コリン・パウエルの名言

コリン・パウエルのプロフィール

コリン・ルーサー・パウエル。アメリカの政治家、陸軍軍人。ニューヨーク州出身。ニューヨーク市立大学シティカレッジ卒業。ベトナム戦争に従軍。ホワイトハウス・フェロー、国家安全保障担当大統領補佐官、統合参謀本部議長、国務長官などを務めた。

コリン・パウエルの名言 一覧

組織が成功するとき、その仕事にくだらないものなどない。ただ、これほどわかりやすく、簡単に実行できる原理を理解できない、くだらないリーダーが多すぎるだけだ。

組織にとってだけでなく、望むらくは組織を超えた世界にとっても有益だと思われる目的。そのような目的のもとに全員が団結したとき、チームの勝利は約束されたようなものである。

働く人に対し、敬意や思いやり、優しい一言をもって接して悪いということはありえない。どの職員も欠くことのできない人だ。どの職員も、そういうふうに見られたいと思っている。組織に属する人は一人ひとりに価値があり、その価値を認められたいと思っている。

優れたリーダーはビジョンやミッション、目標を設定する。偉大なリーダーは、あらゆる階層の部下に刺激を与え、各自が目的を自分のものとして理解し、真剣に取り組むようにする。こまごました仕事の向こう側に自分たちの目的があると理解させるのだ。

大勢の人に来賓扱いされているようなときでも、私はできるだけ末端で働く人々に歩み寄り、握手するようにしています。人間としての彼らは、「末端」でもなんでもありませんから。

自分のキャリアの中でずっと心がけてきたのは、最良のスタッフを周囲に置くことと、彼らの意見に耳を傾けることです。

問題ばかりに心をとらわれず、そこにどんなチャンスがあるかを考えるのが、リーダーの役目だと思います。何が新しいのか、何が会社や社会に利益をもたらすのか、リスクはどのくらいか。そして、日々リスクとチャンスを天秤にかけ、リスクは最小に、チャンスを最大にするよう努力するのです。

統合参謀本部議長になったときも、私はしょっちゅう部下や現場のスタッフを執務室に呼んで頼んだものです。「君の意見を聞かせてほしい。この件については、私より君のほうが詳しい。私を喜ばせようとせず、率直な考えを述べ、必要なら私に反論しろ。そのために君を雇っているんだから」と。

リーダーは、一人ひとりの部下に自分と同じ目的意識を持たせる必要がある。目的はトップのリーダーを起点に、ダイナミックで情熱的なリーダーシップによって人から人へと広がり、組織全体に浸透していく。こうして、リーダーの総体的な目的とつながりがある形で、部下たちは細織の一員としての目的を持つことになる。

人間というのは、承認と励ましを必要とする。毎晩、私の執務室を掃除してくれる人は、大統領や将軍、政府閣僚と同じ人間である。だから私は「ありがとう」と一声かける。それだけのことをしていると思うからだ。自分のことを単なる掃除人だなどと思ってほしくない。彼らがいなければ私は自分の仕事を全うできない。国務省全体が彼らの肩にかかっていると言っても過言ではない。

部下は、リーダーが自分たちをどのような目的でどこへつれてゆこうとしているのかを知る必要がある。組織が実現しようとしているものを表す言葉としては、ミッション、目標、戦略、ビジョンなどがよく使われる。いずれも有用で素晴らしい言葉だが、私は、別の言葉を使ったほうがいいと思っている――「目的」だ。「目的意識」「目的は?」「目的にかなう」など、とてもよく使われる言葉だからだ。目的とはビジョンの終着点である。ビジョンにエネルギーを注入し、力強く前進させるのが目的だ。目的は前向きで力がなければならないし、組織の大勢に資するものでなければならない。

1960年代初頭、デイビッド・シャウプ将軍という海兵隊司令官がいた。そのころすでに時代遅れになっていたのだが、当時はまだ、将官が短いステッキや乗馬用のむちを持ち歩いていた。英国植民地時代の名残である。私も、若いころには持っていた。そのころ陸軍では短ステッキを持ち歩く人が少なくなりつつあったが、海兵隊にはこの伝統が根強く残っていた。これを廃止すべきだと考えたのがシャウプ将軍だ。司令官なのだから、ばかげたことば禁止だと命令を出せばすむ。しかしシャウプ将軍は、少々違う戦術を採用した。「必要だと思う士官には短ステッキの携帯を許可する」という指示を出したのだ。翌日、ステッキは消えていた。この1行を思いついたとき、彼は大笑いしたのではないかと思う。「短ステッキなんか無用だ」そう海兵隊員たちが思うとわかっていたのだ。

コリン・パウエルの経歴・略歴

コリン・ルーサー・パウエル。アメリカの政治家、陸軍軍人。ニューヨーク州出身。ニューヨーク市立大学シティカレッジ卒業。ベトナム戦争に従軍。ホワイトハウス・フェロー、国家安全保障担当大統領補佐官、統合参謀本部議長、国務長官などを務めた。

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