名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

三森裕の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

三森裕のプロフィール

三森裕、さんもり・ゆたか。日本の経営者。プルデンシャル生命保険社長。千葉県出身。獨協大学経済学部卒業後、外国車ディーラーのヤナセに入社。同社で全国トップクラスの営業実績を残す。ヤナセに約12年間勤務したのち、プルデンシャル生命保険に入社。支社長を歴任したのち、取締役、執行役員常務、執行役員専務などを経て、社長兼CEO(最高経営責任者)に就任した。

三森裕の名言 一覧

会社として人材育成を最重要課題として位置づけ、投資を行っています。その結果お客様のご支持をいただき、これだけの成果につながっているのだと思います。


成功の反対は失敗ではなく妥協なのです。200軒、300軒と飛び込み頑張ることができるか。そこに成果や成長がかかっていると思います。


より多くのお客様おひとりおひとりにふさわしい保障をお届けすること。それこそが、私と弊社が果たすべき使命であり、社会貢献であると考えています。


残されたご家族に保険金をお届けし、生活や教育に役立てていただくことは、この仕事の最も重要な責務です。私は現場にいましたから、その意義を身に染みて理解しています。だからこそ、この仕事にプライドがありますし、それを提供する弊社のライフプランナーたちにも誇りを持っているのです。


私は「邂逅」という言葉が好きなのですが、人との出会いこそ営業の基本であり、人生の喜びだと思います。


妥協せずに仕事をやり遂げるには、仕事の意義を芯から理解することに尽きるのではないでしょうか。


よく「100軒飛び込めば1件契約をいただける」といいますが、実際には、100軒、200軒飛び込んでも1件も契約いただけないかもしれません。しかし、300軒飛び込めば3件契約をいただけるものだと思います。成功するまでに諦めずに続けていれば、コミュニケーションスキルも向上し、商談も上手くいくようになります。


大学を卒業して就職したのは、輸入車の販売会社でした。でも最初は、同期入社8人のうち、私がビリの成績。だから、なんとか成果を出そうと飛び込み営業もずいぶんやりました。それで最終的には全国トップの成績を収めました。


生命保険の販売は、例えるなら「晴れの日に傘を売る」ようなもので、お客様にその必要性を理解していただくことから始めなくてはなりません。それには、金融全般に関する深い知識はもちろん、コミュニケーション能力においても人生経験においても、非常に高度なレベルが求められるのです。


弊社では代理店制度や銀行窓口販売などの方式はとらず、ライフプランナーがお客様に直接お会いし、相談しながらオーダーメイドの保険をご提案するコンサルティング・セールスに特化しています。ライフプランナーは皆、異業種で活躍する優秀な人材から厳選して採用しています。


弊社がなぜ死亡保障に力を入れるのか。「自分に万が一のことがあっても、家族に変わらない暮らしをさせてあげたい」という愛情こそが、保険の本来の意味だと思うのです。まず、死亡保障をしっかり押さえたうえで、長生きや入院保障などを手当てしていく。このように保険の原点を愚直に追求する姿勢を、お客様に評価していただいていると考えています。


三森裕の経歴・略歴

三森裕、さんもり・ゆたか。日本の経営者。プルデンシャル生命保険社長。千葉県出身。獨協大学経済学部卒業後、外国車ディーラーのヤナセに入社。同社で全国トップクラスの営業実績を残す。ヤナセに約12年間勤務したのち、プルデンシャル生命保険に入社。支社長を歴任したのち、取締役、執行役員常務、執行役員専務などを経て、社長兼CEO(最高経営責任者)に就任した。

他の記事も読んでみる

孫泰蔵

諦めずに頑張れるのは、自分が本当にやりたいことでなければならず、自分の考える問題をどうしても解決したいのだという強い志を持って臨まないといけません。


尾藤峰男

一度しかない人生を豊かに、お金の心配なく過ごせるようにするには、老後資金は多いに越したことはありません。最低でも五千万円、頑張って一億円を目標にしてみてはどうでしょうか。五千万円や一億円は途方もない目標に思えるかもしれませんが、四十代から始めればそれほど難しいことではありません。


