三宅宏実の名言

三宅宏実のプロフィール

三宅宏実、みやけ・ひろみ。日本の重量挙げ選手、指導者。埼玉県出身。中学3年時に重量挙げを開始。法政大学卒業。全日本選手権、世界選手権で優勝。ロンドン五輪で銀メダル、リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得。

三宅宏実の名言 一覧

自分を知り、知識を身につけ、柔軟に変化し続ける。それが、トップで戦い続けるために大切なこと。


どんなに練習しても、自分の感情をコントロールできない人が世界の舞台で勝てるわけがない。


本気で自分を変えようと行動し、諦めずに努力し続ければ、本番で力が発揮できる。


最後は、自分を信じる強い心がないと成功できない。そのためにも、自分自身が成長しなければ勝てない。


リオまでの2年間は本当に辛かったけど、本気で自分を変えようと思うことができ、自己成長できる機会を頂いたんだなと思う。


読書はリフレッシュにもなりますし、気づかされる言葉がたくさんあった。世界は広がるし、本から得られた言葉をヒントに自分を磨けば、競技に生かせるのではないかとも思えた。今では、書店で本を選ぶ時間が一番楽しい。


これからの4年間、ロンドン五輪やリオ五輪とは異なる悩みが、私の前に立ちはだかると思います。そのたびに「自分は何者か」と問いながら、答えを見つけて乗り越えていきたい。そのヒントは周りにたくさんあると思う。


人は本気で変わりたいと思った時に力を発揮し、行動に移して、壁を乗り越えられる。そうして一つひとつ壁を乗り越える度に、少しずつ心が強くなっている。


本から得られた気づきや、心に残った言葉は、タイトルや著者とともにメモ帳に書き留めています。辛い時に見返すと、考え方がプラスに転じたり、心が軽くなったりする。このメモ帳にその時の感情も書き留めれば、「自分が今どんな感情か」といった自己分析ができるんです。


私の心はそれほど強くないので何度も折れてます。怖さ、不安、落胆……。故障やケガもありますし。そのたびに、何度もグラグラして折れています。でも、お尻を持ち上げてくれるような皆さんの支えがあるから続けられているんです。


ロンドン五輪後からの4年間、自分の部屋で涙を流した日の方が多いぐらい、ケガなどで思うように練習できない時間を過ごしました。本当に苦しかったからこそ、周囲の方々の応援のありがたみや、それがどれだけ自分を支えてくれたかを改めて実感できました。


「失敗したらどうしよう」という不安は常にあって、心が折れやすいタイプだと思います。「強くなりたい」「弱い心をどう克服できるか」といつも模索していた。不安や葛藤といった心の壁を乗り越えることに必死でした。その原動力となったのは「何が何でもメダルを獲りたい。そのためには自分が変わらなければ」という覚悟だと思います。


30歳を超えていいパフォーマンスを残せれば、1つのモデルケースとして後進に示すことができ、励みになるとも思います。ウエイトリフティングの種目で、たくさんの日本人メダリストが生まれればうれしい。そんな道を切り開くためにも、今は自分がどこまで挑戦し、成長できるのか、知りたい気持ちでいっぱいです。


自分を変えようともがいていた時、「自分は何者か」「どんな人間なのか」と自分探しをしていました。書店に行くのも、自分を探すためかもしれません。「私は何をしたいのか」「なぜ落ち込んでいるのか」「何が足りなくてどんなふうに変えたいのか」といった、その時の自分の心情を把握して乗り越える方法を、本の中の言葉から探しています。そうやって今の自分を知れば、様々な要因で心が乱れても、冷静に考えられる。弱い心に屈しないことにつながるのではないでしょうか。


とくに影響を受けた本は、比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行(まんこう)された、天台宗大阿闍梨(あじゃり)・酒井雄哉さんの『一日一生』です。「一日を一生と思って生きる」という言葉には本当に支えられました。明日は何が起こるか分からない。だから明日のことは考えず一日一日を大切にし、練習も試合も全力を出し切れば、きっと悔いなく生きられると思えた。思い通りにいかない時も、その時できることを全力でやろうと言い聞かせ、モチベーションの波を乗り切れた。


「ロンドンで引退すればよかった」と、すべてのことから背を向けたくなりました。家の部屋にこもってカーテンを閉め、両親に気づかれないように泣いていた日の方が多かった。何度もくじけそうになりながら、それでも何とかリオ五輪までモチベーションを保てたのは「本」による支えが大きかった。


私にとっては父であり、師匠。父がいないと重量挙げを教えてくれる人がいなくて困っちゃうので、親子であるがゆえのやりにくさとか思春期とか反抗期とか、そういうものは度外視して、ただ、強くなりたい、学びたいという思いだけでした。ケンカをしても、父と娘のお互いの目標が五輪のメダルですから、2人とも練習場に戻るしかないですし。すぐに仲直りしました(笑)。


メダル獲得のラストチャンスとなった3回目のジャーク(バーベルを頭上へ挙げる第二動作)は、勝負師として攻めたいと思いました。「ここで決めなかったら日本には帰れない。ロンドンからリオ五輪までの4年間の苦労や努力も報われない。絶対に決めたい!」。そんな強烈な想いが集中力を上げ、成功につながったんだと思います。


三宅宏実の経歴・略歴

三宅宏実、みやけ・ひろみ。日本の重量挙げ選手、指導者。埼玉県出身。中学3年時に重量挙げを開始。法政大学卒業。全日本選手権、世界選手権で優勝。ロンドン五輪で銀メダル、リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得。

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