名言DB

9490 人 / 112001 名言

スティーブ・ヴァンアンデルの名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

スティーブ・ヴァンアンデルのプロフィール

スティーブ・ヴァンアンデル。アメリカの経営者。アムウェイの会長。米国ミシガン州出身。ミシガン州ヒルズデール大学経済学部卒業、マイアミ大学オックスフォードキャンパスでMBA取得。米国アムウェイ・コーポレーションに入社。日本アムウェイ取締役、副会長などを経て、米国アムウェイの会長に就任。そのほか、全米商工会議所会頭、米国グランドバレー国立大学セイドマン・ビジネススクール学長諮問委員、グランドラピッズ・ジョン・ボ ー ル 動物園協会理事などを務めた。父はアムウェイ共同創設者のジェイ・ヴァンアンデル。

スティーブ・ヴァンアンデルの名言 一覧

世界各国でビジネスを構築するのに必要なのは柔軟性だと思っています。その国の習慣や文化に最も適応できる形をとればいいのです。そして、私自身が世界の様々な市場で事業を行って学んだ経験から、忍耐も大切だと思っています。


父がこの事業を興したとき、未来永劫にわたって朽ちることのない基本理念を築き上げることから始めました。それは企業体の一部であり、企業を形成する基礎でもあります。


どの国でビジネスを行うにせよ、最も大事なのは基本的な理念だと私は考えています。基本理念はどこの国に行っても適用可能なはずです。


私どもは財務的な視点で社会貢献活動をとらえたことはありません。各社それぞれの裁量で判断するように任せています。


私どもは全世界で様々な社会貢献活動を行っています。そのバックグラウンドは、私どもの創立の理念、基本的な価値観のひとつである「ファミリーを大切にする」にさかのぼります。ここで言うファミリーとは、自分の家族だけでなく隣人や地域社会も含みます。それに基づき、ホームレスのために家屋を提供したり、オペラ公演を主催したりと、さまざまな側面から数限りない社会貢献活動を実施してきました。


最も欲しかったのは柔軟性です。初めて経営陣の世代交代を行いましたが、将来も繰り返される世代交代を見込んで、様々な選択肢が可能となるような柔軟な状況に置いておきたいという考えがありました。
【覚書き|意思決定の場を創業一族のみから、非創業一族を含む取締役会に移行したことについて語った言葉】


私どもでは共同創立者の第一世代から、私も含めた第二世代への世代交代が行われました。その時点で「企業をどのように統治するか」が命題になりました。その答えのひとつが、持ち株会社制度への移行であり、それまで共同創業者が下していた経営の意思決定を取締役会に移したことでした。取締役会には親族以外の人物も招き入れて、アルティコア(アムウェイグループ)全体の経営判断を行っています。


ガバナンス(統治)という言葉が当てはまるか疑問ですが、経営上の問題解決という観点からこの構造(事業ごとに個別会社とし、持ち株会社方式にした組織構造)を新たに採用しました。重視したのは役割の分離です。各企業の経営陣がそれぞれの役割にフォーカスをあてることができました。それが私どもの享受した最大の恩駅だと思います。


かつてはアムウェイという単一企業が様々な事業を行っていたので、現場では混乱も起きていました。持ち株会社制度に移行し、各事業を企業として独立させることで、その混乱を回避しました。アクセス・ビジネス・グループが調達を行い、アムウェイ・コーポレーションが母体となるビジネスを国際的な広がりをもって執行します。それを北米に限定して行っているのがクイックスター社です。


スティーブ・ヴァンアンデルの経歴・略歴

スティーブ・ヴァンアンデル。アメリカの経営者。アムウェイの会長。米国ミシガン州出身。ミシガン州ヒルズデール大学経済学部卒業、マイアミ大学オックスフォードキャンパスでMBA取得。米国アムウェイ・コーポレーションに入社。日本アムウェイ取締役、副会長などを経て、米国アムウェイの会長に就任。そのほか、全米商工会議所会頭、米国グランドバレー国立大学セイドマン・ビジネススクール学長諮問委員、グランドラピッズ・ジョン・ボ ー ル 動物園協会理事などを務めた。父はアムウェイ共同創設者のジェイ・ヴァンアンデル。

