名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

世阿弥の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

世阿弥のプロフィール

世阿弥、ぜあみ。室町時代初期の猿楽師。父の観阿弥とともに能を大成した。

世阿弥の名言 一覧

命に終わりはあっても、能の研鑽には終わりはない。


「衆人愛敬」の精神を大事にすることが、一座を維持してゆく幸せの基礎であり、一座の繁栄につながる。


少し技が不足していても、能の本質をよく理解している役者のほうが、一座を背負って立つ棟梁としては勝っているというべきであろう。


わが観世座流に金言というべき一句がある。「初心忘するべからず」この句には三か条の口伝が付随している。ひとつは「是非によらず、修行を始めた頃の初心の芸を忘るべからず」ふたつめに「修行の各段階ごとに、それぞれの時期の初心の芸を忘るべからず」みっつめに「老後に及んだのちも、老境に入ったときの初心の芸を忘るべからず」


過去のそれぞれの時期に行った演技というのは、それぞれの段階での初心の芸に他ならない。それを現在の芸風の中に統合して持っておくことは、それぞれの時期の初心の芸を忘れないことだろう。人はこのようにしてこそ、あらゆる芸域を広く身につけた演技者となりうるのである。だからこそ、それぞれの時期の初心の芸を忘れるなというのである。


50歳を越えてからは、なにごとについても「しない」ということを方針にする。これはきわめて重大なことである。この時期に習うこととは、まず演目の数を少なくすること。そして音曲を中心にし、演戯は淡白に、舞なども技芸の型は減らし、昔日の華麗さの名残を見せるようにすべきである。


若い頃の芸を常に忘れずにいれば、老後にさまざまな利益となる。「以前の欠点や間違いを知ることが、のちのちのためになる」と世で言われているように「前を行く車がひっくり返るのを見るのは、後に続く車の教訓になる」ということわざと同じだ。初心の芸を忘れてしまっては、その後に得た現在の芸境も忘れてしまうのではないだろうか。


生涯この初心を忘れずにすごせば、引退の舞も上達一途のうちに舞うことができ、最後まで能には退歩ということがないはずだ。だから、能の行き止まりを見せることなく生涯を終えることを我が観世座流の奥義とし、子々孫々家訓として守るべき秘伝とする。


初心の段階から盛りのときを経て、老年の時期に至るまで、それぞれの段階にふさわしい演戯を習い覚えるのは、それぞれの時期における初心の芸に他ならない。もしそれぞれの時期の芸を捨ててしまって忘れてしまうなら、現在の芸風しか身につけていないことになる。


命には限りがあるが、能には限りがない。だから、それぞれの時期の演戯をひとつひとつ習い覚え、すべて身に着けても、さらに老後の姿にふさわしい技芸があり、それを習うのが老境の初心の芸なのである。そこで老境の芸を初心と覚悟していれば、それまでに身に着けてきた能が老境の芸に凝縮されてくる。


能の演技者として功なり名を遂げたのは、能がしだいに上達していったからである。にもかかわらず、上達の過程を忘れてしまっていては、もし自分の芸が初心の段階に逆戻りしてもわからない。初心の芸に帰ってしまうということは、すなわち能が退歩することだ。だから現在の自分の芸境を見失わないためには、初心の芸を忘れまいと工夫しなければならない。


勝機が見え、かさにかかって攻めたてる時が「男時」、敗勢が濃く、じっと耐えながら勝機を待つのが「女時」。時のなかに働く因果のことわりも、謙虚に受け止めなければならない。


そもそも芸能というのは、人々の心を和らげ、楽しませ、身分の上下なくあらゆる人の心も動かすものであり、幸福を増進し寿命を延ばす基となるべきものだ。さらに突きつめて考えてみれば、人間社会の営みというものは、いかなる道も幸せにしてゆくためにあるものだ。


たとえ我が子であっても、力のない者には継がせてはいけない。たまたまその家に生まれたから家の継承者になるのではなく、継ぐのはその道の真髄を知る人でなければならない。


世阿弥の経歴・略歴

世阿弥、ぜあみ。室町時代初期の猿楽師。父の観阿弥とともに能を大成した。

他の記事も読んでみる

相原敏貴

感謝を持って仕事をするとより捗ります。捗るから面白い!そして喜ばれる。


枝野幸男

霞が関を総合調整するときの、各役所の癖があるわけですよね。この役所はこういうことに弱いとか、この役所はこういうふうに自分たちの主張を通そうとしてくるとか、そういう感覚は、あのときに知りました。役所によって全然感覚が違うのです。だから、相手を読んで先手を打つことを覚えました。

