名言DB

9,557 人 / 112,978 名言

フローレンス・ジョイナーの名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

フローレンス・ジョイナーのプロフィール

フローレンス・ジョイナー。米国の女子陸上選手。主な種目は100m、200m、リレー。ソウル五輪で100m、200m、4×100mリレーでそれぞれ金メダルを獲得し3冠をなし遂げる。競技の実力と共に華のある明るいキャラクターで多くのファンを作った。34歳の若さでこの世を去る

フローレンス・ジョイナーの名言 一覧

試合前にやらなくちゃいけないことをきちんとやっただけです。
【覚書き:上記はソウル五輪で金メダルを獲得した時、勝利の秘訣を問われてのコメント】


フローレンス・ジョイナーの経歴・略歴

フローレンス・ジョイナー。米国の女子陸上選手。主な種目は100m、200m、リレー。ソウル五輪で100m、200m、4×100mリレーでそれぞれ金メダルを獲得し3冠をなし遂げる。競技の実力と共に華のある明るいキャラクターで多くのファンを作った。34歳の若さでこの世を去る

他の記事も読んでみる

村尾信尚

人を説得するときは、書類はできる限り、コンパクトの方がよいでしょう。いま私は大学で教鞭をとっているのですが、学生には「二枚以上のレポートをつくるな」と教えています。社会に出ると、自分が思っているほど他人は自分に興味を示さないし、話を聞く時間も割いてくれません。そんな状況で相手をスピード説得するためには、レポートは、極力、簡潔でなければならないのです。


碓井稔

変わろうという意識はない。今までにないものを作ろうとしているだけだ。「エプソンが最近、ほかにはないものを作っているな」と見られるようになってきたなら、会社が変わってきているということかもしれない。


野村克也

努力に即効性はない。コツコツやるしかない。いつの時代にもいる一流選手と自分は何が違うのか。それを考えながらやるしかない。


南部靖之

創業した当時、就職難の時代で、とくに大卒女子の就職率は16%でした。難関を突破して入社しても昇進で男性に大差をつけられ、さらに結婚して退職すると、もう一度働きたいと思っても再就職は不可能でした。そんな女性に雇用の場を提供することが、私の最初のビジネスでした。ターゲットを「子育てを終えた30代の女性」に絞り、雇用形態が正社員かパート、アルバイトしかなかった時代に、派遣という新しい雇用形態を企業に提案しました。


枡野俊明

失敗を恐れて、いまの能力でこなせる仕事をつづけても進歩がありません。能力以上の仕事に挑戦してこそ成長があるのです。難しい仕事にチャレンジすれば、一度や二度の失敗はあって当然です。


ベン・ジョンソン(作家)

おしゃべりと雄弁は同じではない。愚者はしゃべりまくるが、賢者は話す。


中村伸人

当教室では社員は「コーチ」でなく「先生」、子供たちを「生徒」と呼びます。体操だけではなく、挨拶やお礼など礼儀からルールを守る大切さ、集団行動のマナーも教え、ルールやマナーを守らない時には注意や指導も必要です。そのためにも「コーチ」ではなく「先生」になるのです。スポーツ部門ではなく教育部門での人気ランキング入りでも分かるように、従来の体操、スポーツ教室とは違う新しいカテゴリー「スポーツ教育」の企業として認められてきました。


長嶋由紀子

女性にはもっともっと活躍してほしいです。能力において性差はないのですから。ただ女性のほうが自分に正直で仕事の中でアイデンティティを傷つけられると、職場を去ることに躊躇しなかったり、真面目すぎて予定通りいかないことをのみ込めなかったりする傾向が見られます。この2つが、会社のトップに女性が少ない原因だと私は考えます。良い意味での鈍感シールドをかぶらなくては、進んでいけない時があることを覚悟しましょう。


川原俊明

教員からの意見が出づらくなるという懸念があったので、積極的に意見を出してもらえるよう、円卓で会議をする方式を取り入れるなど工夫をしています。円卓会議で、互いに顔を突き合せて意見を言えるようになったので、報告集会ではなく、学部長を中心とした建設的な議論ができるようになりました。


三田聖二

携帯電話会社は音声通話サービス時代に構築した垂直統合型のビジネスモデルを維持しようとしたために、社内の通信技術者は限られたサービス開発にしか取り組ませてもらえなかった。NTTドコモが携帯電話向けネット接続サービス「iモード」などの開発で先行しながら、日本市場でスマートフォンの普及が遅れた理由もここにある。


所眞理雄

井深大さんには「君は今、何をやっているの?」とよく話しかけられました。何気ないひと言ですが、そう言われると研究者はやる気になるんです。


森田正光

将来が先まで見える気象協会に残るか、行く末の「予報」のしようもない外の世界に飛び出すか……。1年ほど迷った末、42歳の僕は独立する道を選びました。背中を押してくれた助言の1つが、「森田さんは天気解説者として表に出るだけじゃなく、様々な切り口で天気をコンテンツにできるプロとしての強みを持っているから、裏方でもいけますよ」という放送作家さんの言葉です。倉嶋(厚)さんに憧れて本を読みまくったことがそのベースになったんです。