須田健太郎(経営者)の名言 一覧

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須田健太郎(経営者)のプロフィール

須田健太郎、すだ・けんたろう。日本の経営者。「フリープラス」社長。マレーシア・クアラルンプール出身。幼少期をマレーシアとインドネシアで過ごす。起業のため流通科学大学を中退。株式会社ATGS勤務を経てフリープラスを設立。

他が動けない時だからこそ動くべき。


ある種のイノベーションのジレンマに陥っている競争相手に奇襲攻撃を仕掛けることが大切。


たとえばアフリカで現地の人が食べているからとイモムシばかり出されたらつらい。自分たちの口に合う「アフリカっぽいもの」を食べたいと思う観光客は多いはず。日本でも同様で、必ずしもスシや天ぷらは必要ない。


売上げの95%以上が海外なので、国内のどこで事業をやろうとあまり関係はないと思っています。家賃は大阪のほうが安いですし。
【覚え書き|本社が大阪にあることについて】


円高より怖いのは、その国の経済が停滞すること。一つの国に集中するとリスクがあるので、取引先は分散しています。分散していれば、どこかがこけても自分たちはこけずにいけるだろうと考えています。


目指しているのは訪日観光産業界のSPA(製造小売業)です。僕らは外国人観光客に、人生に残る思い出をプレゼントすることを理念としています。訪日観光産業を垂直統合していくことによって、それを実現したいんです。


大阪のベンチャーが世界企業になろうとしたら、普通はまず東京に出て、名古屋、福岡、北海道という順で進出していくことが多いのですが、その通りにやっていたらどんどん年を取ってしまう。それは嫌なので、最初から世界を相手にできる事業がやりたかった。


起業前に、まずは会社の運営を学ぶのと、創業資金を貯めるためにITの人材派遣会社に入りました。当時、最年少の営業担当でしたが、めっちゃ頑張って成績トップになりました。100社くらい販売チャネルを開拓すれば満足する人が多いのですが、僕は1000社ほしいと思って、ひたすら電話をかけまくっていました。当時は週に3日は会社に泊まってたかな。


欧米向けと同じ感覚ではアジアの観光客は取れない。


僕個人の才能では世界一は無理だという結論にならざるをえませんでした。では、どうすれば才能のない自分でも世界一になれるのか。そう悩んでいるときにテレビで堀江貴文さんのインタビューを見まして、これだと。30歳前後で活躍している堀江さんを見て、若い人でも社長はできるんだと気づきました。しかも、会社経営は僕自身が世界一でなくてもいい。すげえやつらを集めて、その会社を世界一にすれば、爪痕を残せるじゃないかと。


成人式のあと、中学の同窓会に初めて出席しました。すごくおもしろかったのですが、その晩「あれ、成人式って人生に一度しかない。こんな楽しい日は二度とないのか」と気づいて、はじめてリアルに将来や人生について考えたんです。人間の平均寿命は80年。その間、五感を通じてさまざまなデータを脳みそに溜めていきますが、死ねば脳が腐ってなくなってしまいます。そう考えると、人が生きていることに大して意味はないんだなと。どうせ生きるのなら、地球に爪痕を残せるようなことをしたい。そこで出た答えが起業だったんです。


学生時代、8万円のギターが欲しくなってマクドナルドでバイトを始めたところ、おもしろさにすっかりはまってしまって。マネージャーまでやらせてもらいました。売り上げの計上から資材の発注まで店舗運営の部分まで任せてもらえて、30分ごとに出てくる売り上げで、自分のやっていることが正しいかどうかがすぐにわかる。バイトをやっていた5年間で、お金をもらいながら商売の勉強をさせてもらったような感じです。


日本の大手旅行会社は、高度経済成長期の日本人の国内旅行で大きく成長しました。国内旅行で育ってきた人がいま上で力を持っているから、自分たちが引退するまではインバウンドに力を入れる気にならないのでしょう。社内の空気がそうだから、優秀な人はインバウンド事業の部署に来ないと聞きました。


インバウンドの人数はいまも増え続けています。ただ、円高で消費額が抑えられることはたしかなので、爆買いを当て込んでいた小売業界は打撃を受けています。宿泊日数が減るのは悪くない傾向です。最近はLCC(格安航空会社)でちょろっと来て、ちょろっと泊まって帰る外国人が増えてきました。昔より気軽に訪日できるようになったということだから、何度も来てもらえばいい。


初ツアーの仕事が2011年2月。いよいよこれからという3月に、東日本大震災が起こりまして。ただ、ピンチはチャンスだととらえることにしました。訪日観光が止まったのは事実ですが、一時停止なのでいずれまた戻ってきます。その間にマーケットを開拓しようと、東南アジアに営業に行きました。一方、日本のホテルも空き室ばかりで、無名の僕らでも簡単に部屋を確保できた。結果、翌年は取り扱い訪日客数がいきなり550人になりました。観光業が苦しい時期に頑張って送客したことがホテル側でも評判になって、その次の年は5000人、さらに次は2万5000人に増えました。


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須田健太郎(経営者)の経歴・略歴

須田健太郎、すだ・けんたろう。日本の経営者。「フリープラス」社長。マレーシア・クアラルンプール出身。幼少期をマレーシアとインドネシアで過ごす。起業のため流通科学大学を中退。株式会社ATGS勤務を経てフリープラスを設立。

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