【覚え書き|内閣官房長官時代を振り返って】


岡野博一

ラグジュアリー市場は、日本でもどんどん伸びています。その背景には、多くのブランドがM&Aを重ね、グループ化して巨大になっていることが挙げられる。こうした状況の中、日本の伝統工芸が竹槍を持って攻め込んでも勝てません。勝てるような仕組みを作って戦いに臨まねばならないのです。


生田正治

過去たった100年で人類は地球上のかなりの化石燃料を使ってしまった。食糧生産も極限に近づきつつある。森林をはじめとする自然環境の破壊も限界の瀬戸際だ。私が予想する将来は、あと40年、50年は想像の範囲内だが、21世紀の後半には相当変わってくると思う。


三津原博

私は30年以上、ほぼ休まずに1日15時間働いてきました。正月だって休みません。むしろ正月は私にとって営業デーみたいなものです。東京都内は交通量が激減しますからね。そこで私はスイスイと都内を回って、出店できるような場所をすべて把握してしまうんです。


三喜俊典

製造の側にとっては当たり前のことが、販売の立場からするととても新鮮な情報で、知っているだけで販売に活きるということはあり得ます。その逆に、販売の情報が製造の改善に活用できることもあるでしょう。そうした有用な情報は、自分の現場だけに留まっていては決して得られません。積極的に「他人の庭(他部署)」に踏み込んでいくことが必要なのです。


諸富祥彦

奇人はもはや変われない。人に嫌われてもいい。革新的な仕事を成し遂げることで広く社会に貢献してほしい。


湯澤剛

事業を営む父が急逝して、「あくまでも一時的に」と自分に言い聞かせながら、しぶしぶ社長の椅子につきました。ところがふたを開けてみて仰天、会社の負債額は40億円にのぼっていました。私はなし崩し的に、巨額の負債を抱える会社の社長になりました。当然、勤めていた企業は退社。天国から地獄に落ちた心地でした。最初、私は奔走しながらも、どこかで「俺のせいじゃないのに」などと思っていた気がします。しかし、負債を背負って1年後、私のストレスも限界に達した頃、夜中に帰宅すると、妻が電話口で何度も頭を下げていました。督促の電話です。別の部屋では、子供が泣き叫んでいました。このとき、人生が壊れていくのが見えた気がしたのです。38歳にして初めて感じた、すさまじい恐怖。しかし不思議なもので、その恐怖を前に、心が静まっていきました。この瞬間が、転機でした。家族全員の人生崩壊を防ぐため、全力を尽くそうと決意したのです。


小林道寛

我々の強みはインフラ基盤に精通していることと、長期のプロジェクトに取り組むのに不可欠なチームワークの良さです。お陰様で一度お仕事をさせていただくと、継続してお声掛けをいただけているということが、お客様のご評価の表れだと感じています。


太田垣士郎

経営者が十割の自信をもって取りかかる事業、そんなものは仕事のうちには入らない。七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する。それでなければ本当の事業はやれるもんじゃない。


吉田浩一郎

この先10年もすれば、AIが次々に導入され、グローバル化もネット社会もさらに進むでしょう。そうなると、日本人だけの「タコツボ化」した働き方の議論だけでは、通用しなくなると予測しています。当社は、これまで「チームを率いて成果を出す」ことを重視していましたが、今は「チームを支援して成果を出す」ことにシフトしている。「社員一人ひとりの能力を引き出し「やりがい」「安心感」「裁量」などをえることが不可欠。それができない会社には、今後、人が集まらなくなると考えています。そうしたサポートがきちんとできれば、自立した社員が多く育ち、会社にも貢献してくれる。


日野佳恵子

女性が活躍し始めた会社って、間違いなくお客様への気遣いが増えていくんですよ。お花を飾りましょうとかお礼のカード置きましょうとか。そういう細かいことに気がつき始める。もちろんビジネスである限り競争も必要だから、女性脳だけでもダメだけど。結果的に、女性性と男性性を合わせ持つ会社の方が、組織として強いはずですから。