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カンニング竹山の名言

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カンニング竹山のプロフィール

カンニング竹山、かんにんぐ・たけやま。竹山隆範、たけやま・たかのり。日本のお笑い芸人、俳優、コメンテーター。福岡県出身。小学生時代の同級生・中島忠幸とお笑いコンビ「カンニング」を結成。お笑い番組、情報バラエティー番組、テレビドラマ、映画、ラジオなど幅広い分野で活躍。

カンニング竹山の名言 一覧

テレビのバラエティ番組でも、まだまだやれることはいっぱいあるし。これからですからね。ネットとバラエティの融合など、オレならではの仕事は。ネット大好きですね。テレビとうまく連携して面白いことができないかなと、試行錯誤中です。


ずっと仕事がなかったから、必死でした。テレビのオーディションに通り始めたとき、嬉しかったなぁ。仕事がくるって、楽しいですよ。


公園、よく来ますよ。仕事の合間に一息ついたり、ツイッターに投稿したり。わざわざ店に入るまでもないような短い時間とか、公園で友達と缶ビールを飲んだりもしますね。


ともかく全国区の芸人になりたかったんですよ。夢だけは大きかったけど、恥ずかしいほど未熟でした(笑)。


危機感もなく、「芸人だから無茶してナンボ」といったバカな見栄があってね。借金が借金を呼び、28歳のころには450万円の借金を抱えるようになってたんですよ。あの日も、サンミュージックのライブがあって。穴を開けたりしたら「マジでクビだな」と思ってたら、昼ごろなのに借金取りがやってきてね。裏の窓から抜け出し、なんとか会場にたどり着いたものの、ネタなんかまともに披露できる状態じゃないわけだよ。「もう、このままでは終わりだな」という頭もあったので、中島(相方)に言ったんです。「今日、オレは好きなことを言う。それで怒られたら漫才もやめるからな」と。で、お目当ての若手芸人に向かってキャッキャ騒いでいた女子高生に腹が立っていたんでね。「お前、ちょっと立て」と言って、その若手芸人の悪口をまくし立ててね。「お前の応援している芸人はちっとも面白くねぇ。そんなヤツを応援するお前には才能のかけらもねぇ!」と怒鳴ったら、会場は大ブーイングに包まれたけど、芸人連中にはウケにウケた。師匠の(ブッチャーブラザーズ)リッキーさんにも言われたんです。「これやで、竹山!」って。それがキレ芸の始まりでした。もう、「この仕事をやめよう」とまで追い詰められていたから出た芸ですけど、もともとオレにあった要素なんでしょうね。自分にないものを芸にしても、長くは続かないですから。


「カンニング」を結成した後、オーディションをやっている事務所をいくつか見つけてきて、最初に行ったのが渡辺プロダクションのネタ見せだったんですよ。その一発目に「預かる」となって、初っぱなから月に2日間あったライブに2日続けて出られた。初めは調子よかったんですよ。半年ぐらい経つと、二人も若かったから、そこそこの人気も出てね。博多弁でいうところの「のぼせもん」というか、なんか調子こいてる感じでしたかね。まだ若く、何もできないくせに。それまで二人っきりで遊んでいたけど、お笑いの先輩や仲間ができてきて、一緒に飲んだりするのが、楽しくて楽しくてしょうがなかったんですね。でも、ネタづくりもせず、ただただ遊んでばかりいたから、そのうちライブでの出番もなくなっていって。1年半でクビになってしまったんです。ただ、オレも中島も裏の政治がうまいというか(笑)、「クビになる」という話を3か同前に掴んでいて、サンミュージックがお笑い班をつくるというので、そこに移ることに話をつけてたんです、裏で。


高校のころから、「東京の芸人」になりたかったんですよ。ビートたけしさんをトップに、とんねるずさんなどに憧れがあって。だから大学も関東しか受けなかったし……、全部落ちたけど(笑)。大学なんかどこでもよかったんですよ。東京に出てくる手段というか、受かったら辞めて、そのまま芸人を目指すつもりでしたから。親不孝もいいところで、一浪して、また東京の大学を受けようと思っていたら、吉本興業さんが福岡に事務所をつくるというじゃないですか。オーディションの決勝はテレビで生中継すると。で、今も福岡で芸人をやっている、当時の相方と出たら、うまい具合に優勝しちゃったんですよ。「きたな、やっぱり」と(笑)。これで夢の芸人になれると思い、福岡吉本に入ったわけです。でも、やることといったら、イベントや地元のテレビにちょっと出たりと、どうもパッとしない。「オレが憧れてきた芸人のレベルは、こんなもんじゃない」と。1年間で東京へ逃げ出たんですよ、オレ一人で。「やっぱり東京の芸人になるなら、東京のキー局に出ないと駄目だろう」って。


カンニング竹山の経歴・略歴

カンニング竹山、かんにんぐ・たけやま。竹山隆範、たけやま・たかのり。日本のお笑い芸人、俳優、コメンテーター。福岡県出身。小学生時代の同級生・中島忠幸とお笑いコンビ「カンニング」を結成。お笑い番組、情報バラエティー番組、テレビドラマ、映画、ラジオなど幅広い分野で活躍。

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