名言DB

9419 人 / 110788 名言

カンニング竹山の名言

twitter Facebook はてブ

カンニング竹山のプロフィール

カンニング竹山、かんにんぐ・たけやま。竹山隆範、たけやま・たかのり。日本のお笑い芸人、俳優、コメンテーター。福岡県出身。小学生時代の同級生・中島忠幸とお笑いコンビ「カンニング」を結成。お笑い番組、情報バラエティー番組、テレビドラマ、映画、ラジオなど幅広い分野で活躍。

カンニング竹山の名言 一覧

テレビのバラエティ番組でも、まだまだやれることはいっぱいあるし。これからですからね。ネットとバラエティの融合など、オレならではの仕事は。ネット大好きですね。テレビとうまく連携して面白いことができないかなと、試行錯誤中です。


ずっと仕事がなかったから、必死でした。テレビのオーディションに通り始めたとき、嬉しかったなぁ。仕事がくるって、楽しいですよ。


公園、よく来ますよ。仕事の合間に一息ついたり、ツイッターに投稿したり。わざわざ店に入るまでもないような短い時間とか、公園で友達と缶ビールを飲んだりもしますね。


ともかく全国区の芸人になりたかったんですよ。夢だけは大きかったけど、恥ずかしいほど未熟でした(笑)。


危機感もなく、「芸人だから無茶してナンボ」といったバカな見栄があってね。借金が借金を呼び、28歳のころには450万円の借金を抱えるようになってたんですよ。あの日も、サンミュージックのライブがあって。穴を開けたりしたら「マジでクビだな」と思ってたら、昼ごろなのに借金取りがやってきてね。裏の窓から抜け出し、なんとか会場にたどり着いたものの、ネタなんかまともに披露できる状態じゃないわけだよ。「もう、このままでは終わりだな」という頭もあったので、中島(相方)に言ったんです。「今日、オレは好きなことを言う。それで怒られたら漫才もやめるからな」と。で、お目当ての若手芸人に向かってキャッキャ騒いでいた女子高生に腹が立っていたんでね。「お前、ちょっと立て」と言って、その若手芸人の悪口をまくし立ててね。「お前の応援している芸人はちっとも面白くねぇ。そんなヤツを応援するお前には才能のかけらもねぇ!」と怒鳴ったら、会場は大ブーイングに包まれたけど、芸人連中にはウケにウケた。師匠の(ブッチャーブラザーズ)リッキーさんにも言われたんです。「これやで、竹山!」って。それがキレ芸の始まりでした。もう、「この仕事をやめよう」とまで追い詰められていたから出た芸ですけど、もともとオレにあった要素なんでしょうね。自分にないものを芸にしても、長くは続かないですから。


「カンニング」を結成した後、オーディションをやっている事務所をいくつか見つけてきて、最初に行ったのが渡辺プロダクションのネタ見せだったんですよ。その一発目に「預かる」となって、初っぱなから月に2日間あったライブに2日続けて出られた。初めは調子よかったんですよ。半年ぐらい経つと、二人も若かったから、そこそこの人気も出てね。博多弁でいうところの「のぼせもん」というか、なんか調子こいてる感じでしたかね。まだ若く、何もできないくせに。それまで二人っきりで遊んでいたけど、お笑いの先輩や仲間ができてきて、一緒に飲んだりするのが、楽しくて楽しくてしょうがなかったんですね。でも、ネタづくりもせず、ただただ遊んでばかりいたから、そのうちライブでの出番もなくなっていって。1年半でクビになってしまったんです。ただ、オレも中島も裏の政治がうまいというか(笑)、「クビになる」という話を3か同前に掴んでいて、サンミュージックがお笑い班をつくるというので、そこに移ることに話をつけてたんです、裏で。


