養老孟司の名言

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養老孟司のプロフィール

養老孟司、ようろう・たけし。日本の解剖学者。神奈川県出身。東京大学医学部卒業後、研修医を経て東京大学大学院基礎医学で医学博士号を取得。東京大学助手、助教授を経て教授に就任。そのほか東京大学出版会理事長、東京大学総合研究資料館館長、日本ニュース時事能力検定協会名誉会長、ソニー教育財団理事、21世紀高野山医療フォーラム理事などを務めた。著書に『バカの壁』『唯脳論』『身体巡礼』『無知の壁』『解剖学教室へようこそ』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』ほか多数。

向こうをどうこうしようという前に、自分を変えるほうがいい。何しろダダだもん。


どれだけ物を知っていても、行動に生かされなければ意味がない。


同じ古典作品を何年か空けて読み返すといいんです。読み返すたびに、自分の成長を確認できるのですから。


変わるとは、成長することでもある。


本は知識を得るために読むものだと考える人が多いと思います。そうではなく、考えるために読む。


ちゃんと人の心が分かれば、誰とでも適切な距離感や関係性が築ける。これさえできれば、どんな状況でも生きていけます。


理屈で説明がつかない物事は、世の中にいっぱいある。


人間、頭ばかり使っているとおかしくなる。現代人は頭よりも、もっと身体を使うべきだ。


他人は互いにわかり合えないものです。わかり合えないからこそ、言葉があるのです。


状況が変わらぬという前提なら、能力は測れるかもしれない。しかし状況が変われば、能力を測る物差しも変わります。


互いの顔が見える共同体は、それ自体が保険になる。


何か一つにすべてを懸けるより、タコの足のように生きるのがいい。


気遣われてると相手がわかるようにすることは大事。僕は遠巻きから女房の面倒を見ているわけです。そのことに相手が気がついたら効きます。「ほかのこともそうしてくれてるのかな」と想像力が働くから。一つでも気づいてくれたら大もうけ。


個性だ何だ、世の中が言うから悪い。そんなもんないと思えば、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」とできるんです。第一、間違ったことを言ってこっちが変なことになったら、向こうも困るんだからね。でも大体間違ってないですよ。「あいつの言うことを聞いてひどい目に遭った」というのはない。


記憶は感情に結びついている。強い感情に結びついた記憶は10年たっても残るんです。その傾向は女性のほうが強い。男のほうが抽象的で適当に生きている。男と女では、持っている情報量が何ケタも違う。


先行き不透明な時代を生きていくには、人間というものを理解しておくことが大切です。たとえ急に社会が変わっても、人間の本質は変わらないのですから。


古典は、内容が抽象的なものが多い。読むうえで大切なのは、内容に自分で解釈をつけていくことです。特に、書かれていることに違和感を覚えた時こそ、「どういうことだろうか」とよく考えてほしい。同意できる内容は、既に自分が分かっていることですよね。逆に違和感を覚えるものは、今の自分に分からないこと。そこを考えることに、意味があるのです。


古典はただ読むだけなのに、必死に考えないと、なかなか先に進めない。つまり、古典は読み進めるだけでも頭を使うので、「考えることが苦にならない脳」を作ることができます。


自力で試行錯誤しないと、身につきません。人に教わるのは一見効率的ですが、大きな弊害がある。教わったことを真似すれば、物事はできてしまうことが多い。すると、なぜできたのか考えなくなってしまいます。いちいち「なぜ?」と考えることこそ、重要なのです。


教養は「身につく」という言い方をするでしょう。まさにその通りで、知識を披露するだけならそれは、「鼻につく」と言われるのが関の山です。


ゴマスリは、独裁者がいる組織ほど現れます。独裁者は孤独です。なぜなら自分の決断一つで多くの人の運命を左右することになるから。だから、ゴマスリは状況が切迫しているほど効果があります。ゴマをする側の意図とは別に、結果的に独裁者を支え、良い効果をもたらすこともありうるので、一概に否定もしきれないと私は思っています。


