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三島海雲の名言

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三島海雲のプロフィール

三島海雲、みしま・かいうん。カルピスの創業者。浄土宗の住職の家に生まれ僧籍に入る。龍谷大学文学部を卒業後、山口県で英語教師となる。その後、25歳で中国に渡り、雑貨貿易をはじめる。日本軍からの軍馬調達の命を受け、モンゴルを訪れ瀕死の状態に陥る。そこで現地の伝統的な乳酸菌飲料の酸乳を飲み健康を取り戻す。以後、日本に帰りカルピスの前身であるラクトーを設立。乳酸菌と食品の研究を行い人々の心と体の健康のために事業を行った人物

三島海雲の名言 一覧

真心をぶつけなければ人を感動させることはできない。


孟子は「敵国のなき国は滅ぶ」と言った。今後、カルピスの類似品は続々できるであろう。私はカルピスのためにそれを望む。


私が事にあたって心がけてきたことに日本一主義がある。これは何か問題が起きたときには日本一流の学者なり専門家の意見を聞き、教えを請う主義である。こうすれば、安心して事が運べる。


前田慧雲先生(龍谷大学学長)から受けた教訓は忘れられない。先生は「世間ではね、金を得ることは大変に難しいことのように言うが、案外たやすいものだ。必要な金はどこからか湧いてくるものだ」と話した。後年、事業を起こした私は、この言葉の真理を身をもって理解した。事業は金がなければできないが、正しい確たる信念で裏付けられた事業には、必ず金は自然に集まってくる。


戦後、私は年甲斐もない失敗をした。日本のどこでもとれる栗に目をつけマロン・グラッセをつくってアメリカに輸出することを考え、ろくにアメリカの市場調査もしないで機械を買い入れ、大きな赤字を出してしまった。このときは社員にボーナスも出せないほど困ったが、羽田亨(友人の京都大学総長)は「那須与一さえ一の矢、二の矢で失敗し、三の矢でようやく成功した。一回ぐらい失敗してもへこたれるな」という手紙を那須与一殿という宛名でよこした。


いろんなことをやって失敗もし、結局、カルピスがものになったわけだが、私は常に「制心一処、無事不弁」ということを心がけて事業をやってきた。これは幕末の葛城上人の文句で、精神を統一して集中すればできないことはないといった意味である。


私はギリギリのマージンしか見込まず、長続きするような取引を心がけるようになった。そして、それだけで会社をまかなっていけるような、いい得意先をつかむことができた。
【覚書き|北京で貿易商「日華洋行」を興した当時を振り返っての発言】


売るべき商品、カルピスはできた。しかし私には販売ルートがない。いくら製品が良くても販売ルートが弱ければどうしようもないということは、ラクトー・キャラメルの失敗で身に染みていた。そこで、当時、食品問屋では日本一だった国分商店と交渉することにした。


パーリ語で書かれた阿含(あごん)経の中に「すべての行為の効果を有するものは、私欲を離れたる根から生ずるものなり」とある。この言葉の真の意味を、私は70歳を越すまでわからなかったが、いまにして思えば、震災のときの行為(関東大震災時、カルピスの在庫をすべて無償で配布して回ったこと)が、これにあたる。


今年89歳を迎えた私は、決して生来丈夫だったわけではない。とくに消化器と呼吸器が弱く、子供のときから薬ばかり飲んでいた。私の肉親は母をはじめ、二人の娘も早世した。血筋から言えば今日まで生きているのが不思議である。だから人一倍、健康に気を使い、努力してきた。健康に役立つ書物を片っ端から読み、あらゆる方法を試みた。


羽田亨(友人の京都大学総長)がかつて「君は所有欲がないやつだ」と言ったことがあるが、確かにその通りだ。しかし、私にも欲はある。大いに金を儲けたい。そして、三島財団が学会に寄付できる金を年額一億円にしたいと思っている。


仏教に「有田憂田、有宅憂宅」という言葉がある。人間は田地を持てばそれをなくすまいと心配し、邸宅を持てばそれを心配する。身軽なのが一番幸福なのだという教えだ。厭世的ともいえるが、これが10歳のころから私に染みついた人生観の根本である。


「三島さんは宣伝の天才だ」と評されたことがあるが、私は天才でもなんでもない。ただ人が宣伝・広告の効果をあまり重視していなかったときに、私はカルピスに真剣に取り組み、あたかも私の心身が、カルピスに対する情熱で火の玉とも見えるように行動したに過ぎない。


このころの清朝の腐敗ぶりはひどかった。清国の官吏はもともと平然と賄賂をとり、ときには要求するのだ。だいたい、国でも会社で社員が賄賂やリベートをとるようになっては滅びる。
【覚書き|日露戦争頃、取引していた清についての印象を語った言葉】


私は日本一主義(問題が起きたら日本一流の人に相談に行く方針)によって、数十年来各界の権威者とお付き合いを願い、懇意にしてきた。こうした一流人との交友が今日の私と私の事業を支える無形な大きな支柱である。


幸い私は近年ますます健康で、いくらか耳が遠くなったが、それも補聴器の世話になるほどではない。せっかく、ここまで生きたのだから、あと20年ぐらいは働いてみたいと思っている。私がいま考えていることはほとんど5年先、10年先のことなので、それくらい生きないと困る。私はまだまだ前方を、未来を向いて生きている。
【覚書き|89歳時の発言】


「そうだ、窮乏にあえぐ美術家を救い、その高度なアイデア、技術を我が国に取り入れるため、ドイツでカルピスのポスターを募集しよう」。入選作には、むろん賞金を与え、落選したものも一般に公開して競売し、売上金全部を応募者一人一人に送った。
【覚書き|第一次世界大戦後のドイツの悲惨なインフレ状態で芸術家たちが困っていると聞いたときの発言。1400点の作品が集まり、画家たちに利益を分配でき、さらに世界的な広告宣伝効果が得られた】


事業は金がなければできないが、正しい確固たる信念で裏付けられた事業には、必ず金は自然に集まってくる。


三島海雲の経歴・略歴

三島海雲、みしま・かいうん。カルピスの創業者。浄土宗の住職の家に生まれ僧籍に入る。龍谷大学文学部を卒業後、山口県で英語教師となる。その後、25歳で中国に渡り、雑貨貿易をはじめる。日本軍からの軍馬調達の命を受け、モンゴルを訪れ瀕死の状態に陥る。そこで現地の伝統的な乳酸菌飲料の酸乳を飲み健康を取り戻す。以後、日本に帰りカルピスの前身であるラクトーを設立。乳酸菌と食品の研究を行い人々の心と体の健康のために事業を行った人物

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