マンジョット・ベディの名言

マンジョット・ベディのプロフィール

マンジョット・ベディ。インド生まれのクリエイティブディレクター。ニューデリー出身。幼少期から外交官の父とともに世界各地を転々とする。17歳のときに来日。俳優、カメラマン、ディレクターなどの仕事で活躍。株式会社ティー・ワイ・オーを経て、広告企画・制作会社の1st Avenueを設立。TVCM、新聞・雑誌・交通広告、ウェブ、フリーペーパー、プロダクトデザイン、企業コラボレーションなど幅広い分野のクリエイティブに携わる。

マンジョット・ベディの名言 一覧

商談にしてもプレゼンテーションにしても、やはり大切なことは相手に信用してもらうことです。もし、途中で話が脱線してしまって、相手の方が自分の大好きなゴルフの話を始めたとしたら、それは私に対してオープンなマインドを持ち始めてくれたことの表れなのかもしれません。それなのに無理やり話を元に戻そうとすると相手の気分を害してしまい、まとまる可能性のあった話をご破算にしてしまいかねないので、細心の注意が必要です。


プレゼン中には単に相手に目線を合わせるのではなく、相手の利き目に焦点を合わせながら話をします。それを2、3回繰り返すと、「私にずっと話しかけてくれていた」という気持ちになって、親近感や信頼感がぐっと増します。プレゼン中に眠ってしまうこともなくなります。


テレビのCM制作にしても、なぜこれだけのお金が必要なのか、どれだけの効果が得られるのかを説明するには、ある程度の時間を要します。大きな予算をとるプレゼンの場合は、別な機会を設けてもらって価格交渉に入る方がいいでしょう。


マンジョット・ベディの経歴・略歴

マンジョット・ベディ。インド生まれのクリエイティブディレクター。ニューデリー出身。幼少期から外交官の父とともに世界各地を転々とする。17歳のときに来日。俳優、カメラマン、ディレクターなどの仕事で活躍。株式会社ティー・ワイ・オーを経て、広告企画・制作会社の1st Avenueを設立。TVCM、新聞・雑誌・交通広告、ウェブ、フリーペーパー、プロダクトデザイン、企業コラボレーションなど幅広い分野のクリエイティブに携わる。

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