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ロバート・キャンベルの名言

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ロバート・キャンベルのプロフィール

ロバート・キャンベル。アイルランド系アメリカ人の日本文学者。東京大学教授。専門は近世文学・明治文学。ニューヨーク出身。カリフォルニア大学バークレー校卒業、ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士号(日本文学専攻)取得。28歳で九州大学へ研究生として留学。その後、九州大学文学部講師、国文学研究資料館助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授などを経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文化研究室教授となる。

ロバート・キャンベルの名言 一覧

肩の力を抜いて、自分が「おもしろそう」だと思う分野から学べばいい。


知識をただ身につけるのではなく、自分の考えや感想などを絡めて話せるようになるといい。


私は、自分の分野で足場を固める一方で、異分野の人と語り合う機会を積極的にもち、自分の可能性を広げるようにもしてきました。それはいまでもやっていて、テレビ番組に出演しているのも、じつはそのためなんです。


いまの若者をみていると、「自分らしさ」にこだわって、可能性を自ら閉ざしてしまっている気がします。若いうちの「自分らしさ」は毒にもなるのです。


30代というのは、ひとつひとつの選択が人生全体を大きく左右することになる時期です。だから、自分のキャリアビジョンを冷静に描くことはすごく大切だと思います。ただ同時に、小さくまとまらないで、ときには一度描いたキャリアビジョンを上書きしていく勇気ももってほしい。


日本留学以降、大学で講師をやりながら、少ないお金と時間を使って自分の研究をし、日本語で論文を書くという日々を続けました。当然、不安も失敗もたくさんありましたよ。でも、幸いオリジナリティーのある論文をいくつか発表することができ、30代後半からは憧れの場所だった国立・国文学研究資料館で働くこともできました。いま振り返ると、私の30代は細かい成果を少しずつ積み上げつつ、自分の足場を必死に固めていった10年だったように思います。


留学当初は日本でずっと研究を続けるつもりはなく、一年後にはハーバードに戻って博士論文を書こうと思っていました。ところが九州にいってすぐに、自分がそれまで築き上げてきた学問の足場が、音を立てて崩れてしまったわけです。正直、パニックでしたし、偏頭痛にもなりました。ハーバードの指導教授や家族は、盛んに「早く帰ってこい」といってきます。でも私は、「このままではとても帰れない」と思い、日本に残ることにしたのです。


28歳で九州大学に留学したとき、ある神社の書物を整理して目録をつくることを命じられました。何千冊もある書物一冊一冊について、大きさを測り、綴じ方を調べ、ページ数を数え、中面を撮影し……といったことを地道にやっていくのです。最初に思ったのは、「考古学研究をやるために日本にきたわけではない」ということでした。当時の私は、本の「中身」を研究するのが文学研究だと思い込んでいましたから。でも、しばらく続けているうちに、本の「形や外見」と「中身」は密接にリンクしている、ということがみえてきたんです。


教養を身につける時にも、どこから手をつけたらいいか戸惑う人は多いでしょう。私の場合、その分野がどのように体系づけられているのか、という全体像を知ることから始めます。例えば浮世絵なら、そもそも浮世絵とは何か。他の日本画とどう違い、どういった背景で広まったかなど、ツイッターに書き込むつもりで140文字以内にまとめ、1~2分で説明できるようにする。まずは膨大な情報をシンプルに削ぎ落とし、全体像を掴むわけです。その中から興味ある作品の知識を掘り下げましょう。その作品の歴史的背景なども分かり、理解が深まりやすく、面白みも増します。


知識はすぐ身につきますが、それを繰り返し学び直せば、自身の血肉になります。学んで考え、また忘れた頃にふと思い出して考え、学び直す。3年後、5年後、10年後といった中長期で見た時に、どこかでふと「人間性」「物事を俯瞰して見る力」が増していると感じるものです。


ひとつの物事を違う方向から眺めてみると、また新しい気づきがある。二つの側面を持つことで、可能性は何倍にも広がる。そういう意味でも、私の中にあるアメリカと日本の二面性は、様々な分野で発言する上で大いに役立っていると思います。


数百年前の日本文化を扱う私の研究は、とても時間がかかります。長い歳月を共に過ごし、熟成させることは、古い文献を扱う醍醐味のひとつ。プロジェクトの樽をいくつも抱え、ひとつひとつの樽を何年もかけて仕上げていく。それが研究者としての私の風景。


日本に住み始めて、もう26年になります。昨年、東日本大震災があって、僕も読書会を開くなど、何度も被災地に行きましたけど、あらためて日本人の心の強さを感じました。復興というものも、やっと始まったばかりというか、地域によってはまったくの手つかず状態にありますが、多くの人たちが、「何かをしよう」と自分の時間とお金をかけて継続的にやっているわけでしょう?


