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三國清三の名言

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三國清三のプロフィール

三國清三、みくに・きよみ。日本の料理人。北海道出身。中学卒業後、札幌の米販売店に住み込みで働きながら夜間の調理師学校に通う。住み込みで働いていた米販売店の紹介で札幌グランドホテルで料理修業を開始。帝国ホテル勤務を経て、駐スイス大使館料理長に就任。その後、「ジラルデ」「トロワグロ」「オーベルジュ・ドゥ・リィル」「ロアジス、アラン・シャペル」などの有名レストランで修行をする。帰国後は、「ビストロ・サカナザ」のシェフを務めたのち独立し「オテル・ドゥ・ミクニ」を開業。日本国内だけでなく海外にも出店し活躍した。そのほか、日本フランス料理技術組合代表などを務めた。

三國清三の名言 一覧

経営はずっと継続させることが大前提です。常に、未来を見据えて、一生学び続けなければならない。


お金、学歴がなくても志は平等。捨て身でぶつかれば、必ず道は拓ける。


どんな仕事であっても、みんながやりたくない、嫌がる仕事には、突破口となるチャンスが隠れている。


今日よりも明日、明日よりもあさって、毎日上を目指して、365日成長することも必要。常に世界の動向をウォッチしながら、僕も日々、時代とお客さまへの対応方法、よりよいサービスを考え続けています。


今後も時代は、予想以上のスピードで変わり続けていきます。どんな分野であっても、今、時代への対応力が経営者に一番求められる力なのではないでしょうか。


コネも学歴もない僕にとっては、直談判しかなかった。必死に頼み込んだ結果、従業員食堂の飯炊きのバイトをさせてもらえることになりました。
【覚え書き|札幌グランドホテルで働くために直談判に行った当時を振り返っての発言】


自分の心に嘘をつかないこと。本当に自分に非があると思えた時は、相手が誰であろうがいいわけせずに素直に謝る。そんな正直さも、リーダーにとって大切。


30代は、自分の料理を求め、暴走した時期だった。わかってほしいという思いばかりが先走り、力技で成功を手に入れた。しかし当時の私は、自分の料理を表現する言葉をもっていなかった。「料理とは、素材の表現にほかならない」―――。シンプルだけど本質的な言葉は、30代の暴走期があって、ようやく見つかったものなのである。


素材本来の味に近づく料理をつくろうと感じはじめたのは40代です。ひとつひとつの食材の生産過程にも目を向け、素材を表現する料理こそが、オリジナルの三國料理だと自信をもっていえるようになったのは、30代を終えて、しばらく経ってからである。


帰国してからの30代の私は、なんとか恩師のジラルデさんやトロワグロ兄弟といった料理の神様のような天才になりたいと、力づくで自分の料理を認めさせようとした。「どうだ、すごいだろう」と、挑発的につくられる料理。少し過激にいえば、相手をねじ伏せようとする武器代わりとしての料理。次第に私は、料理業界人や評論家からバッシングされ、「三國は生意気だ」「フランス料理に、しょうゆを使うなど邪道だ」などと非難を浴びた。フランスで身につけたはずのものが、日本では理解されない。そうしたジレンマを抱えた私は、逃げ場を海外に求めた。ニューヨークやタイなど、海外の一流レストランで開催した「ミクニ・フェスティバル」は、トップクラスの集客力を誇り、海外で高く評価され、ようやく私は、日本でも認められていった。


20代のヨーロッパ修行時代は、ジラルデさんやトロワグロ兄弟といった料理の神様に師事し、自分も神様に近づきたいと、模写に明け暮れた時期だった。


組織の長としては、誰よりも働く、苦労する、汚れ役になる、嫌われる。厳しい課題をメンバーに与え、かわいそうだと思っても答えを教えず、失敗させながら成長させることがリーダーの使命です。無理難題を言うから当然、「イヤな奴」だと嫌われる。しかし、それがメンバーに“未来の豊かな人生”を手に入れさせる、唯一の方法だと信じています。


過去に僕が修業させていただいた尊敬するシェフたちは、みな厳しい方ばかり。でも、仕事場では理不尽に思える反面、外に飲みに連れていってくれた際に、厳しさの裏側にある持論を丁寧に語ってくれる。そういったギャップを併せ持った方々でした。僕のリーダーとしての姿勢も基本は同じです。


札幌グランドホテル従業員食堂のバイトが終わって下宿に帰ってもやることなどありません。なので、宴会場や調理場の洗い場で、自主的に皿洗い、鍋磨きをすることにしました。それもピカピカになるまで。先輩社員たちからとても感謝されましたね。そのかいあって半年後に正社員への登用が決定し、フレンチレストランに配属された僕は、そこから必死で料理人になるための勉強を開始します。厨房に泊まり込んでいろんな料理を練習し、休日は肉をさばく技術を磨くために鶏肉工場でも働きました。徐々に、「三國は何でもできる」と重宝がられるようになり、花形のワゴンサービスを任されるまでになりました。


三國清三の経歴・略歴

三國清三、みくに・きよみ。日本の料理人。北海道出身。中学卒業後、札幌の米販売店に住み込みで働きながら夜間の調理師学校に通う。住み込みで働いていた米販売店の紹介で札幌グランドホテルで料理修業を開始。帝国ホテル勤務を経て、駐スイス大使館料理長に就任。その後、「ジラルデ」「トロワグロ」「オーベルジュ・ドゥ・リィル」「ロアジス、アラン・シャペル」などの有名レストランで修行をする。帰国後は、「ビストロ・サカナザ」のシェフを務めたのち独立し「オテル・ドゥ・ミクニ」を開業。日本国内だけでなく海外にも出店し活躍した。そのほか、日本フランス料理技術組合代表などを務めた。

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