クリス松村の名言

クリス松村のプロフィール

クリス松村、くりす・まつむら。日本のタレント、フィットネスインストラクター。オランダ・ハーグ出身。大学卒業後、広告代理店勤務、芸能マネージャーなどを経てフィットネスインストラクターに転身。その後、タレント活動を開始。

クリス松村の名言 一覧

つらい仕事? しょっちゅうありますよ。でも断っていたら、成長することはできないから。何の実力もないのに正論を喚いたって負け犬の遠吠えなんです。


広告代理店の入社式には真っ赤なスーツを着て出席。紺やグレーのスーツを着たサラリーマンの群れに埋もれたくなかったからです。すぐに役員室に呼び出されて怒られましたけど、翌日からもオシャレなスーツで出勤しました。


インストラクターを始めたとき、最初はなかなか生徒さんが集まらなくて。1回のレッスンに集まるのはほんの数名程度。さみしい光景でした。そんな、ある日、先輩のインストラクターから、こんなことを言われたんです。「クリスって、普段はオネエ言葉ですごく面白いのに、どうしてレッスンになると、普通の人になっちゃうの? いつものクリスのほうが断然いいよ」そうなんです。私、親しい人の前ではオネエキャラを出してたんですけど、生徒さんの前では普通の男性を演じてたんです。なんだかんだ言っても、知らない人にカミングアウトするのって、勇気がいるんですよ。けれども、先輩の言葉でふっきれました。よし、オネエ全開でやってみよう。どうせなら、昔から自己流でやってたアイドル・フィットネス(歌手の振り付けをベースにしたダンス)も取り入れようと心に決めました。数日後のレッスンで私は大変身。オネエキャラ100%で踊りまくりました。すると、スタジオには活気と笑い声が充満。翌日から、生徒さんがどんどん増えて、あっという間に連日超満員のクラスになりました。そうこうしているうちに、オネエのインストラクターとしてテレビに出ることになり、いまの私に至っています。あのときに本来の自分をさらけ出したからいまの私がある。


クリス松村の経歴・略歴

クリス松村、くりす・まつむら。日本のタレント、フィットネスインストラクター。オランダ・ハーグ出身。大学卒業後、広告代理店勤務、芸能マネージャーなどを経てフィットネスインストラクターに転身。その後、タレント活動を開始。

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