同僚の足を引っ張ったり嫌がらせをするのも、適当な範囲であれば、人間の集団におけるごく普通の現象と言えるでしょう。しかし、度が過ぎていれば「問題児」ということになります。この種の問題が生じるのは、本質的には人が余っているからだと私は見ています。コンピュータの導入などあらゆることがスピード化・合理化された結果、実際には人が余っているということが、職場における人間関係のトラブルの陰に潜んでいるのではないかと考えていますが、仕事が本当に忙しくて必死に働いていれば、他人の足を引っ張ったり嫌がらせをしているヒマなどないはずでしょう。


普段、職場で能力のない問題児だと思われていた人物が、状況の変化次第では一番有能な存在になるかもしれない。たとえその人が問題児であっても、様々な人材を抱え込んだ多様性ある職場ほど状況の変化に強いという視点で、職場の人間関係をもう一度捉え直してみるのも一法かもしれません。


共同体の内側からだけ見ていると壁の外側の世界が見えません。しかし外側に出てしまえば、内側の一員ではいられない。だから会社で生き残る人間にとって今後一層大切なのは、内だけでもなく外でもない、壁の上に立った視点を持つことでしょう。


都市生活では、「体」が無視され「脳」だけで生きるようになる。文明は脳によって作り出されますから。でもその脳が乗っている「体」は自然そのもの。だから「脳=都市」だけの世界以外に、「体=自然」が主人公になる田舎の生活を織り込んだ方が心身ともに健康になります。


現代人は参勤交代をしたほうがいい。過疎地が増えているけれど、社会インフラが整った日本では田舎でも実は生きていける。過疎地対策も含め、日本人がみんな都市と田舎を参勤交代する生活様式を確立すれば、個人も社会も豊かになります。


いかに住まうかとは、いかに生きるかということです。天災はいつ起こるかわかりません。環境やエネルギーの問題などを考え合わせても、そのときどきで都合のいいところを選んで暮らす生き方があってもいいでしょう。


夫婦の向き合い方は直角がいいと思っている。一点で一致しているけど、ベクトルが90度ずれている。お互いが同じ向きだと、喧嘩はしないけど一人でいるのと変わりません。お互いが正反対の向きでも、トータルの合力がゼロになっちゃう。直角は、夫婦の力が一番出る関係。全く異なる価値観だけど、それが合わされると大きな力が生まれる。「異質なものを取り入れる」と組織も言うでしょう。それですよ。


好きな虫とりをやってれば非常にハッピー、後は全部譲ってもいい。世の中には奥さんに眉をひそめられてる虫マニアもたくさんいる。そこはお金があるとか家が広いとか、余裕が必要なんです。僕が若い頃は、大学の先生の夫婦喧嘩といえば8割は経済問題。虫を飼うのも「家が狭いのに、邪魔だ」という話になる。僕は、その余裕をつくるため必死で働いているんですよ。働くモチベーションって大事でしょ。


人間の脳は、社会を相手にするか、自然を相手にするかで、使う脳か違うことがわかっています。女性は社会脳が発達していて、だから人づきあいが上手。一人で黙って考えて、数学の証明をしたりするのは、自然脳を使います。こちらは男性のほうが得意。大事なのは、社会脳も自然脳も人間に備わっていて、どちらが暴走してもいけない、ということ。


女房に最初やられたとき、こういうプリンシプルで一生やられたらかなわないなと思った。それで妻を変えようとするじゃない。そうすると、ものすごい反応があって、晩飯が食えなかったり、茶碗が割れたりした。だから反省したわけです。これは割にあわないと。コスト計算すると、僕の考えを変えたほうが安くつく。だから今は、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」。


養老孟司の経歴・略歴

養老孟司、ようろう・たけし。日本の解剖学者。神奈川県出身。東京大学医学部卒業後、研修医を経て東京大学大学院基礎医学で医学博士号を取得。東京大学助手、助教授を経て教授に就任。そのほか東京大学出版会理事長、東京大学総合研究資料館館長、日本ニュース時事能力検定協会名誉会長、ソニー教育財団理事、21世紀高野山医療フォーラム理事などを務めた。著書に『バカの壁』『唯脳論』『身体巡礼』『無知の壁』『解剖学教室へようこそ』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』ほか多数。

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