名言DB

9413 人 / 110706 名言

中尾彰宏(経営者・医師)の名言

twitter Facebook はてブ

中尾彰宏(経営者・医師)のプロフィール

中尾彰宏、なかお・あきひろ。日本の経営者、医師。「ヒメナ・アンド・カンパニー」社長。熊本県出身。宮崎大学医学部卒業、医師免許取得後、イーマーキュリー(のちのミクシィ)、通販コスメ会社CTO(最高技術責任者)などを経てヒメナ・アンド・カンパニーを設立。

中尾彰宏(経営者・医師)の名言 一覧

経営で心がけていることは、フィードバック時間の最短化です。アクションを起こしてから結果になるまでの時間をできるだけ短くしたいと考えています。それが素早いアクションにつながります。


中尾彰宏(経営者・医師)の経歴・略歴

中尾彰宏、なかお・あきひろ。日本の経営者、医師。「ヒメナ・アンド・カンパニー」社長。熊本県出身。宮崎大学医学部卒業、医師免許取得後、イーマーキュリー(のちのミクシィ)、通販コスメ会社CTO(最高技術責任者)などを経てヒメナ・アンド・カンパニーを設立。

他の記事も読んでみる

根本郁芳

会社の方針については、あとから見ればそうだったということで、はじめからこれでいこうなんて机上の方針を実現することなんてできませんよね。商売というのは、やってもやっても外れるもので、まあまともで一所懸命なだけではダメですからね。


宋文洲

日本人は、もう少し気楽にやった方が幸せになれると思う。


山本隆章(経営者)

ハードやソフトの価格が下がり、誰でも容易にITを導入できるようになりました。お客様が既存の業務を単純にIT化するだけでは、競合他社に対する優位性を築けなくなっています。しかし、お客様、さらには社会に潜在化している課題を見いだすことができれば、ITを活用して課題を解決することは可能です。それが、お客様の競争優位性につながるはずです。


ロバート・ルービン

私の生きてきた人生で世界経済は最もリスクの高い時代になった。


高岡浩三

グローバル人材とは、「グローバルに考え、ローカルに行動する」ことができる人。


宮坂学

グループ全体で5000人以上いますから、一夜にして変わるということはありません。ただ、ヤフーのもともとのDNAがスピーディな組織文化だったので、それを思い出そうと言っています。


鎌上信也

金融事業のATMや現金処理機、航空会社向けのチェックイン端末などの事業は手堅く稼げているものの、技術を応用して他の新事業に広げていかないと会社の未来がない。


山元賢治

スティーブ・ジョブズを見てください。彼は失敗もたくさんしているし、一度は自分が作った会社を追い出されてまでいる。それでも彼の心が折れなかったのは、人類の生き方を変えたいという目標があったからです。


土光敏夫

そもそも「経済」なんてものは、辞書で引くと「経国済民」でしょ。これを忘れちゃいけませんよ。進歩しながら、前進しながら、安定した経済世界をつくるということが目的ですから。


廣岡哲也

マーケットには出ていないが、顧客が本当は欲している商品を提供しよう。


吉野佳秀

毎週火曜日に社内で「卵の会」という勉強会を開いています。たまに特許などの話をすることもありますが、基本的には何でもありの勉強会です。参加自体、強制ではありませんし、手を挙げれば誰でも好きなことを発表して良いことになっています。これまでにも、戦国武将、重力波、材木の切り方など、あらゆる分野が議題となってきました。担当者だけは決まっていますが、テーマが予め発表されることは無いため、発表者以外は事前準備ゼロ。あとはプレゼンを聴いた上、その場の思い付きで議論します。毎回、12~3人は参加しているのではないでしょうか。


近藤宣之

  1. 言いたいことが何でも言える明るい風土がある。
  2. 社員が会社から大事にされていると実感している。
  3. 会社は自分のものだという当事者意識を持てる。

この3つが整っていれば社員は辞めない。社長批判を受け止める度量があるかどうか。社長の覚悟が人を育てる。


藤田大輔希

自分は子供の頃からプロを目指して野球をやってきて、新卒でベースボール・マガジン社に入社しました。最近になって、当時の思いがふと蘇るときがあります。自分の原点は「スポーツに関わることで、スポーツを通じて世の中の人たちに夢や希望を与えたい」という思いです。そこで、新たにスポーツビジネスへ挑戦したいと考えるようになりました。今までにないスポーツのインターネットメディアをつくりたいと、切にそう思っています。


坂根正弘

コマツの「スマートコンストラクション」は、現経営陣がまさに世界に先駆けてビジネスモデルを開発したものです。今後建設業の就労者数の大幅な不足が見込まれる中、日本の建設業を強くしなければいけないという思いで始めています。


川野幸夫

最初に一番苦労したのは人材の確保。今は関東で150店以上を持つチェーンだが、当時はわずか5店舗で、全く知られていない。人事担当が連れてきた学生を、私自身が一生懸命口説くしかなかった。