名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

スティーブ・M・スミスの名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

スティーブ・M・スミスのプロフィール

スティーブ・M・スミス。アメリカの経営者。「エクイニクス」社長兼CEO(最高経営責任者)。ニューヨーク州ウエストポイント米国陸軍士官学校卒業。太平洋方面駐在米軍司令官付き副官、ルーセント・テクノロジー副社長、エレクトロニックデータシステムズ(EDS)アジア太平洋北部地域代表、ヒューレット・パッカード上級副社長などを経てエクイニクスに入社。同社CEOを務めた。

スティーブ・M・スミスの名言 一覧

当社の文化の1つとして、意見を積極的に聞き、合意をとっていくというものがある。価値観や文化を浸透させようとしたら、軍の司令官的な頭ごなしのやり方は通用しない。


当社がここまで来られたのは、お客様に恵まれているから。お客様とコミュニケーションをとり、常にトレンドを認識できたことも、これまでの成長の要因だと考えています。


新しい社員にはまず、当社の価値観と文化をきちんと伝えます。価値観と文化を啓蒙するポスターを社内のあちこちに掲示するなど、文化を浸透させる活動を積極的に行っています。


進化する一方の技術のサイクルの中で、私たちは今後も必要とされる存在であり続けるためにも、現状のポジションに安住せず、技術が次はどこへシフトしていくのか、いち早く見つけ、新たなテクノロジーに適応していく努力を継続していく。


IT系のスタートアップ企業だけと取り引きをしていたデータセンター事業者はその時期(ITバブル崩壊)を乗り越えられませんでした。しかし当社のお客様には歴史ある企業も多かったため、大きな影響を受けずに生き残ることができました。またその過程で、立ちゆかなくなった同業者を低コストで買収することもできました。このような投資が功を奏し、市場が再び復活するまでに、十分なキャパシティで顧客のニーズに応える体制を整えることができました。


スティーブ・M・スミスの経歴・略歴

スティーブ・M・スミス。アメリカの経営者。「エクイニクス」社長兼CEO(最高経営責任者)。ニューヨーク州ウエストポイント米国陸軍士官学校卒業。太平洋方面駐在米軍司令官付き副官、ルーセント・テクノロジー副社長、エレクトロニックデータシステムズ(EDS)アジア太平洋北部地域代表、ヒューレット・パッカード上級副社長などを経てエクイニクスに入社。同社CEOを務めた。

他の記事も読んでみる

ジム・ロジャーズ

私は決して優秀な学生ではなかったから、できる限りの知識を得たと思える瞬間まで、勉強の手を緩めないと決めました。仕事をやり続ける、学び続けるというのは、狂気と紙一重ともいえるくらいのこだわりです。別の言葉に置きかえるなら「粘り強さ」でしょうか。


村田昭治

仕事は優先順位が大事だが、それは哲学で決まる。


川端裕

私が多くの企業を訪れて実感することは、いまの日本の企業に部下の邪魔をしてやろうという上司はほとんどいないということです。部下を見殺しにするような上司がいたとしても、それを会社が放置することはありません。ですから、自分の新しい提案が組織の硬直した枠組みのせいで通らないのだと思うことなく、コミュニケーション能力を高めて情報を収集し、かゆいところに手が届くような提案を心がけましょう。


伊藤正明(経営者)

社長は必ずしも社内のすべての課題を把握しているわけではありません。会議では、最初に現場の担当者が発言するように促します。


高橋克徳

企業が成果以外の要素を評価することも必要でしょう。面倒見がよい社員、人の嫌がることを率先してやる社員などに着目し、評価すべきです。


上田準二

伊藤忠で鶏肉を扱う畜産1課課長に就任し、最初に下した号令は「営業せんでいい」です。赤字を出す課の共通点は帳簿に不適合が多いこと。買掛金、売掛金、実在庫の棚卸し……。合致しない項目が山積みでした。まず帳簿の不適合を3か月以内に半減、半年で全部なくせと命じました。後ろ向きな仕事はみんな嫌ですが、いくら商売しても足元を整理せずに最後の実入りがわかるはずがない。


粟飯原理咲

新しい企画がひらめいたら、必ず周囲に相談し、率直な意見を聞いてみて、賛成意見が多かったら進めるようにしています。アイデアって、他人に言うとパクられるんじゃないかと、一人で抱え込む人が多いのですが、それではなかなか前には進みません。できればチームをつくって、みんなで考えていくのがベストだと思います。


増田昌子(セットデザイナー)

ターニング・ポイントとなったのは、駆け出しの頃に仕事をもらった『ジュラシック・パーク』。私の担当は、ジュラシック・パークの象徴「ビジターセンター」内の大階段だったのですが、当時はまだパソコンは使われておらず、階段のカーブや中二階との連結など、どう実現するかはすべて手計算でした。高校で習った三角関数やら円周率を駆使し、手すりのデザインもあわせて試行錯誤。あまりに面倒なので、最終的に、まだ勉強中だったパソコンを使い、背水の陣で仕上げました。私の設計図をもとに、コンストラクション(建造)担当の人たちが階段を創り上げ、それにペインターの人たちが色を塗って、完成です。不安だった私は、完成した階段を見て、「エンジニアもいないのに、できちゃった!」と感心しました。もちろん皆、経験はあったし、元建築士のデザイナーもいましたが、そのときは、全員が専門家でもないのに立派なセットが出来上がることが、とても面白かったのです。完成試写会では、スタジオで見てもリアルだった樹脂製の恐竜たちも本物さながらに動き回っており、それは感動しました。その後、挫折しそうなことも多々ありましたが、『ジュラシック・パーク』で味わった興奮と感動が、私を前に進ませました。


アンリ・ドゥ・キャストゥル

40歳以上の男性だけでは世の中が成り立つはずはありません。社会と同じく、企業もまた多様化しなければならない。


老子

黄金や宝玉を蔵にあふれるほど詰め込んだら、どうやってそれを守りぬくことができるだろう。金持ちだからといって奢り高ぶれば、他人からとがめられる。成功し有名になった後、その地位から身を引くということは天の道にかなった行為だ。


井上貞治郎

私は過去の追憶にばかりふけっているのではない。会社の部屋に日本地図を広げて、タコの足のように八方へ伸びていく聯合紙器(レンゴー)の未来図を描くのに忙しいのだ。私の後進たちが、存分に活躍できる舞台を用意するのがこれからの仕事でもあろう。かつて若い栄吉を駆り立てた並はずれて大きい野心の炎は、いまでも79歳の老人の心に燃え続けている。
【覚書き|栄吉とは井上氏のもう一つの名前。10代末から20代前半まで大阪で石炭商をしていたときの呼び名】


小室淑恵

残業時間が多いことのデメリットに企業が気付き始めています。ある会社では、社員一人が1日30分残業を減らしただけで、残業費が削減され、年間9億円もの利益が出ました。その会社のもともとの利益は11億円でしたから、ほぼ利益が倍増した計算になります。残業費は企業にとって、それほど大きなコストなんです。