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ハワード・マークスの名言

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ハワード・マークスのプロフィール

ハワード・マークス。アメリカの投資家。運用会社「オークツリー・キャピタル・マネジメント」共同創業者。シカゴ大学経営大学院でMBAを取得。シティバンク役員、TCWグループ参画などを経てオークツリーを設立。

ハワード・マークスの名言 一覧

今日や明日の相場がどうなるかは分からないし、気にかけてもいない。4年間について論じるのはやぶさかではないが、4日間といった短期の予想はしない。
【覚え書き|今後の相場予想を聞かれて】


我々はかなり前から不確実な世界で暮らしている。だから、用心を怠ってはならない。


政治のリーダーたちは、現状に不満を抱く人々の問題への対策を真剣に考えなければならない。彼らがいずれ良い解決策を見つけ出すことを願っている。


分散投資を進めてリスクを低減する方法もある。複数の異なる資産に投資することによって、資産運用の質と安全性の両方を高めることができる。


確かにいまの米国株のPER(株価収益率)は、第二次世界大戦後の平均を大きく上回っている。それでも株価が上昇したのは、他に魅力的な投資先がないからだ。先行きは不透明だ。用心深くしなくてはいけない時だと思う。


ハワード・マークスの経歴・略歴

ハワード・マークス。アメリカの投資家。運用会社「オークツリー・キャピタル・マネジメント」共同創業者。シカゴ大学経営大学院でMBAを取得。シティバンク役員、TCWグループ参画などを経てオークツリーを設立。

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