ラモス瑠偉の名言

ラモス瑠偉のプロフィール

ラモス瑠偉、らもす・るい。プロサッカー選手(MF)、タレント。ブラジル・リオデジャネイロ出身。サージFCを経て読売サッカークラブ(のちの東京ヴェルディ)に入団。日本に帰化し日本代表としても活躍。

ラモス瑠偉の名言 一覧

1 / 11

ワールドカップで勝つ強いチームを見てみな。みんな死ぬ気で戦っている。なぜか。国を背負っているからだよ。自分より重いものを背負うから、自分の力以上のものを出せるんだ。


今日やらなきゃ明日はないと思って生きているか?


やられたまま尻尾を巻いて逃げ帰るのってイヤじゃない? 「絶対に日本のやつらにオレのことを認めさせてやる」って、それまで以上に練習したよ。ちょっとでもサボれば、「ガイジンだから……」って叩かれるに決まっているから。肉離れした足でも練習して、練習しながら直したもんさ。


日本にきて35年になるのか……。2年でブラジルに帰るつもりで来たのに、まさか、こんなに長くいることになるとは(笑)。わかんないもんだよ、人の運命なんて。


ボク自身、なぜ苦しい思いまでして日本で頑張れたのか? お母さんに家を買ってやって、ラクをさせたかったからだよ。結婚してからは初音(妻)と娘、息子のために頑張ってきた。人間、背負うものがないと力も出せない。自分のためだけだったら、サッカーなんかやめて、くだらない人生を送ってたんじゃない?



給料のことなんて、どうでもいい。そんなこと構わない。おカネなんて、いつでも稼げる。それよりも大切なのは、ワタシがどういう人間か、どんなサッカー選手か、それを皆に見せてやること。このままじゃ終われない。だから試合には出られなくても、誰よりも練習はやったよ。肉離れを起こしたときも、自分でテーピングして、それで練習した。

【覚え書き|1年間の出場停止時代を振り返って】


1981年の8月だった。バイクで事故を起こし、左脚のスネを複雑骨折したんだよ。骨が見えるぐらい、ひどい骨折だっただけに、一瞬、「ああ、オレのサッカー選手としての人生も終わったかな」と。でも、運ばれた病院の先生に「二度とサッカーはできないでしょう」と言われたときには、逆に「冗談じゃない!」っていう持ち前の反発心が芽生えてきてね。「だったらボクの脚に触らないでください」って治療を拒み、信頼できるドクターに連絡を取って、その病院で治療してもらったんです。先生も「お前次第だ」と言ってくれたんで、頑張れば、復帰できるんだと思って。


日本代表に選ばれていながら、日の丸を背負って戦うっていう重大さをわかってない選手も少なくない。だから怒るんだ。98年のワールドカップ・フランス大会のとき、NHKにゲスト解説者として呼ばれたんだけど、あまりにも不甲斐ない戦いを見ているうち、カッカしてきてね。試合終了後、選手たちに向かって「なにニヤニヤしてんだよ! ワールドカップは戦争だよ!」って怒りをぶちまけたら苦情が殺到した。でも、日本のチームに強くなってもらいたいから言っているだけなのに、それがなぜ悪いの?


ラモス瑠偉の経歴・略歴

ラモス瑠偉、らもす・るい。プロサッカー選手(MF)、タレント。ブラジル・リオデジャネイロ出身。サージFCを経て読売サッカークラブ(のちの東京ヴェルディ)に入団。日本に帰化し日本代表としても活躍。

おすすめ名言

気に入ったらみんなとシェア

1 / 11

ページの先頭へ