コロッケ(ものまね芸人)の名言

コロッケ(ものまね芸人)のプロフィール

コロッケ。日本のものまね芸人。熊本県出身。高校卒業後上京。ショーパブなどでの下積みを経て、日本テレビ『お笑いスター誕生』で芸能界デビュー。ものまね四天王の一人として活躍。

コロッケ(ものまね芸人)の名言 一覧

今後も新しいネタ作りを続けています。改良を止めたらそこで終わりですから。


周りが褒め、これでいいと思って努力を怠るとそこまでです。これはどんな仕事でも同じですよね。


気づいたら、やってみる。そして、形になるまで継続する。すべての仕事はこの繰り返し。


慢心せず、研究を続けるのは見てくれるお客さんへの礼儀。どんな仕事にも共通する、当たり前の感謝の気持ち。


伸びていく人、伸びていかない人の差ははっきりしています。伸びていく人は、いい意味で貪欲です。


最近は礼儀や感謝について雑な人が増えています。つまり普通のことをちゃんとやるだけで信用を得られる幸運な時代。


半ば干されるような状態の中でも、僕がくさらずにいられたのは、母が教えてくれた「あおいくま」という言葉のおかげです。「あせるな」「おこるな」「いばるな」「くさるな」「まけるな」。この頭文字を取って「あおいくま」です。これは実家の台所の柱に貼ってあった紙に書かれていた言葉。母はいつも「人生は、この5つの言葉たい」と言っていました。


僕は何度も「あせるな」「まけるな」と言い聞かせていました。特に、自分自身に負けるな、次のチャンスに向けて、この待機の時間を準備のために使うんだ、と。そう考えて、くさらずコツコツと練習を重ねたものまね。それが、日本テレビで始まった「ものまねバトル」で評価され、その後の僕を支えてくれたわけです。


僕を含め、多くのものまね芸人はショーパブやスナック育ち。どれだけテレビに出ても、原点はそこにあります。ただ、夜の世界にどっぷり浸かってしまうと、芸が雑になります。というのも、飲んでいる席でのものまねの評価は、芸人の自己満足になりやすい。そこでウケている芸が、シラフのお客さんが集まる舞台やテレビで同じように評価されるかというと、ウケません。この線引きがわからず、勘違いで満足してしまう芸人もいます。しかし、その瞬間、ネタは下降し始める。


下積み時代、僕は自分のものまねの大切な武器を見つけました。それが、フェイントです。右に行くかなと思ったら行かないでじっとしていたり、目線を逆に振ってみたり……。単なるものまねではなく、動きの面白さを取り入れた。そのインパクトもあって、勝ち抜き方式の「お笑いスター誕生」で6週間出演。銀賞をもらい、他の番組からも声がかかるようになり、芸能界への扉が開きました。フェイントを発見したのは、仕事の後に寄ったオカマバーです。ママさんは巧みな喋りと動きで客全員を巻き込み、ひとつのグループにしてしまう。この技をものまねに取り入れられないか。その気づきが出発点でした。


「ものまね王座決定戦」降板や、芸能事務所から独立したこともあって、それから2年は本当に厳しい時期でした。そこで、原点とも言えるショーパブやスナックを回ることから始めました。とにかくガムシャラでしたね。得られるものがあったら、全部得てやろう。拾えるものは全部拾ってやろう。全国あちこちを回りながら、次にくるチャンスに備えて、それまでのネタを捨てることに取り組みました。


32歳の時、僕は自分にとって、とても大切な番組だった「ものまね王座決定戦」を降板することにしました。理由は大小様々ですが、一番はテレビを見てくれる人が心底喜んでくれるものを作りたいという想い。そこが食い違い、降板という選択になりました。同時期にお世話になっていた芸能事務所から独立したこともあって、それから2年は本当に厳しい時期でした。真っ黒だったスケジュール帳はあっという間に真っ白に。僕は20歳で「お笑いスター誕生」に出るチャンスを得て、順調な20代を過ごしていただけに「世の中、簡単に変わってしまうものなんだな」と。けれども、自分が決めて動いたことで、こんなにも大きな責任がついて回るのかと実感できたのは収穫でした。


コロッケ(ものまね芸人)の経歴・略歴

コロッケ。日本のものまね芸人。熊本県出身。高校卒業後上京。ショーパブなどでの下積みを経て、日本テレビ『お笑いスター誕生』で芸能界デビュー。ものまね四天王の一人として活躍。

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