アメリカに帰っても、日本と同等の環境で研究生活を送れたとは思います。ただアメリカに帰ると、自分が一番大切にやろうと思っている江戸の文学については、結局、誰かが選び取って活字にして著作にしたものしか相手にできないわけです。そこには自分の発見というものがないじゃないですか! だからこそ原資料と格闘できる日本に残ったのです。


アメリカやカナダの第1線で働く日本研究者の多くが通過している高度な学習センターが東京にあるのですが、そこで日本研究の素地になる専門的な日本語を集中して学びました。授業後は、東京の街に出るのが楽しくてね。芝居を観たり、映画を観たり、飲みに行ったりして。その1年間は、僕にとって大きかった。演劇や文学にかかわる多くの人に引き合わせてもらい、アメリカでは絶対にできないことを経験したので、これからも「日本に関わる仕事をずっとやっていきたいな」と思い立ちました。


大学で「日本美術入門」という講座を受けたら、そこで桃山時代の「洛中洛外図屏風」と出会い、瞬間、車のライトに照らされて動けなくなった小動物みたいになってしまって……。あの霞がかった独特の図柄の中に、喧嘩する男や托鉢する僧など、様々な人の息遣いが描かれている。「これはすごい。もっと日本の絵を観てみたい!」と思い、先生に相談すると「日本語を覚えなさい」と言われたんです。「言葉を知らなくても絵を観る上では同じではないですか」と生意気にも反論したら、「言葉を学べば、絵に描かれている人たちの物語を知ることができる」と言われて。それで1年生の夏の集中講義から日本語を学び始めたんです。


九州大学では研究室の仲間と「明日から○○稲荷神社に調査に行くから、一緒に行こう」とそんな毎日。古い民家の蔵から出た毛筆の写本や、版木で刷られた板本を整理し、目録をひたすら作っていく。僕がハーバードで4年かけて頭にたたき込んだ日本文学のジャンル分けなんかあまり役に立たなかった。山のような第一次の原資料を目の前にしたら、日本文学の研究を志して日本に来た海外の研究者の大半は、そこで完全にアウトになるんじゃないでしょうか。僕も一瞬、挫折しかけた。だけど、九州大学の研究室の熱気がすごくてね。一緒に調査、整理していくうち、これだけ原資料がふんだんにあったら、研究者としての「城」を造れるのではないかと。地道に測量し、地ならしをして石垣を積み上げていけば、ひょっとしたら秋空にそびえる美しい天守閣が打ち立てられるのではないかと考えたんです。


大学では東アジア言語文化学と、経済学を両方とも専攻していました。「虚学の道に身を投じるのか、それとも実学の道を行くのか」。4年になっても迷いがありました。経済でも法律でも「やればできるだろう」という根拠のない自信があっただけに(笑)、「とりあえずロースクールにでも行こうか」とも考えました。ぎりぎりまで悩みましたが、やっぱり谷崎潤一郎や三島由紀夫を原文で読めるようになると、日本文学の理屈抜きの面白さ、深さにはあらがうことができませんでした。それで大学院は日本文学の研究資料が充実しているハーバードに進み、4年間で江戸時代の日本文学史を自分なりに構築していったのです。


ロバート・キャンベルの経歴・略歴

ロバート・キャンベル。アイルランド系アメリカ人の日本文学者。東京大学教授。専門は近世文学・明治文学。ニューヨーク出身。カリフォルニア大学バークレー校卒業、ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士号(日本文学専攻)取得。28歳で九州大学へ研究生として留学。その後、九州大学文学部講師、国文学研究資料館助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授などを経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文化研究室教授となる。

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