ショーペンハウエルの名言

ショーペンハウエルのプロフィール

アルトゥル・ショーペンハウアー、ショーペンハウエル。ドイツの哲学者。ゲッティンゲン大学医学部を経て哲学部へ転部。その後、ベルリン大学へ移りドイツ観念論を代表する哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテに教えを受けた。博学で、法律学から自然学まで多くのジャンルについて語った。ベルリン大学講師を務めた。主な著書に『意志と表象としての世界』『自殺について』『幸福について』『読書について』『存在と苦悩』

ショーペンハウエルの名言 一覧

時は、時をよく用いる者には親切である。

我々は他の人たちと同じようになろうとして、自分自身の4分の3を喪失してしまう。

すべての人間は、他人のなかに鏡を持っている。

障害と闘って勝つことが人間を幸福にする。

運命がカードを混ぜ、我々が勝負する。

人生の幸福にとっては、我々のあり方、すなわち人柄こそ、文句なしに第一の要件であり、最も本質的に重要なものである。

世論は振り子の運動の法則に従う。

推理する能力を持っている人はたくさんいるが、判断する能力を持っている人は少ししかいない。

誰かが嘘をついていると疑うなら、信じたフリをするとよい。そうすると彼は大胆になり、もっとひどい嘘をついて正体を暴露する。

重要な思想を誰にでもわからせるように表現するほど難しいことはない。

孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間になってしまう。なぜなら、孤独でいるときにのみ、人間は自由になれるからだ。

虚栄心は人を饒舌にし、自尊心は人を寡黙にする。

孤独は優れた精神の持ち主の運命である。

人生の情景は、粗いモザイクの絵に似ている。この絵を美しく見るためには、それから遠く離れている必要がある。間近にいては、それは何の印象も与えない。

強い人間は自分の運命を嘆かない。

どのような不幸に際しても、何よりも強い慰めとは、自分より、もっと不幸な他の人たちを見ることによって得られる。

人間は、金を貸すことを断ることによって友人を失わず、金を貸すことによってたやすく友人を失う。

富は海水に似ている。飲めば飲むほど、のどが渇くのだ。名声についても同じことが言える。

いま持っている財産は、これから起こるかもしれない害悪と災害に対する防壁とみなすべきであり、世の快楽を手に入れる許可証とみなすべきではない。

普通の人々は時間をつぶすことに心を用い、才能ある人間は時を利用することに心を用いる。

我々の視野、活動範囲、交際範囲が狭いほど、我々の幸福は大きくなる。それらが広いほど、我々は煩わしく、また不安に感じる度合いが大きくなる。なぜなら、それらは心配、願望、恐怖が増大し広がるからである。

謙遜は平凡な能力を持つ人間の場合には、単なる誠実である。偉大な才能のある人間の場合には、偽善である。

多く笑う者は、幸福である。多く泣く者は、不幸である。

誰かが嘘をついていると疑うなら、彼らを信じたふりをするといい。すると彼らは大胆になり、もっとひどい嘘をついて正体を暴露する。

安定していないこと。それこそが世界がここにこうして存在するときの定まった形なのだ。

熟慮を重ねることによってのみ読まれたものは、真に読者のものになる。食べ物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである。

礼儀正しさが人の本性に訴えかける働きは、熱がロウに伝える働きのごとし。

失ってはじめて我々は恵みに気がつく。

最後に凱歌を挙げるのは死である。

我々は生まれたからには死ななければならない。死は我々という餌食を呑みくだすまえに、ひとときおもちゃにしているだけなのだ。

おいしい料理も、呑みこんでしまえば我々の感覚にとってはないも同じだ。欲求はそれを満足させたとたんに、もはや我々には関係ないものになる。

犬がいないなら死んだほうがましだ。

人生は苦しみと退屈のあいだをたえまなく揺れ動いているようなものだ。

読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。読書にいそしむ限り、実は我々の頭は他人の思想の運動場に過ぎない。そのため、ときにはぼんやりと時間を潰すことがあっても、ほとんど丸一日を多読に費やす勤勉な人間は、次第に自分でものを考える力を失っていく。

何ごとも成功までには三段階ある。第一段階、人から笑い者にされる。第二段階、激しい抵抗と反対に遭う。第三段階、それまで笑い者にしたり反対したりした人たちが、いつの間にか「そんなことはわかっている」と同調する。

ショーペンハウエルの経歴・略歴

アルトゥル・ショーペンハウアー、ショーペンハウエル。ドイツの哲学者。ゲッティンゲン大学医学部を経て哲学部へ転部。その後、ベルリン大学へ移りドイツ観念論を代表する哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテに教えを受けた。博学で、法律学から自然学まで多くのジャンルについて語った。ベルリン大学講師を務めた。主な著書に『意志と表象としての世界』『自殺について』『幸福について』『読書について』『存在と苦悩』

ページの先頭へ