他の記事も読んでみる

坂根正弘

ダントツ商品と合わせて、「ダントツサービス」にもチャレンジしました。私たちは「コムトラックス」というGPSのついた端末を建機に装備しています。稼働状況が常に把握できるので、機器へのアフターケアはもちろん、効率的な使い方の提案など、他社との差別化したサービスが可能になりました。


粟田貴也

前例がないので挑戦になりますが、プラス思考で考えれば、仮に受け入れられれば、独占マーケットがそこには存在していることになります。
【覚え書き|海外進出について】


岡藤正広

今はもっと大きな変化が起きている。小手先じゃなくて思い切って足を突っ込んでいかないとあかんのです。今すぐ確実に儲かると思えなくても、勝負すべきところには目端が利く連中は攻めてきているわけだから。


高橋克徳

毎年人員の10%近くの人たちが長期休養をしなければならないほど、社員が追い込まれている企業もあります。その意味で、仕事のストレスは個人の問題であると同時に、組織の問題でもあるのです。


三村明夫

大企業でも中小企業でも、社長には喜びも苦しみもあり、違いはない。


浅田次郎

道楽とは、自分の好きなことをして、なおかつ消費すること。カネを使うことだ。道楽できっちりカネを使い果たして、そして死ぬ。それがハッピーリタイアメントへの近道である。


安野モヨコ

はじめは、私の漫画は売れませんでした。連載も打ち切られた。当時は「描きたいものをやらせてもらえないから人気が出ない」などと思ってたのですが、あとで冷静になって考え直せば、描きたいものを自由に描かせてもらえる漫画家なんていうのはほとんどいないんですよね。その時期に話を聞かせていただく機会のあった売れっ子の先生がたでさえも、たいていはいろいろ編集さんに言われて直す部分があったようでした。


飯田泰之

営業は、人と人をつなぐ仕事です。すると、大事なのは「何を知っているか」よりも「誰を知っているか」。どれだけ人を知っているかということになる。つまりは、対人能力がコア競争力のはずなのです。


榊原英資

市場では他の市場参加者の好みを理解して、大きな流れ、トレンドに外れないようにしなければならないのです。しかし、好みは主観的でしかも流行があります。トレンドをいつもうまく当てるのは、決してそんなに簡単なことではありません。


江崎利一

広告は資産であるということは、かねて一般にそう言われている。しかし、これを実験した人はまだいないと思う。これを厳密にやろうと思えば事業をやめ広告を中止せねばならない。しかるに幸か不幸か、私はそれを実地に試して、広告は立派な資産であるという実感を得た。というのは、太平洋戦争の前後8年にわたって中止していたグリコとビスコの生産を終戦後再び始めたとき、実験の意味でまったく広告せずに売り出してみた。グリコの記憶が残っているのは多くて70%くらいだろうと予想していたところ、80%までが知っているという調査結果が出た。そしてその割合で製品は売れた。このようなわけで、広告は資産なりということが事実によって確認できた次第である。


大久保幸夫

若いころのキャリアはいわば「筏下り型」です。激流の中、与えられたハードルを懸命に乗り越えていくことで力をつけるのです。しかし、30代半ばからは「山登り型」に切り替える必要があります。それまでの経験をもとに、本当に自分が進むべき目標(山)を設定し、そこに向かって全力を注いでいくことで真のキャリアが花開くのです。


畑村洋太郎

効率化のために、企業はいろんな場面でマニュアルを精緻に作り、成功への筋道を確保しようとします。しかし、最近の工場の事故が示すように、それには必ず漏れがあるのです。どれだけ隙間なく問題をつぶしてマニュアルを作ったように思っても、漏れはあるものなのです。だからこそ、物事を進める際には、失敗した場合から発想し、そのためにいま何をすべきかという考え方が大事だと思うのです。