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マーク・ザッカーバーグの名言

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マーク・ザッカーバーグのプロフィール

マーク・ザッカーバーグ、マーク・エリオット・ザッカーバーグ。アメリカの起業家、プログラマ。SNSサービスのFacebook(フェイスブック)創業者。米国ニューヨーク州出身。高校時代友人のアダム・ダンジェロ(のちにFacebookでCTO(最高技術責任者)を務める)とともに「Synapse Media Player」を製作。ハーバード大学在学中に「Coursematch(コースマッチ)」「Facemash.com(フェイスマシュ.com)」「Hot or Not」など、同大学生を対象としたサービスを立ち上げる。しかし、大学側からこれらのサービスを停止させられてしまう。その後、Facebookを開設し、一年間の休学を経て、同大学を中退した。2010年のTime誌「Person Of The Year」に選ばれた。

マーク・ザッカーバーグの名言 一覧

世界をより開かれた、よりつながりの強いものにする社会的な使命を達成するためにフェイスブックを設立したのだ。お金を儲けること自体は目的ではない。


金は要らないんだ。フェイスブックみたいな素敵なアイデアには二度と出会えない。だから売れない。
【覚え書き|フェイスブック立ち上げ1年後、15億ドルで買いたいという申し出に対して】


世界はオープンであればあるほどいいというのが僕たちの考えです。情報が多ければ多いほどよい選択ができ、世の中に大きなインパクトを与えられます。


フェイスブックでは「ハッカーウェイ(ハッカー精神)」という独自の企業文化を育ててきました。これは、「最初から完璧を目指さず、こまめに修正、改善を繰り返すやり方」です。シリコンバレーの本社オフィスの壁に書かれた「完璧よりとにかく実行を」という言葉を見ては、この姿勢を忘れないようにしています。


「速く動いて失敗せよ」、「リスクをとらないことが最大のリスク」という言葉も肝に銘じています。


普通の会社とは違い、僕たちは金儲けのためにサービスをつくっているのではなく、いいサービスをつくるためにお金を稼いでいます。


僕がフェイスブックをつくったのは、会社をつくるためではありません。「世界をよりオープンで、皆がつながり合える場所にする」という使命を果たすためです。


ハッカーは、マスコミではコンピュータへの不正侵入など悪い意味で使われることが多いですが、本来ハックとは「ものごとを素早くやってのけ、可能性を広げる」ことを意味します。
【覚書き|フェイスブック本社の壁に「ハック」と巨大な文字が書いてあることについて語った言葉】


僕がやりたいのは会社を経営することではありません。世界をより良い方向に変えていくことです。フェイスブックはその手段です。


人々が情報をもっとオープンに交換するようになれば、世界はもっと良い場所になる。フェイスブックはその実現を助ける。


最大のリスクは、一切のリスクをとらないこと。非常に変化の早い世界で、唯一失敗が保証されている戦略はリスクをとらないことだ。


僕自身が会社の使命とするところを体現した生き方をしようと思っています。僕の生活でそれ以外のことについてはギリギリまでシンプルにしておきたい。


仕事以外の時間はだいたいガールフレンドと愛犬と過ごしています。家にはあまり家具も置いてないし、すごく質素な生活ですよ。ぼくたちは世界中の人に良いサービスを届けたい。そのためには自分たちが孤立した状態になってはダメだ。


Facebookという会社のカルチャーは非常にオープンです。僕と社員の間もオープンだけど、社員同士でもオープンで密接な交流が図れるようにしています。会社のオフィス設計もオープンです。広い部屋にデスクがずらっと並んでいて、誰も個室を持っていません。僕らが人と会うための会議室はあるけど、それはガラス張りで外から何が起きているかすっかりわかります。


自分が何をやっているか知っていたフリをするつもりはない。最初の何年かは、いつも死の淵にいる気分だったし、Googleがうちみたいな製品を作って、うちが潰されるんじゃないかと心配していた。


振り返られることになるストーリーは、アプリをはじめとするFacebookの上に構築されたものの数々だろう。過去5年間は、人々を繋ぐことが中心だったが、次の5年から10年は、出来あがったこの繋がりの上に何を作れるかが問題だ。


大きな企業変革を経験すれば、以前と同じではいられない。もし僕たちがYahooに売っていれば、彼らは何か違うことをしていただろう。自分の考える会社のビジョンを続けたければ、売ってはいけない。なぜなら、売ってしまったら何かしらの変化は不可避だから。


僕は早くに会社を作ることには否定的だった。大学にいた頃、世界が進んでいく方向について友達とよく議論していて、それが起きるところを見ることはもっと気にかけていた。僕たちはこれ(Facebook)を作ったけれど、会社になるとは考えていなかった。ただ、最高だと思ったから作っただけだった。


マーク・ザッカーバーグの経歴・略歴

マーク・ザッカーバーグ、マーク・エリオット・ザッカーバーグ。アメリカの起業家、プログラマ。SNSサービスのFacebook(フェイスブック)創業者。米国ニューヨーク州出身。高校時代友人のアダム・ダンジェロ(のちにFacebookでCTO(最高技術責任者)を務める)とともに「Synapse Media Player」を製作。ハーバード大学在学中に「Coursematch(コースマッチ)」「Facemash.com(フェイスマシュ.com)」「Hot or Not」など、同大学生を対象としたサービスを立ち上げる。しかし、大学側からこれらのサービスを停止させられてしまう。その後、Facebookを開設し、一年間の休学を経て、同大学を中退した。2010年のTime誌「Person Of The Year」に選ばれた。

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