松田公太

従来の日本企業では、創業者が上場後も過半数の株式を所有し、会社を支配し続けるケースが珍しくない。だが、私は企業の経営者と所有者は別であるべきだと思う。たとえ創業者が経営者を兼ねていようと、株主から罷免される緊張感がなければ、健全な経営は難しいのではなかろうか。


ムーギー・キム(金武貴)

リーダーである前に、ビジネスパーソンとして仕事へのパッションを持つことも成功の秘訣です。どの国のベンチャーキャピタリストと話していても、投資をするかどうかの最後の判断基準は「パッションが感じられるかどうかだ」と言います。実際にビジネスを始めると、当初のビジネスモデルや市場環境はどんどん変化していきます。そんな中でお金や権力欲、社会的な成功が目当ての人は、ちょっと想定外の苦難に直面すると、すぐに諦めてしまうものです。一方、「どうしてもこの仕事を成し遂げなくてはいけない」というパッションを持っている人は最後までそれをやり遂げようとします。


小笠原浩

モーターと制御という中核を外れなければ、敵ではなく仲間が増える。怖いものはない。


リチャード・カールソン

望むものを手に入れても幸福にはなれないと知ること。誰でも自分には手に入れられないものを欲しがるものだ。望むものを手に入れさえすればすべてがうまくいくと信じている人は多い。けれども、もしそれが本当なら私たちはすでに幸福感に酔いしれているはずだ。多くの望みがかなってもなお、私たちは何かを求めてあがいている。大切なことは、望むものを手に入れることは素晴らしいことだが、それで幸福になれるとは限らないと認めることである。


寺尾玄

自分で責任が取れないことはやってはいけない。


早乙女貢

家康の敗北の生かし方とは、次の機会までの力の蓄積の期間に転じることであった。ここに、負けて勝つ秘法がある。柔よく剛を制するのである。


鳥羽博道

「そのようなきれいごとだけで世の中は渡っていけないんじゃないですか」という人もいた。世の中には「清濁合わせて」という言葉があるが、その両方を飲むほどの器量の大きさは私にはない。だから、清の部分だけに生きていく。自分がそうした生き方を心から願うのであれば、それは可能なことだと思う。


田原総一朗

雑談上手な政治家を挙げるとすれば、中曽根康弘さんかな。総理大臣だった頃によくインタビューに行った。すると、時の総理がわざわざ大学ノートを取り出してメモを取りながら、いちジャーナリストである僕の話を熱心に聞いてくれるんだ。当然、こちらも熱を入れて話してしまう。まさに聞き方の達人だね。


仲暁子

母は土日も自宅で作業をすることがありました。朝食後に数時間書斎にこもり、午後になってみんなで出掛けることも多かったのですが、家の中にも仕事を持ち込む、そんな働く母の姿は私にとって自然な生活の一部でした。母が仕事をしている間、私も同じ書斎でパソコンで絵を描いたり、段ボールや紙、テープなどを使ってもの作りに没頭したりしていました。何が言いたいかというと、「子育て中は、仕事を家に持ち込んではいけない」というのも、必ずしも真でない可能性があるということ。使命感を持ち、やりがいを感じながら仕事に打ち込んでいれば、自分が仕事をする姿を見せることは、子供にプラスの影響を与える場合もあると思うのです。


古賀信行

私の母は、性格的にはシャイで、そっと柱の陰から見守るようなタイプの人です。そうした性格からか、「勉強しなさい」と言葉では言いませんが、いま振り返ると勉強するように仕向けられたような覚えがあります(笑)。例えば小学生の時、近所にものすごく勉強のできる医師の息子がいました。その子と私で家庭教師について勉強を教わったことがありますが、「何でこんなことをしているんだろう?」と思っていました。医師の奥さんも女医さんで、その方が「1人だけで取り組んでいるとどこかで成長が止まる」と思ったようで、誰かと競わせたいと考えて、母に声をかけたようです。それを母はスッと受け入れたということです。