高校のころから、「東京の芸人」になりたかったんですよ。ビートたけしさんをトップに、とんねるずさんなどに憧れがあって。だから大学も関東しか受けなかったし……、全部落ちたけど(笑)。大学なんかどこでもよかったんですよ。東京に出てくる手段というか、受かったら辞めて、そのまま芸人を目指すつもりでしたから。親不孝もいいところで、一浪して、また東京の大学を受けようと思っていたら、吉本興業さんが福岡に事務所をつくるというじゃないですか。オーディションの決勝はテレビで生中継すると。で、今も福岡で芸人をやっている、当時の相方と出たら、うまい具合に優勝しちゃったんですよ。「きたな、やっぱり」と(笑)。これで夢の芸人になれると思い、福岡吉本に入ったわけです。でも、やることといったら、イベントや地元のテレビにちょっと出たりと、どうもパッとしない。「オレが憧れてきた芸人のレベルは、こんなもんじゃない」と。1年間で東京へ逃げ出たんですよ、オレ一人で。「やっぱり東京の芸人になるなら、東京のキー局に出ないと駄目だろう」って。


カンニング竹山の経歴・略歴

カンニング竹山、かんにんぐ・たけやま。竹山隆範、たけやま・たかのり。日本のお笑い芸人、俳優、コメンテーター。福岡県出身。小学生時代の同級生・中島忠幸とお笑いコンビ「カンニング」を結成。お笑い番組、情報バラエティー番組、テレビドラマ、映画、ラジオなど幅広い分野で活躍。

他の記事も読んでみる

三浦善司

海外赴任を終えてからの17年間分の手帳はすべて会社の自室に保管し、いつでも見られるようにしています。気になることがあればすぐに読み返して、「過去の自分」と「今の自分」との差を比較しています。


生月誠

「やめなきゃ」と考えているだけでは、余計にイライラして手を伸ばす結果になります。人間はイライラしたときには手っ取り早い刺激を求めてしまうのは当たり前。刺激には、別の刺激で対処する、というのが有効。


森雅弘

これまでのウェブサイトは、より使いやすいものに改善するには新しく作り替えるスクラップ・アンド・ビルドの考え方が主流でした。しかし、それではいくら資金があっても足りないし、制作会社も時間に追われた過酷な作業から抜け出せない。リアルの世界でも繁盛しているのは新装開店を繰り返しているきれいな店ではなく、多少店は古くてもきちんとした接客や気が利いたおもてなしをしているところです。ネットでも心地よくストレスを感じることなく商品を購入することができるはずです。できるだけ今あるものを有効に活用しながら、人にも地球にも優しいエコなウェブマーケティングの形を提案していきたい。


松村清

生まれつきコミュニケーション力の高い人などいない。諦めることなく、改善の努力をしよう。


外山滋比古

知識をたくさん持つと、自分の頭で考える状況が少なくなります。この場合はこう、これが常識ですよといって問題を機械的に処理してしまうのです。これは思考じゃなくて誤魔化しのようなものです。些細な仕事ならいいけれど、重要な決断を下さなければならないとき、さっぱりわからなくなってしまいます。


中澤信雄

創業経営者というと聞こえはいいです。でも、残念ながら夢破れていなくなってしまう人がほとんど。創業10年たって残る会社は、ほんの一握りです。それに比べて、勤めている会社の応援を得ながら独立した人は、生き残る碓率が高いように思います。


筒井義信

昨年は提案に伺うお客様を1人増やす「プラス1件活動」を始めました。これまでは平均して1日1人のお客様に提案をしていましたが、これを2人にして、1カ月の成果もプラス1件にしようという活動です。これが着実に実を結び、提案面談数が1,5倍になりました。


武者陵司

大会社の社員でなく一人のベンチャーの人間がレポートを読んでもらうには、そのレポートに本当に価値が無ければ相手は会ってくれません。逆に、そのレポートを売りたいという情熱が相手を動かすのです。


堀之内九一郎

データはあくまでも参考資料。最低限の判断材料にはなり得ても、それ以上のものではありません。そう考えれば、データを過信して痛い目に遭ったり、データに振り回されることがなくなります。


松永安左エ門

現状で満足しているわけではないが、電気事業に限っていっても、私が長い間考えていたことは、戦後になってだいたい実現した。敗戦という大きな動機があったとしても、世の中の動きというものである。
【覚書き:戦前に全国の中小電気会社を合併させ業界再編しようとするも受け入れられず、第二次世界大戦後に実現したことについて語った言葉】