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中松義郎(ドクター中松)の名言

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中松義郎(ドクター中松)のプロフィール

中松義郎、なかまつ・よしろう。日本の発明家、国際創造学者、経営者。東京府出身。東京大学工学部卒業後、三井物産を経て不動産開発投資会社イ・アイ・イに入社。専務、副社長などを経てナコー(のちのドクター中松創研)を設立。そのほか、日本文化振興会会長、国際発明協会主宰、世界天才会議主宰などを務めた。イグノーベル栄養学賞を受賞。

中松義郎(ドクター中松)の名言 一覧

巷でみんながやってることを僕がやっても意味がない。何の話題にもなってない、その先をやってるわけ。


これまで3500以上の発明をしてきたが、まだまだ発明するよ。今も500件の発明を進めています。私には死んでいる暇なんてないんだ。


私には死んでいる暇なんてない。発明中のものの中には、すぐに実用化するものから、20年、30年かかるものまであるからね。死んだら完成しないでしょ。


がんが判明し、宣告された余命から2年が過ぎましたが、病気というマイナスをゼロに持っていくだけじゃなく、プラスに持ってきています。発明家としての考え方が、病気を治すときにも役立ったということでしょうね。


アメリカは発明をもって国を興すという憲法だが、日本の憲法にその考えはない。簡単にいうと、労働者と資本家を争わせるようなシステムになっている。アメリカのようにのびのびと発明できる国にするべきだと思いますね。発明によって国を立て直す。僕は出馬して何回もそれを言ったけど、国民が誰も耳を傾けない。だけど僕が言ってることは100年後くらいに「ああ、そうか」と分かるよ。


私は3年前にがんで余命2年だと宣告された。2015年12月に死ぬはずだったんだよ。非常に珍しいがんで、ほとんど完治する可能性がなかった。でも、これは「天が与えてくれたチャンス」だと思った。誰も治せないなら治療法を発明するしかない。そしたら、免疫力を高める「ガンガン食」、運動補助の杖である「ドクター中松A」など10の発明をした。それで生き延びた。


中松義郎(ドクター中松)の経歴・略歴

中松義郎、なかまつ・よしろう。日本の発明家、国際創造学者、経営者。東京府出身。東京大学工学部卒業後、三井物産を経て不動産開発投資会社イ・アイ・イに入社。専務、副社長などを経てナコー(のちのドクター中松創研)を設立。そのほか、日本文化振興会会長、国際発明協会主宰、世界天才会議主宰などを務めた。イグノーベル栄養学賞を受賞。

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