパスはいいプレーだな」と思って説明し始めても、目を離した隙に、試合は違った展開になっていることもたくさんありますから。だから、的確な言葉で、短く、わかりやすい表現を常に考えてます。


トレーナーから「ここを鍛えればこういう動きができる」と教えてもらうと、まだプレーできると思えてトレーニングします。それをグラウンドで生かそうとするけど、なかなかうまくいかない。今はその繰り返しです。諦めが悪いと思う人もいるでしょう。かっこ悪いと言う人もいるかもしれません。でも今はできないことをどうやったらできるかと考え、少しでも自分の思うようなプレーをできるかを求めています。


日本代表への思いは40代になったいまもあります。「いきますよっ」と言うのは簡単ですけどね(笑)。俺もバカじゃないですから厳しいのはわかってますよ。でも、可能性はゼロではないと思いますから、まずはジュビロ磐田での練習、試合の評価を高めていくこと。自分自身が納得のいく試合ができたら、結果にも出てくる。その積み重ねが道を開いていく。そこはベテランも若手も同じ。


ケガかストレスになっているのは、サッカーをやれているからなんですよ。だから、「ああ、ここかもっとよくなってくればいいのに」「もうちょっとここで足が伸ばせればいいのに」「股関節に柔軟性が出てくれば」とイライラすることもできる。それも現役だからこそ。そう思うと、ほら、すごく幸せなことでしょう(笑)。


現実問題として年々フィジカル的な能力が落ちているのは、数値として出てくる。じゃあ、そこでなにもせずに衰えを受け入れるのか。鍛えて、維持し、なるべく緩やかな曲線にしていくのか。当然、常に向上できればいいと思ってトレーニングに励んでますよ。欲振りだからね。それに、俺が最後までやってると若手も手を抜けないでしょう(笑)。


解説の仕事をするようになってから、余計、ピッチに立ちたくなったんですね。やる人と見る人では壁が置かれちゃうわけです。ピッチ解説のときなんか、選手たちのウオーミングアップを見ているだけで、「ああ、幸せなところでやらせてもらっていたんだな」と思いましたから。自分を表現する場所があって、それを応援してくれるサポーターがいる。あんな素晴らしいところって、他にはないですから。


年配の方、主婦や小学生など番組ごとに視聴者層を考えて、言葉を選んで伝える必要性を感じます。例えば「バイタル」という言葉はファンには説明不要のサッカー用語。番組や伝える状況によってはわかりやすい言葉として、守備と中盤の間、攻撃にも守備にも非常に重要なエリア、と細かくいう必要もあるので使い分けていくように心掛けているつもりです。


第一線を退いてから約2年半がたちますが、いまだにトレーニング中心の生活を送っています。汗をかくことが今の仕事にもいいウォーミングアップになっています。別にプレーするわけじゃなくて、テレビ番組への出演や試合解説の仕事なんですけどね。事前に体を動かしておくと、気持ちが落ち着き、集中力も高まります。心身ともにベストな状態で本番に臨めるんですよ。まだアスリート感覚が残っているのかもしれません。


僕にとってサッカーとは、自分を最も表現できるものですね。喜怒哀楽が全部詰まっているじゃないですか、サッカーには。老いやケガでできる動きが制限されても、ここまでは表現できて、ここまではできないとも分かっています。足が痛くて片足ジャンプができなくても、両足でジャンプすれば高い打点でヘディングが打てるなどの方法を探そうとします。サッカーを失ったら、そんな自分を表現する手立てがなくなってしまうのではないかと思ってしまいます。解説者やコーチとは、また違う喜びがある。だからチャンスがある限り、できるだけプレーする側で居続けたいんです。


20代、30代前半の頃もチームへの貢献を第一に考えていましたが、それと同じぐらい自身のパフォーマンス向上や強さ、うまさなどを貪欲に求めていました。もちろん、日本代表としてワールドカップで戦うことは最大の目標であり、代表への憧れは今もあせません。でも、年齢を重ねると、後者を追い求めるのが難しくなる。老いやケガとあらがいながらプレーを続けるためには、コーチやトレーナーといった多くの方の力を借りるしかない。だから50代になった今も、挑戦できる環境をもらっていることに感謝しかないです。


どうして「ゴン」という愛称になったかって? それは僕が大学時代、ポッチャリしてて『オレたちひょうきん族』というテレビ番組が流行っていて、その中でビートたけしさんが演じていた「鬼瓦権造」にそっくりだったからです。諸説ありますが、これは本当の話ですよ。


サッカー人生で最も印象深いゴールは、98年フランスワールドカップのクロアチア戦でキーパーにセーブされたシュートですね。今年の正月も、当時の動画を見ながら「どうすればゴールできたか」と同級生に解説したぐらい、心に強く残っています。あれは、完璧なコントロールによる会心のシュートだったんです。でも止められた。ゴールキーパーの動きをもっと予測していたら違うシュートが打てたのではないか、それを可能にする技術が当時の自分にあったのかなど、今でもいろいろ考えます。結局、完璧なシュートをしたつもりだったけど、もっともっと強く打っていれば、キーパーの手をはじいてゴールに転がっていったんじゃないかという結論に至ったんですけどね、正月は。でも、あのゴールを決めていたら、今サッカーをやっていないと思います。それぐらい申し分ないシュートだったから、あれが生涯一のゴールだと言えると思うんですよ、自分の中では。でもゴールにはならなかった。だから、生涯一のゴールをまだ追い求めている自分もいる。


練習を終えて帰る時、いつも打ちひしがれていますよ。僕の経験が少しでも役立って、ハングリーな若い選手に何か刺激になればと思っても、なかなかそこまでいかない。自身のプレーも、「あれができなかった……」と腹立たしい。できることが増えたと思ったら、アキレス腱が痛み出して走れなかったりね。もがいていますが、試合に出場するまでにたどり着かないのが現状です。


何が何でも第一線での活躍を目指すというより、ケガのストレスがあっても何とか自分がサッカーを楽しめるレベルまでに持っていければという思いが強かった。そんな姿を見てくれていたトレーナーが、「中山さん、まだ諦められないんでしょう」と、全国のトレーナー仲間に声をかけて、それぞれの専門分野のトレーナーが手助けをしてくれるようになったんです。トップレベルの頃の身体には戻れないにしろ、現状から、自分の体の動きをどこまで向上させることができるのか、挑戦しようと思いました。様々な人のサポートを受けながらピッチに立つことができれば、僕の勝ちだとも思ったりしてね。


中山雅史の経歴・略歴

中山雅史、なかやま・まさし。「ゴン中山」の愛称で知られる日本のプロサッカー選手、解説者。日本プロサッカー選手会名誉会長。静岡県出身。筑波大学体育専門学群卒業後、ヤマハ発動機サッカー部(のちのジュビロ磐田)に入部。ジュビロ磐田、コンサドーレ札幌、アスルクラロ沼津、日本代表などで活躍。4試合連続ハットトリックを決め世界記録を更新した。