名言DB

9,524 人 / 112,423 名言

三浦孝之(職人)の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

三浦孝之(職人)のプロフィール

三浦孝之、みうら・たかし。日本の錺簪(かざりかんざし)職人。東京都出身。日本デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業後、広告代理店を経て、25歳で家業の錺簪の道に進む。東京都青年優秀技能知事賞受賞。

三浦孝之(職人)の名言 一覧

できるだけ自然に触れ、五感を使うようにしています。その中で、昆虫や植物などをよく観察していると、わずかな変化に気がつくのです。


一番大切な事は人とのふれあいだと思います。家族はもちろんの事、職人仲間、友人、簪(かんざし)を求めてくださるお客様、こうした自分の身の回りの人達に支えられて、今の自分があることを毎日の仕事を通してつくづく感じています。


何度も失敗を繰り返し、自分で納得できる品物が出来るようになったのは10年が過ぎた頃だと思います。しかし現在でも100%というものは無いです。次はもっと良い品物を作ろうとする思い、職人の道は生涯勉強ですね。


一番難しいのは、わずかなバランスが、作品の良し悪しを決定すること。作品全体を俯瞰して、各工程を性格に逆算するのはある程度経験を積んだいまでも難しい。作品の良し悪しがわかるようになったいまのほうが、バランスをとる難しさを感じています。


最初は、簪(かんざし)の事は何も分かりませんでした。そこでいきなり家で仕事を覚える前に、簪がどうやって売れるのか、どんな人が簪を使うのか、まずそういう事を学んだ方がよいと思い、当時父が世話になっていた髪飾りを扱う会社へ入れさせてもらい、家で作った品物がどうやって使う人の手に渡っていくのか、世の中の仕組みを学びました。そして会社に通いながら少しづつ家の仕事も手伝うようになりました。


私が職人としてのスタートは遅かったのですが、それまでに経験してきた事は何ひとつ無駄にはなっていないと感じています。小さな頃から動植物が好きで良く観察していた事、専門学校で習った絵の勉強、パソコンで図形を描いていた仕事、髪飾り会社で教わった簪(かんざし)の流通面。これらの経験が全て今の仕事に結びついている事であり、その経験を自分なりに応用して無駄にしない事が大切なんだと思います。


三浦孝之(職人)の経歴・略歴

三浦孝之、みうら・たかし。日本の錺簪(かざりかんざし)職人。東京都出身。日本デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業後、広告代理店を経て、25歳で家業の錺簪の道に進む。東京都青年優秀技能知事賞受賞。

他の記事も読んでみる

廣瀬光雄

ジョンソン・エンド・ジョンソンでは社員に疑念を持たせないように、全ての情報を公開しています。ですから、社長や役員の給料も全て発表していますし、その根拠となる評価の説明も株主への報告書に全て書かれています。ですから、評価も非常に厳しいものがあります。


吉田たかよし

大事なのは上司が自分の脳を部下に押し付けないこと。脳はみんな違うのですから、それを見極めたうえで上手に付き合うのが大原則。職場というのは異脳種交流の場なのです。


ピーター・ドラッカー

人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない。


小山薫堂

僕の場合は、「番組を好きに作っていい」と言われた時に、常日頃から「面白そうだな」と思っていたネタを番組のテーマにしてしまう。


工藤公康

子供のころ、僕のうちは貧乏で、洋服はもちろん、学校で使う習字道具から絵具箱に至るまで兄貴のお古でした。玩具を買い与えられたわけでなく、おやつもあるわけでなし。食卓で牛肉にありついた記憶は、ほとんどありません。しかし、貧乏だったことで、うちにこもってゲームに興じることなく野山を駆け回り、粗食が頑丈な肉体をる繰り上げました。そんな生活が気持ちを強くさせ、それを根本にこれまで頑張ることができたんだと思います。


奥田務

大丸と松坂屋の経営統合に向けて、まずは最終責任者を明確にすべきだと思いました。統合では連日、様々な決断を迫られます。誰が意思決定者か分からなければ混乱は必至。社員は誰が最終決断をするのか必ず見るでしょう。責任者が明確でないと、統合がうまくいくはずはありません。


桜田厚(櫻田厚)

モスでは、できるだけダイレクトコミュニケーションを心がけるようにしています。お客様とのコミュニケーションもそうですし、社内でも同様です。


小森哲郎

負の遺産の生みの親は、新任者としては一番会いたくない人です。しかし、一番会いたくない人に、一番最初に会いに行くのが鉄則です。一番厳しいことを言ってくれるからです。そこでちゃんと仁義を切って「どういう前提でそういう方法を採ったのか」「いまはどう状況を認識しておられるか」を聞き、自分が考えている方向性を示します。


遠山正道

私は設立当時からスマイルズを「株式会社Soup Stock Tokyo」にとどめようとは思っていませんでした。食べるスープの専門店という事業をひとつの核にして、そこに共感してくれる仲間や顧客の関係性ができれば、ファッションや物販、サービス業などにも事業を拡大したいと考えていました。


樋渡啓祐

人間はしょせんアナログですから、五感を使わないと何が快適かはわからないし思い出せない。


橋本若奈

社会人になって1カ月、2カ月と時間が経つにつれて、将来への希望が無くなるような感覚が日に日に増して行きました。さらに「自分の力でお仕事をしたい。何かを作り上げる人でありたい」という思いが日を増すごとに深まりました。そして、新入社員として入社をしてからちょうど1年後、起業をしたのですが、私の中では当然の決断でした。


能村光太郎

今後は、ナンバーワンの会社からオンリーワンの会社を目指して、新技術や素材の開発に一層の努力をしていきたい。